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親友のおせっかい |
ざわざわ、ざわざわ。 東方司令部の食堂は、当たり前だが昼時、とても賑わう。 食事の順番は各部署ローテーションだが、それでも席は常に満杯状態だ。 常に緊張感を解かない軍人さんたちも、食事時は和やかな顔が並ぶ。 その一角。 外から帰ってきて、そのまま昼食になだれ込んだも例にもれずだった。 ひとしきり食事をしているうち、目の前の空席に食事の乗ったトレイが置かれたコトに気づき顔をあげると、半分予想どおりのマスタング大佐の姿。 「今からお食事ですか?」 大佐に遅れることほんの少し、こちらはの隣に腰を下ろしたホークアイのためにちょっと位置をずれながら、ふたりに問う。 たしかこの人たち、午前中はデスクワーク中心のはずだった。 「ええ、ちょうどひと段落ついたから」 サラダにドレッシングを振りかけながら、ホークアイが云う。 「ああ、そうだ。」 「はい?」 ガタン、と、席を下ろしかけたロイが、中腰のままをしげしげと見下ろしていた。 右手にフォーク、左手でパスタの皿を軽く持ち上げたままのの右手を引き寄せて、 「結婚しよう」 食堂内部は一瞬にして静まり返った。 すこーん。 「衆人監視のなかで何云ってるのよっ!!」 食堂を一瞬にして極寒地獄に叩き込んだ焔の錬金術師は、朱金の錬金術師の投げたプラスチック皿で、見事に撃沈された。 だいたい、焔の錬金術師のくせして、人様をブリザードにさらすとは何事か。 それまで賑わっていた食堂は、いまや完全に沈黙に覆われていた。 硬直している人間は、おおよそ二種類に大別出来た。 マスタング大佐のセリフに固まっている者、上司に皿を投げつけるという素晴らしい真似をした少尉に絶句している者。 中には、一連の出来事を理解したくなくて遠い目をしている者もいる。 だがそんな中唯一、動いている人がいた。 「・・・こんなことだろうと思ったわ・・・」 の隣で食事をしていたホークアイ中尉が、こめかみを押さえてそうつぶやいたのである。 「……何があったんですか?」 ひっくり返っている大佐は放っておいて(酷)、がホークアイに向き直る。 唐突な発言に顔は真っ赤になって動揺しまくっているのが丸判りだが、投げたのは空になっていた皿だというあたり、まだ冷静さが残っているということか。 「・・・照れた顔も、かわいいわね」 「中尉まで何云ってるんですかー!!」 「見たままだけれど?」 にっこり微笑むと、がますますトマトになる。 別にホークアイは怪しい趣味の人というわけでなくて、の反応が楽しいだけなのだが。 それは判っているから、もすぐに、瞬間的な恥ずかしさからは立ち直る。 が、マスタング大佐ののたまった爆弾発言の余波がまだ残っているのか、素面に戻るというわけにはいかない。 「・・・何があったんです?」 もう一度同じ問いを繰り返すに苦笑して、ホークアイは午前中の顛末を話して聞かせたのだった。 職務中にかかってきた、中央のヒューズ中佐からの、お電話の一件である。 『傷の男』の件、エドワードたちの護衛の件、マスタング大佐の中央招聘の件―― でもってヒューズ中佐の親馬鹿っぷり大発揮と、親友ならではのお節介。 「まあそういうわけで、私も親友にああまで云われては決心を固めざるを得なくてね」 「いつ復活したの兄さん」 ホークアイの話の半ばあたりから平然と会話に加わってきた大佐の一言と、のツッコミで顛末は〆られた。 「『やかましい!』って電話を叩き切ってたのは誰ですか」 「白昼夢でも見たんだろう」 「生憎大佐と違って、夢に逃避する癖は持ち合わせておりません」 「誰が夢に逃避してるんだ、誰が」 「途中過程もすっとばして、いきなりに迫る殿方が正常な現実認識の元に生きているとは思えませんよ」 ねえ? 