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きっとまた、逢うよ


 今ごろ思い出したこと。

 わたしはもうすぐ、中央から東部に異動になるってこと。



「……あのねー姫さん。何度も云うけど。いつになったら宿題完遂出来るのかなー?」
「あのですねーエンヴィーさん。何度も云いますが、そんなすぐに出来れば苦労しないんです」

 出会い頭に、『こんにちは、エンヴィーさん』とのたまわれて不機嫌そうなエンヴィーは、申し訳なさそうなの額をぺしっとはたいたのだった。



 あんまり人を招きいれたことのない、軍部の寮の自室にて。
 やっぱりそういうの見られたくなくて(っていうか自宅謹慎のくせに何してるとか云われそうで)、窓から入ってもらった人は、だけど、すぐににっこり笑う。
 ――の出した茶菓子を前にして。
「ねぇねぇ、これもしかして姫さんがつくった?」
「え、ええ。一応」
「やったラッキー。姫さんの手料理初めてだ」
 うきうきとした顔で、さっそくエンヴィーがそれに手を伸ばした。
 ちょっと息を飲んで、はその様子を見守る。
 数度の咀嚼。それから飲下。
 しばらく味わうように目を閉じていたエンヴィーは、真顔で自分を見つめるに気づくと、口の端をゆっくり持ち上げて。

「うん、美味しい」
「……良かったぁ」

 ほう、とひとつ息をついて、も微笑う。
 それから自分も、菓子に手を伸ばす。
 エドワードたちと旅をしていた頃は、たまに宿の厨房を借りて作ってみたりもしてたのだけど。
 やっぱり軍に入ってからは、そういう機会も暇もなくって。
 脳みその隅から記憶を引っ張り出しつつ、頑張ってみたのだった。

 ……うん、及第点かな。

 特に目を輝かせるほど美味しいわけじゃないけれど、作ったも納得できる仕上がり。
 エンヴィーのことばは多少くらい世辞が入っていたかもしれないけど、素直に嬉しい。
 にこにことこちらを見るエンヴィーと目が合って、もう一度、笑う。
 ・・・それから。
 ふと、気がついて。
「どしたの?」
 首を傾けたら、それを察したエンヴィーの問い。
「……いえ、なんていうか……」
 ちょっと口篭もった。
 だけど、エンヴィーの目は先を促している。

「……もう少ししたら、ここともお別れだなあ、って」

「あーそっか。東部に左遷だっけ?」

「・・・栄転と云ってください哀しいから」

 左遷だろーが栄転だろーが、つまり飛ばされることに変わりはない。
 それでもつい、自分を慰めたくなるものだ。
 しょぼくれたの頬に手を添えて、エンヴィーが、もう片方の手で菓子を食べさせる。
「あと何日くらい?」
 もぐもぐ。ごっくん。
 きっちり噛んで飲み込んで、それから返事。
「・・・たぶん、来週くらいらしいです。知り合いが、上に訊いてくれたんですけど」
 おそらく今日も軍法会議所でてんてこまいだろう、ヒューズ中佐。
 でもって今日もあの筋肉は健在だろう、アームストロング少佐。
 直接の上司部下の関係ではないけれど、某焔の大佐のつてで、何かとを気にかけてくれている人たち。
「ふぅん、そーなんだ」
 云いながら。
 伸ばされる、手のひら。
 髪を一房とって遊んでいるエンヴィーの手を、は何気なしに見る。
 もう、この手のひらをこうやって見ることもないんだろうなぁ、と、思ったら、それはエンヴィーに伝わっていたらしい。
 弄る手は止め、だけど髪は持ったまま、小首を傾げて覗き込んでくる。
「なんかナーバスだねぇ、姫さん」
「……だって、たかだか1年もないけど、馴染んできた所だったし」
「仲の良い人も、いたしね?」
「うん。せっかく、エンヴィーさんとも友達になったのに」
「・・・あのね姫さん・・・」
 そこでエンヴィーの名前を出したことが、そんなにおかしかったんだろうか。
 ぱたりとテーブルに突っ伏して、エンヴィーは片手で顔を覆い、くつくつ笑う。


