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うわてとやりて



「・・・マスタング大佐。いーかげんにしてください」

 べしっ! と、机に中央からの連絡用書類の入った袋を叩きつけ、はにこやかに上司に告げた。
 だが、それ以上ににこやかなのが、その真正面に座り叩きつけられた書類にも微動だにしない、マスタング大佐こと焔の錬金術師。
「何がだい?」
 実に爽やかな笑顔でもって、そんなお答えまで賜る始末。
 ファンなら悩殺ものだろう。
 ……ファンならば、だが。
 生憎は、笑顔なんざ見慣れているので別に感慨もなく。
 むしろ怒りの方が感情の大勢を占めていたので、やっぱり、強い口調でこう云った。

「中央から東部への連絡係が、どうして、毎度毎度毎度毎度毎度わたしなのか、知らないとは云わせませんよ!?」

「ははは、何を云ってる。私がそう手をまわしてるんだから、当然だろう」

 ……生憎、大佐はそれ以上にうわ手だった。


 脱力したくなった自分を必死に鼓舞して、はひきつった笑顔を返す。
 叩きつけたままの書類を、ずい、と大佐の前に押しやって、
「それじゃあたしかにお渡ししましたので、これで失礼いたします」
「ああ、ちょっと待ちなさい中尉」
「申し訳ありませんが、自分の仕事も残っていますので」
 すたすたすた。
 答える合間も休みなく出口に向かって歩いていた足は、だが、

「上官命令」

「〜〜〜〜!」

 身もフタもない大佐殿のセリフで、その場に縫いつけられたのであった。

 軍隊は特に上下の関係が厳しい。
 上官の命令に背いた下位士官が、翌日島流しになったという噂が実しやかに流れるほどだ。
 自身は、そしてロイにしても、そういうコトは好きではない。
 好きではない、が・・・

「こういうときばっかり上官ぶるの、やめてください!」
「上官権限発動しないと云うこと聞いてくれないんだから、仕方ないだろう」

 こっちの方が余計タチが悪い。


「……ええ、はい、そうです、マスタング大佐に捕まって。今日中には帰りますので……は? ……はあ……判りました。それでは失礼します」
中尉、終わりですか?」
「はい。ありがとうございます」
 通話時間記入中の電話交換手に一礼して、は後ろを振り返る。
 ……こめかみを押さえて倒れたくなりながら。
 してやったり、と云いたげに満足そうな笑顔でそこに立っている上官を見りゃ、誰だってそうなるだろう。
 電話交換手だって、見て見ないフリをしてるぞ。
「どうだった?」
「……明日中に戻れば良いそうです」
 電話の向こうで、たぶん苦笑いしていただろう准将を思い出して、はため息をついた。
「よしよし。じゃあ明日の始発くらいでちょうどいいか」
 そうと決まれば早速行こう。
 笑顔で肩を抱いて歩き出す大佐に引きずられつつ、それでも問いかける。
「大佐、仕事はいいんですか」
以上に優先するものなんか、私にはないよ」
「……はいはいはい」
 それでも、某中尉に見つからないように、普段なら通らないようなルートばかりを選ぶあたり、後ろめたさは感じているんだろう。
 むしろ、切実に、そうだと願いたいものである。

「で、どこに行くんです?」
「男女がふたりで行く場所となれば、決まってるだろう?」
「・・・逃げていいですか」
「逃げたら軍法会議」
「・・・・・・鬼」



 閉めきられたその小さな部屋には、ベッドがひとつ。
 ヒーリング系、とでも分類されそうなゆるやかな音楽が流れ、アロマテラピーのお香も焚いてある。
 ベッドの上、うつぶせになっているのは
 のしかかるように、上からそれを施している人物がいて。
 時折、ぎしぎしとベッドがきしむ。
 だがメインで響いている音はというと、