上司と部下のキャッチボールのようなやりとりを、ぼうっと聞いていただったけれど。 いきなり話を振られて、ちょうど口に運んだところだった飲物が気管を直撃。 げほげほげほ。 「っと・・・大丈夫か?」 「ごめんなさい、大丈夫?」 横からはホークアイ、正面からはわざわざ立ち上がったロイの手が、の背中を揃って撫でる。 「おお、過保護軍団発見」 そこにやってきたのは、外の仕事に当たっていたハボック少尉であった。 今から昼食なのだろう、やっぱり手には食事の乗ったトレイ。 「誰が過保護軍団だ」 まだケホケホ云ってるの背をさすりながら、マスタング大佐が少尉を睨む。 が、慣れているのかどこ吹く風でとりあえずトレイを置くと、少尉は涙目のを覗き込んだ。 「おい、生きてるかー?」 「・・・っ、へーき、です」 「少尉。現場はどうだったね?」 背中をなでようとしたハボックの手を空いた方の手でつかみ、大佐が問う。 「・・・大人気ないですよ大佐」「まったくです」 一方は、頭上でそんな火花が散っているコトなど知る由もない。 ようやく咳き込みもおさまったため、ロイとホークアイに礼を云って、元通り席に座りなおした。 それから、きょとん、とハボックを振り仰いで、 「現場?」 今日は家を出てすぐ目的地に向かったため、軍部にやってきたのは昼食をとるためのついさっき。 必然的に、ハボックと顔を合わせるのも今日はこれが初めてだ。ついでにホークアイとも。 ロイについては、朝顔を合わせてるけれど。 そういえば昨日も、一日中出かけていたな、と思いながら返事を待つ。 けれど、ハボックは視線をふらふらお魚にして、「あー」と、口癖なのかため息なのかつかない発言。 「飯時にする話じゃないからやめとけ。・・・大佐、後ほど報告に伺いますんで」 報告書まとめると夕刻近くにになりますが、かまいませんかね? 勿論頷くと誰もが思ったが、 「ああ、すまんが明日にしてくれるか?」 と、意外な大佐のお返事。 「ありゃ、大佐午後から非番でしたっけ?」 「そんなわけないでしょう」 ハボックのつぶやきにすかさず答えたのはホークアイである。 「今度は何をやらかすおつもりですか?」 「失礼な。私がいつも何かやらかしているみたいじゃないか」 「さっき食堂を絶対零度の極寒地獄に叩き込んだのは何処の誰ですか」 「極寒地獄ぅ?」 あんた焔の錬金術師のくせに何やってんですか。 「知るか。勝手に人の発言に固まる方が悪い」 「ロイ兄さん少しは反省し――って! そうよ!」 がたん、と椅子を鳴らしては立ち上がる。 なんだかばたばたで、本来のそれをすっかり忘れていた。 「なんだっていきなりそういう話になったのよ!?」 「だからヒューズが――」 「そうじゃなくて!」 結婚しよう、の対象が、そこでどうしてわたしになるのか訊いてるんです!! 「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」 しーん 「・・・あ、あれ?」 ひゅううううううううう。 先刻の絶対零度ほどではないが、食堂を再び静寂が覆う。 そうしてその原因は、間違いもなくであった。 「え? ・・・え?」 なんでみんな固まってるんだ、と、原因が判らずにおたおたし始めたの目の前では。 「・・・・・・大佐、ちっとばかし同情しますぜ」 「……同情するなら、この子の天然を、もう少しどうにかしてくれ……」 「どうにかなるようなら、とっくに彼がどうにかしてますよ」 「彼か・・・それはそれで腹が立つな・・・」 どうしてかテーブルに突っ伏して縦線背負った大佐を、中尉と少尉が沈痛な面持ちで慰めているという光景が展開されていたのだった。 