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ちょいと其処行く学生さん? |
・・4月10日 『新学期』 某所にある私立大学付属高等学校―― ご近所では有名どころのこの学校の特色を、ざっと説明しておこう。 大学付属のくせに一流の進学校であり、ここに入れただけで、某T大学合格は確実と云われているほどだ。 当然、入試の門はすさまじく狭い。 私立のくせにきっちしかっちし試験に合格しないと入れない上に補欠入学もなしなのだから、1学年の人数が時に2桁になることもある。 だからといって授業料を上げるわけでもなく、平然と定額の授業料のみでこの私立校は運営されていた。 はっきり云ってしまおう。 この私立大学と、大学付属高等学校は。 経営者の趣味でのみ運営されている、実にたわけた学校なのであった。 その、たわけた付属高等学校の教室のひとつ。 「――くしゅッ」 春先にしては妙に冷え込んだ朝方のせいだろうかと思いつつ、くしゃみしている女生徒がひとり。 濃紺の制服の胸元には、学年を示す赤いネクタイ――第2学年の色だ。 「・・・風邪か?」 彼女の前、廊下側から2列目。最後尾からひとつ前の席に座った少年が、読んでいた本を伏せて振り返った。 肩の下くらいまで伸ばした金色の髪をみつあみにまとめた、髪と同じ色の目を持つ男子生徒である。 身を包むのは黒い学ラン――学年章は外しているのだろうか。まあ同じ教室にいるということは、同級生なのだろう。 ・・・同年代にしては、くしゃみした女生徒と同じほどの背丈なのが、微妙にあはれ。 「……誰が陽電子エターナルチビだ」 ナレーションに文句つけないでください。 「エド君?」 「いんや、なんでも」 そう云って、彼は――エドことエドワード・エルリックは、心配そうな表情になって彼女を覗き込んだ。 「姉、風邪ひいたのか?」 、と呼ばれた彼女は、ううん、と小さく首を振って。 それからかすかに苦笑をこぼす。 「・・・朝冷えてたでしょ? ちょっと体調崩しただけだと思う」 「それを風邪っていうんだよ・・・」 何やらズレた回答に、頭から机に撃沈するエドワード。 けれどすぐに復活して、 「寒気は? 熱は? 喉痛い?」 と、立て続けに問い質す。 「熱はないよ、喉も痛くない。――ちょっと寒いくらいかな?」 正面の、黒板の上にかかっている時計を見れば、時刻は8時5分。 まだまだ、朝の冷気が払拭されるような時間ではなかった。 立地条件のせいか、ふたりのいる教室にまだ日が差し込まないのも、寒さを感じる一因だろう。 上着持ってくれば良かった、というの独り言ともつかぬつぶやきを耳に、エドワードは視線を天井に向けて、少し考えていたけれど。 おもむろに、自分の着ている学ランのボタンを外して脱いだ。 ――ふわり、 かぶせられるときに巻き起こった風が、肌寒い空気を動かして刺激してきたけれど。 その直後を包み込んだぬくもりが、それを吹き飛ばす。 「それ。着てなよ」 自分は黒い長袖のシャツ一枚になって、にぱっと笑いながらエドワードは云う。 「で、でもエド君が寒いんじゃ」 「いいっていいって」 あわてて脱ごうとしながらそう云ったけれど、当のエドワードの手がそれを押し留めた。 不安そうなに、さっきと同じように笑いかけながら。 「俺、一応鍛えてるし。これくらいで風邪なんかひかないって」 それより姉が風邪ひくかもしれないほうが、よっぽど嫌。 そこまで云われると、としても素直に上着を借りる以外出来ることはない。 お言葉に甘えて、頭からかぶせられていた上着の袖に手を通し、ちゃんと形にして着直した。 「・・・あれ?」 「ん?」 「エド君、背、伸びた?」 両手を左右に真っ直ぐ、案山子を連想させるように伸ばして見せたの、学ランに包まれた腕の先。 今しがた重ね着した上着が、手首を隠し、手のひらのなかほどまでを覆っていた。 「ほら。前は手、隠れなかったのに」 「あー……ほんとだな」 身長が気になるエドワードとしては、かなり嬉しい事実である。 しかし、伸びてと同じほどだという事実もあるのだが。 「やっぱり、高校生になると違うねえ」 高校生って云っても、飛び級してきた分はあるけどね。 