 ・・・可愛いなあ、もう。
 数日だよ?
 『オトモダチ』になってから。まだ。
 それで、ナーバスな理由にコッチを入れてくれるんだからなあ・・・

 ああそれとも、『もう』何日も経ってるし、っていうのかなぁ、姫さんなら。


「――うん。寂しいね」
 顔を持ち上げたエンヴィーが、にっこり笑う。
 最初に逢ったときや、いつか殺意混じりに手を添えられたときからは、想像出来ないような、優しい表情。
 相手を挑発するような、虚仮にしてるような、そういったものが、全然感じられない。
「エンヴィーさん……変わりました?」
「今、目の前にいるのが、姫さんだからね」
「・・・猫かぶり?」
 ちょっとむっとしてしまったら、そうじゃないって、と、笑われる。

「落ち着くんだもん、姫さんといると。なんだかね、ほわほわーって感じ?」

 一瞬、お花畑とモンシロチョウが浮かんでしまったのはヒミツだ。
 だけど、そう云ってるエンヴィーの笑みはやっぱり、からかいとかが見受けられなくて。
 これは素直に誉めてもらったんだろうかと考え、は結局、そう結論づけることにした。
「姫さんがどっか行っちゃってもさ」
 こちゃこちゃ考えてるうちに、また、エンヴィーの手が髪で遊びだす。

「きっとまた、姫さんと逢うよ」


 ――姫さんが国家錬金術師である限り、きっとまた、逢うよ。
    闇と血と禁忌のなかで。
    絶対に、自分たちは対峙する。


 くっ、と、髪を引っ張られて。
 ちょっと前のめりになったの頬に、触れたぬくもりはたぶん、エンヴィーの唇。
「……約束」
 にっこり笑って。
 それまで考えたことなど微塵も見せず、エンヴィーは笑う。
 だけど、エンヴィーは判っているんだろうか。
 そうして優しい表情を見せれば見せるほど、この人が身を浸す闇が、よりはっきりしてしまっていることを。
 ちょうど相反するもの同士が、反発して存在を主張しあうかのように。


 ・・・だけど、このあったかさは、きっと本物。
 その矛盾が哀しくて、それでもそれを当然なのだと思う。

 だから自分たちは、ともだちになったのだ。きっと。


 この感情をなんていうのか、自分は知らない。要らないと思ったものだった。
 だけど、この娘が目の前にいるときの自分の感情の動きは、常からは信じられないほど凪いでいる。
 それは、つまり?

 だけど自分たちは、トモダチだから。


 笑みかける。笑みが返る。
 そんな、ただそれだけのやりとりが、好きだと思った。
 それはどちらが?



 近いうちに一度、自分たちはさようならを云うんだろう。

 そうしてまたいつか、自分たちは逢うのだろう。

 それは、いつかのような太陽の光に溢れる場所か。
 それは、いつかのような闇と禁忌に染まった場所か。

 そのときには、今日のように笑いあうだろうか。


 笑みを浮かべたまま、はこくりと頷いた。
「うん、約束です」

 わたしがどこにいても、貴方が逢いにくることを。きっと待ってる。

「あ。そのときまでには呼び捨てできるよーになっててよね?」
「・・・・・・うっ・・・・・・」

 待ってるよ。


■BACK■



――東部に異動する数日前、くらい。
これが、中央で最後にエンヴィーと交わした会話です。
この前にやっぱり幾つか小話も……ネタが浮かんだら、入れたいかも。
殆ど毎日通ってくれる黒猫さん、って設定なので(要らん設定つけるな)

そうして。『いつか訪れる終焉』を、果たしてこの延長に持って来るべきかどうか迷ってます。
いや、あれ書いたときってこんなに仲良くなるなんて思ってなか・・・(強制切断)