「……えぇと……わたし、何か……」 勢いにまかせて発言したけど、もしかして、機嫌悪くさせるようなコトでも云ったんでしょうか・・・? 額に冷や汗一筋流し、ちょいちょい、とロイをつついてお伺い。 ぴくり、 焔の大佐の肩が一瞬震えて。 むんず。 「え?」 ぐい。 「ちょっ・・・」 がばぁっ! 「わーーー!?」 腕を引っ張られ、引き寄せられて、身体に手がまわされたかと思ったら、あっという間にの身体は宙に浮いていた。 もとい、大佐の胸に抱きかかえられていた。 ・・・所謂、お姫様抱っこという奴である。 「さ、行こうか」 実にさわやかな笑顔でロイが云った。 「ちょっ、ちょっと、ロイ兄さん!」 行こうかって何なのよ!? 人間慌てると、余所行きの呼び方ってなかなか出来ないものだ。 大慌てのの声に、ロイはにこりと、腕の中の少女を見下ろして。 「中尉が云うには、途中過程がないと結婚の申し込みは出来ないらしい。というわけで、今から途中過程をしに行こう」 『な゛。』 中尉ひとり、少尉ふたりの合唱になった。 「さすがにこんな処じゃ恥ずかしいだろう?」 「いや、今抱っこされてるこれだけで充分恥ずかしいですが!?」 っていうかいったい何するつもりなんですか。 そんな質問に答える義理はないとばかりに、マスタング大佐は少尉を抱えたまま入り口に向かって歩き出す。 最初に大佐、続いて、最後に再びこの大佐の行動によって雪像と化した食堂の一行には、もはや大佐を止められる剛の者はいなかった。 ぱたん、 扉が閉まってしばらくして。 まるで金縛りを解いたときのように、一度大きく身震いして、最初に復活したのはホークアイ中尉だった。耐性だろうか。 「――追うわよ!」 云うなり、ハボックに一蹴り食らわせて走り出したのである。 「お、おう!!」 それで硬直が解けた少尉も、まだ呆気にとられてはいたが、すぐに目を数度しばたかせ後を追う。 再び扉の開閉があり、あわただしく駆けていくふたりぶんの足音が、だんだんと小さくなったのち。 食堂に取り残されていて凍り付いていた軍人がひとり、遠い目をしてつぶやいた。 「・・・勘弁してくれ・・・」 それは全員の心中を代表していたと云っても、過言ではあるまい。 その後の少尉の身柄はどうなったか、それは神のみぞ知る。 :::おまけ::: 中央にある、ロス少尉の知人の病院。 ――に、入院している鋼の錬金術師の部屋。 機械鎧の整備をしているウィンリィに、エドワードが真剣な顔で話しかけていた。 「折り入って頼みがあるんだ」 「何よ?」 「姉のことなんだけど」 「・・・姉がどうかしたの!?」 とたんに切羽詰ったウィンリィの声に、そーいえばこいつも姉に懐いてたよなあ、と一瞬懐古したのはさておいて。 枕に押し付けていた顔を、エドワードはぐきっとウィンリィに向ける。 「いや、姉っていうより、大佐なんだけどさ」 「うん?」 「東部に帰ったら、全身全霊でスパナ投げつけといてくれ」 「・・・は?」 「なんつか、今、すっっ(溜)っげぇ大佐に腹立った」 「・・・はあ・・・」 あれは絶対、大佐が姉に何かちょっかい出しやがったんだ、人が傍にいないからっていい気になってるんじゃないだろうな、 とかなんとか、ぶつぶつ云っているエドワードを見て、ウィンリィはちょっとため息をついた。 愛は千里を越えるってホントなのかも。 とりあえずホントに姉に何かやらかしたんなら、スパナ1本じゃ足りないかと思いながら。 |
ガンガン2002年9月号読んでないとネタ判りにくいかも......て、ココで云うなって感じですが(笑 連載夢がこの先どうなるかまだ書いてないのですが、 一応東部に残って軍の仕事してます、主人公。そうあっさり旅には出れませんよねえ... 大佐が中央に行くなら、そのときくっついて行こうかなー さて、主人公がその後どうなったかは貴方の心のなかで!(笑) |