まるで自分のことのように、嬉しそうにも笑う。 「そだな」 と、この春飛び級入学受験を終えたばかりで、さらに1学年すっ飛ばして2年生からの入学となった特例中の特例新入生も笑った。 時計の針が、8時15分を示した。 教室に入ってくる生徒も増え始める。 進級したばかりのクラスといえど、数日が経過しているのだから、互いの顔くらいは覚えているため、見慣れぬ顔であるエドワードに、『転校生か?』などと疑問の視線と声も出始める。 そのたびに特例だよと説明すると、やっぱりそのたびに驚く声がそこかしこから。 「――やっぱ、人数少ないなー」 教室に置いてある机の大半に、それぞれ持ち主が座った頃。 ぐるりと教室内を一瞥してのエドワードの感想に、は小さく笑う。 「そうだね。中学校と比べると、やっぱり少ないのかも」 「少ないって。このクラス・・・・・・どう見積もっても15、6人くらいじゃないか?」 「んー、でもこの学年は多いほうだよ? 3年生なんか、選択した科目によっちゃ1クラス10人以下ってあるもん」 「げっ・・・・・すげえ」 この明かされた事実に、さすがにエドワードも目を見張る。 「姉ってすごかったんだな」 「何云ってるの。飛び級受験で全教科合格で、理事長がやらせた2年生進級試験の問題満点でさらに飛び級入学したのは誰?」 エド君でしょ――と、が続けるより先に。 「――ということは、君が噂の新入生か」 ざわり。 唐突な第三者の登場に、とエドワードが驚いて視線を転じたのと、クラスをざわめきが包んだのはほぼ同時だった。 「生徒会長だ・・・」 「マスタング先輩だ」 「後ろにいるのは、副会長のホークアイ先輩と、会計のハボック先輩だよな」 「なんでこんなトコロに?」 ――えらく説明臭い気がするが、その説明のとおりの三人が、たちの座っている席の傍に立っていたのである。 話に熱中していたせいもあるんだろうが、いつの間にこんな至近までやってきたのか。 「おはようございます、会長」 在校生のにとっては、知った顔だ。 昨年、満場一致で今年度の大学部高等部総合の生徒会会長に任命されたこの先輩、学校内では結構有名である。 の真正面、なかなか食えなさそうな笑みを浮かべているのが、そのロイ・マスタング。大学部2年。 その右斜め後ろ、周囲の男子生徒からの熱い視線を受けて平然と佇むのが、副会長ことホークアイ。大学部1年。 口寂しいのかなんなのか、禁煙パイポをくわえて飄々と立っているのはハボック、大学部1年。 以上、大学部高等部を統轄する生徒会の役員の紹介でした。 「・・・なんだ、あんた」 けれど、この学校に来るのは今日が初めてのエドワードには、目の前にいるのが誰なのか判る由もない。 じとおっ、と、険を含んだ視線と声に、を含めた周囲と和やかに会話していた会長が、彼の方に向き直る。 「あんたとは失礼だな、新入生君。私は当校統轄の生徒会会長、ロイ・マスタングだが」 「あーそー。俺も新入生なんてのじゃなくて、エドワード・エルリックって名前がちゃんとあるんだけどな」 「・・・ん?」 微妙に青筋浮き立たせて名乗るエドワードを見ていたロイが、ふと、怪訝な表情になった。 「失礼」 一言そう云うと、シャツに包まれたエドワードの右腕に手を伸ばす。 が、 バシィ、と、小気味いい音が響き渡り、その一瞬後。 「何しやがる!!」 つかみとられかけた右腕をガードするような体勢になったエドワードの罵声が続いて教室に響いたのだった。 「おおう・・・・・・いい根性してやがる」 ぼそり、ハボックがつぶやいた。 ――さしもの会長も、生徒会の面々も。そしてクラスの人たちも。 この反応には呆気にとられて、しばらく、沈黙が場を覆い、 「エド君……」 ひどく心配そうな声で、それを打ち破ったのはだった。 「・・・・・・」 実はエドワード、この2歳上の、姉のような幼馴染みという微妙な関係であるに弱い自覚だけは、ある。 ので。 いい? と、目で尋ねながら手をとられても、小さく息をついたのみ。 それを見て、今度は生徒会長が青筋を浮かべたのだけれど、それに気づく人はいなかった。 そうして、シャツの袖をまくって、エドワードの右腕が衆目にさらされる――鋼の機械義肢である、それが。 