 ――ポキ。
 ゴキ。

 ゴキゴキゴキッ。

「あいたたたたたたたた」
「お客さん、凝ってますねー」
「そ、そうですか?」
「そうですよ。若いからって無理しちゃいけませんよ?」

 ゴキ。

「いたたたたた」

 軽く腕を引っ張られただけなのに、ぴきっと走る痛みにまたはうめく。
 いや、たしかに気持ちいい。
 気持ちいいんだけど、痛い。
 おかげで、すでに涙目だ。
「ちゃんと休養をとるのを忘れずに。寝る前に、軽く柔軟して身体をほぐす習慣もつけましょうね」
 軍人さんは、そもそもからしてハードなんですから。
「……そうします……」
「まったく、こんなことじゃないかと思ったんだよ」
 少し離れたソファに腰かけて、整体師さんのなすがままになっているを見ていたロイが云う。
 が何か云うより先に、整体師さんがくすくす笑った。
 ちなみに、長い栗色の髪がきれいな女の人である。
「若い人ほど、自覚症状はないコトが多いんです。仕方ありませんよ」
「・・・ていうかなんで兄さんが気づいたのよ・・・」
 枕につっぷしたまま、顔だけ向けてそう云うと、ロイは軽く口の端を持ち上げて。
のことならなんでも判るさ」
 と、のたまってくださったのである。
「・・・」
 もはやことばもなくして沈没したの上から、整体師さんの笑う声。
「お客さんたら、大切にされてるんですねー」
「ああ。何より大事な女性だからね」
「兄さん胸張って云わないで」
「あら、でも本当に大切にされてますよ?」
 会話の合間に、雰囲気台無しにゴキゴキという音が入っているがあえて割愛。
「だって、女性の整体師ってコトで私に指名が入ったんですから」
「・・・は?」
 いきなり何の話だと目を丸くしたところに、横手から再びロイの声。
「当然だ。私以外の男にの肌を触らせてたまるか」
「・・・胸張って云わないでそんなコト・・・」
 もはや顔をあげる気力もなくなったの身体を、整体師さんはそりゃあ楽しそうにゴキゴキ云わせてくれたのだった。



 それでも、伊達に整体と名のつくコトをやってもらったわけじゃない。
 そこを出る頃には、の身体は非常に軽くなっていたのである。
 でもってそのまま車に乗せられて、やってきたのは――

「・・・兄さんち?」

 本気で今日は仕事ばっくれる気ですか、と言外ににじませたの問いに、ロイはコートを腕にかけつつ頷いた。
 それから笑顔で、
「泊まっていくだろう?」
「参考までに、もし断れば?」
「軍法会議。」
「……お言葉に甘えます」
「よろしい」
 心底嫌なら逃げればいいのだが、そうしないのは、結局、久々に逢ったロイが嬉しそうだからである。
 他の女性とデートしてるときもこうなのかとふと思うけれど、ま、それは自分には関係ないし。
 とか考えて、は首を傾げた。
「どうした?」
 玄関口で立ち止まったを見て、ロイがいぶかしげに問う。
「兄さん、女の人つれこんだりしないの?」
「げほッ」
 見上げて問えば、とたんに咳き込むマスタング大佐。
 やましい覚えがというよりは、予想もしなかった質問に本気でむせた様子である。
「……なんだって、また、そういうことを訊くんだ?」
「だって、中尉や少尉がよく云ってるけど。大佐はデートにかまけて仕事サボる日が多いって」
「・・・・・・まあそれはとにかくだな」
 否定しないあたり、なんともはや。

「家まで連れてくることはないよ。外で逢って適当に過ごして、さようならだ」

 ロイほどの年齢の男性曰くの『適当』つーと、なんかいろいろ含みがありそうである。
 が、とりあえずはそのことについては言及しないことに決めた。
 ――まだまだ、大人の裏事情には足を突っ込みたくない年頃だからだ。
 別の意味で人生の裏街道歩いている気はするが。

 ふうん、と適当に相槌を打って、玄関から見える範囲を軽く見渡した。
 男性の一人暮らしと云うと、なんとなく散らかっているとかイメージがあるのだけど、それが偏ったものなのだと、認識させられる。
 相変わらず必要最低限のものだけ揃った、見ようによっては殺風景かもしれないインテリアは、けれどの好みに結構マッチしていた。
「お褒めにあずかって、どうも」
 そのことを告げると、ロイはやわらかな笑みを浮かべてそう云った。