ざわざわ、と、あちこちからこぼれた声が、さざめきとなって教室を覆う。 気持ち悪い、とか、不気味、とか、そういう形容詞はいっさいなくて、ただ純粋に驚く声だけが全体を占めていた。 そんななか平然としているのは、当のとエドワード、それから生徒会の面々。 「・・・なるほど。それは失礼した」 ロイが、真顔で謝罪する。 それを見てようやく溜飲を下げたのか、エドワードも鷹揚に頷いた。 すい、と前に歩み出てきたホークアイが、それをまじまじと眺めながら話しかけた。 「理由を、訊いてもいいのかしら?」 「事故。」 簡潔明瞭に、ただ一言。 告げられたことばは、それ以上の追求をあからさまに拒否していて、が慌てて周囲を見渡したけれど。 どうやら、ここまでのやりとりでこの新入生の性格を、皆粗方把握したらしく。 そこにあるのは、妙に納得するような空気。 それを悟って、は、安心したように胸をなでおろした。 そんなを微笑んで見やって、ロイが後ろに控えていたふたりに向き直る。 「では、噂の新入生君の顔も無事拝見できたことだし――そろそろ、大学部に戻ろうか」 「そうですね」 「へいへい」 「だから俺の名前は」 まだ『新入生』と形容されたことにむっときてか、エドワードがくってかかる。 「エドワード・エルリック。だろう?」 「・・・おう」 覚えてるんならちゃんと呼べや。 そう云おうとしたのだが、が袖を引くものだから、つづきは途中で立ち消える。 そして、そんなふたりを一瞥して、会長は凄みのある笑顔を浮かべてこう告げた。 「つまるところは、また、敵がひとり増えたというわけだな。――以後よろしく。鋼の」 「・・・『鋼の』?」 すさまじく胡乱げな表情になったエドワードの右腕を指差し、マスタング会長はにこやかに、 「特徴を表していて、いい呼び名だろう?」 ――と、のたまって。 「なっ・・・・・・!!」 「では、昼休みか放課後にでも生徒会室へ来るように。生徒手帳、校章兼学年章他諸々、渡すものがあるからな」 なんなら同伴でも構わないし、っていうか是非同伴で。 血をのぼらせたエドワードが何かわめくより早く踵を返し、教室を後にしたのだった。 後に残されたのは、一連の出来事を見守っていたクラスメートたちと、やり場のない怒りに燃えるエドワード、それからこめかみを押さえるの姿。 とりあえず、前途は多難そうである。 「やっほう、ひさしぶりー♪」 前途というか、目の前が。 その場にいた全員が、一斉に反応して振り返る。 その視線の先には、校門側に面した窓。――の、桟に肘をついて、にこにこ笑っている長い黒髪の男子生徒。 なにかの模様の描かれた、これまた黒いバンダナが印象的。 制服が違うので、ここの生徒でないのは一目瞭然だ。 が、他校生がきているというのに、生徒たちの反応は淡々としたものだった。 女子生徒がひとり、すたすたとの後ろに回りこんで、 ぐい、 と背中に手を当て、押し出した。 「おい、姉に何――」 あわててそれを阻もうとしたエドワードの手は、ちょっと遅かった。 は、窓からの来客の前にずずいと鎮座する羽目になったのである。 事情を飲み込めないエドワードに、クラスメートがひとり、こっそりと耳打ち体勢で、 「あいつエンヴィーっていうんだ。隣の学校の奴なんだけど」 「なんで隣の学校の奴がここに来るんだ?」 「――あいつ、がお気に入りでなあ・・・」 「はあ!?」 そのときエドワードの脳裏に、先ほどの生徒会長のことばがフラッシュバック。 ――『つまるところは、また、敵がひとり増えたというわけだな』 後ろで交わされている内緒話を知らないは、にこにこと話しかけてくるエンヴィーに、困ったような笑顔で応対していた。 いや、別にこの人が嫌いなわけじゃない。 だけど、自分トコの授業がもうすぐ始まる時間だし、相手のトコロだってそうなはず。 「・・・えっと、エンヴィーさん」 「何?」 「学校はいいんですか……?」 「あ、サボった」 あっけらかんとそう云われ、の肩ががくりと落ちる。 「だって学校より、姫さんに逢うほうが大事だし?」 そして、さらににこやかに追い打ちがかけられて。 