 食事は、とロイとふたりでつくった。
 片付けも、ふたりでやった。
 掃除やその他の家事は、普段からきちんとこなされているらしく、他にのやることはなかったけど。
「・・・何にもしないのって、暇」
 ソファにころんと横になってつぶやいたら、隣にある一人がけのソファに座ったロイが、新聞広げたまま笑う。
「そうか? 私はがいれば十分楽しいが」
「――うん、一人よりは暇じゃない」
 応えてくれる人がいるし、手を伸ばしたら触れられるし。

 軍部に入ってから、は一人暮らしになった。まだ、それに慣れてないんだと思い知る。
 エドワードたちと一緒に旅をしていたときには、その日暮らしの感はあったけれど、常にどちらかが傍にいてくれて。
 勤務中は忙しいから良いのだけど、家に――といっても軍部の寮だが――いるときふと、心にぽっかり穴が空いたような感じになることも、少なくない。

 正直、自分がここまでさみしんぼだとは、思わなかったけれど。


「?」

 ふと顔をあげる。
 いつの間に傍にきたんだろう、の頭の方の空いたスペースに、ロイが腰を下ろすところだった。
「……うん」
 弛む表情を抑えずに、そのままちょっと身体をずらす。
 それから頭を持ち上げて、落とす。ロイの膝の上に。
 すぐに、ロイの手がの髪で遊び始める。持ち上げては落とし、時折指に絡めて。

「たまには、こういうのもいいだろう?」
「――うん」

 まるで猫にでもなったみたいだと思いながら、頷いた。

「・・・ロイ兄さん」
「うん?」
「ありがと。――大好き」
「・・・・・・」

 髪をいじる手が止まったコトにも気づかないまま、はそのまま眠りに落ちる。
 が、取り残されたロイはというと、そうもいかず。
 手を目の前まで持ってきて、じっと眺め・・・ぽつりと、つぶやいたのだった。

「……『兄さん』じゃなしに、そう云ってくれたなら、正直に嬉しいんだがね……」

 今ごろ何処を旅しているのか、の『弟』たちをふと思い出しながら。
 きっと、どちらも同レベルで『大好き』なんだろうコトに喜ぶべきか哀しむべきか本気で迷ったのは、ご愛嬌である。
 それでも気を取り直したように小さく笑うと、再び、を優しく撫でだしたのだった。



 翌朝。
「兄さんのバカバカバカバカバカっ!! なんで起こしてくれなかったのよー!!」
「ははははは、の寝顔があんまりかわいかったから、ついな」
「いやーもう絶対始発出てるー! 怒られるーっ!!」

「ああ、心配するな。さっき中央に電話しておいたから」

「・・・え?」
「焔の錬金術師から、朱金の錬金術師に正式に協力要請ってことで。1週間の日数を」
「・・・・・・」
「こら逃げるな」
「お願い見逃して」
「嫌だね」

 ちなみに逃げたら、上官命令無視に要請無視足して軍法会議な。

「だいたい何が協力要請よっ! 研究にかこつけてサボろうって魂胆でしょ!」
「さすが、ご明察だな」
「〜〜〜〜」
「そうか、声が出ないほど嬉しいか」
「違うーーー!!」

 ・・・やっぱり、焔の錬金術師のほうが、うわ手でやり手なのでした。


■BACK■



整体師さんオチ。ベタベタでごめんなさい。
でもやりたかったんですよーう。ちょっと前に裏アップしてたから、なおさら(笑)
やっぱりわたし、こういうほのぼのきょうだいモノ夢みたいなのが、性に合ってるやも(そうか?)
エド相手だとほんわか、大佐相手だとふりまわされ、エンヴィーだといい友達(←某番外編除く)?
ハボック少尉との小ネタが浮かびかけてる今日この頃でした。