どうしてこの人は、毎回毎回こうなのだろう――ふと、埒もないことを考えたら。 ぐい、と。 「え?」 腕を引かれて、数歩、後ずさらせられた。 「おっととと??」 引かれるままに後退し、バランスを崩した身体を、後ろから支える両手。片手はひんやり、片手はぬくもり。 馴染んだその感覚に、の身体から力が抜ける。 「何が姫さんだ。姉は姉だ、勝手な呼び方するんじゃねえ」 を腕のなかにおさめたまま、エドワードが云った。 「・・・っつーか、あんた誰?」 それには答えず、逆にエンヴィーが問い返す。 笑みをますます深くして。 同時に、とエドワードを除くクラスメート全員が、ずざあっ、と、廊下側の壁まで逃げた。 「エドワード・エルリックだ」 「ふーん。姫さんの何?」 姉ちゃん呼ばわりしてるってコトは、もしかして弟? 「身長もだいたい一緒くらいだしねー」 あからさまなからかいの混じったその一言に、ブチリ、何かがキレる音。 「どぁれがマイクロミニサイズだああぁぁぁぁ!!!」 「あっはっはっはっは、やっぱりキレた」 気にしてると思ったんだよねー♪ 実に嬉しそうにそう云って、飛び込みざまに放たれたエドワードの拳を、エンヴィーはいともあっさり避けて見せ。 「ま、姫さんの顔も見れたし今日はこのへんでいーか」 そのまま窓の桟から手を離し、空中に身を躍らせる。 蛇足だが、この教室は校舎の2階に位置していたりする。 「お、おい!?」 自分で仕掛けておいてだが、慌ててエドワードが下を見下ろすと。 くるくる、すたん。 空中で見事な回転を見せたエンヴィーが、審査員から10.00の評をもらえそうな着地を決めたところだった。 「・・・な・・・」 あまりの離れ業に呆然としているエドワードに、エンヴィーはにっこりと手を振って。 横から覗いたには、やっぱりにこにこと両手を振って。 そのまま、くるりと校門のほうへ歩き出したのだった。 時計の針が、8時30分を示す。ホームルームまであと10分。 騒ぎも終わって全員が席につき、誰かが気を利かせたのか、エドワードの分の机はの隣に用意され。 ほぼ全員が自分たちの話に専念しているところを見ると、どうやら今朝のようなことは日常茶飯事であるようだった。 が。 この学校にきた初日=免疫のないエドワードは、ぐったりと机に突っ伏していて。 「・・・だいじょうぶ?」 そっとしておこうかと思ったものの、やっぱり不安になったの問いかけに、がばりと顔を持ち上げた。 「姉」 「エド君平気? 疲れた?」 「いや、俺はいいから姉。」 がしっとの両肩をつかみ、エドワードは真顔で云った。 「やめちまえこんな学校」 「どうして?」 きょとんと目を見張ってそう問われ、またエドワードは突っ伏した。 「どうしてもなにも! あんな会長とかあんな客とか、どう考えても――!」 「・・・そ、そりゃちょっとは変わってるかもしれないけど、でもいい人たちだよ?」 「・・・・・・・・・・・・ちょっとどころじゃねえって・・・・・・・・・・・・」 「じゃあ・・・エド君はここやめちゃうの? ……一緒に勉強できると思ったのに」 「いやそれは絶対しないけど!」 まあ、せっかく入った高校である。 は今さら転校する気などないし、エドワードも例外の飛び級を中学に認めさせたのには、それなりに理由があるのだし。 故に。 はここで高校生活を送るのだから、エドワードとしては自分だけが動くわけにいかなくて。 っつーか、あんな奴らのなかに姉ひとり置いておけるか。 つまり。 前途は、果てしなく多難なのであった。 来月の行事予定............5月8日『ウォークラリー』 同20日『体育大会(春)』 |
というわけで、書いてみたりしてしまった学園物。 続きそうな気配ですが、続き考えてません(コラ) ていうかエド、15歳になった、って原作にあったんで現在でいうなら中3って前提です。 2年の終わりごろに飛び級やって、成績OKでさらに飛んで新学期から高校2年。 おいおいなんて無茶苦茶設定なんだよ自分(と一応ツッコんでみる) マスタング会長(違和感......笑)とかエンヴィーとかは、ええ、そのままです。 何人か実年齢より若返ってるぽい人がいますが。会長然り他然り(笑 |