Episode25.


 さすがに、眉をしかめた。
 あふれかえる死臭は濃密。あまり予想しなかったせいもあって、その異臭は鼻腔を強く刺激した。
「……何これ」
 クロロの背中越しに小屋の中を覗き込んだマチも、あまりいい気分のしないものを見たといわんばかりの口調。
「うわー」唯一能天気に見ているのがシャルナーク。「団長、さすがにあの子もう死んでるんじゃない?」
「まったく、団長があのおっさんにつかまるから」
 ぶつくさぼやくマチの云うとおり、彼らがここへ来るまでに、ゾルディック家でちょっとした悶着があった。
 ぶっちゃけて云えば、一年ほど前に団員の一人を殺した男が散歩に出たきりの父親を探して出てきたところにはちあわせてしまったのである。
 とはいえ、敵討ちとかに発展したわけでもない。
 ただ、おっさんことシルバ=ゾルディックは、イルミの父親である。
 ゆえに屋敷の持主である。
 ついでに付け加えるならば、シャルナークが「死んでるんじゃない?」とぬかした少女の訓練光景を鑑賞して娯楽にしていた人物一号でもあった。
 それを聞いたクロロが鑑賞料を請求しようと思ったかどうかはさておき、そんなこんなでくった時間は少々のはずだったが、そのおかげで、もともと薄かったあの娘の気配がぶっつり切れて、追えなくなったのは痛かった。
 さてどうしたものかとひとまず山道をくだっていたら、不意打ちのように気配が急浮上。
 やってきたのがこの小屋だ。
 ……ちなみに、一度濃くなったはずの気配はまた消えていた。
 それはさもありなん、
「気絶しているだけのようだな」
 こんな状態では。

 死臭。血の海。腐肉。
 ためらいもせずそれらの中へ足を踏み入れたクロロは、そのど真ん中で倒れている少女を見つけて襟首を掴み上げていた。
 だらーん。と揺れる腕や足から、ぽたぽたと赤黒い液体が落ちていく。
「外傷は?」
「ない。……いや、あるか」
「どこ?」
「鼻の頭がむけてる」
「……のどかな怪我だね」
「この子がやったのかな?」
 べちょ、と肉を蹴り、シャルナークが呟いた。
 普通の人間ならば「ありえない」と返答するだろう問いに、だが、クロロとマチは真顔で互いを見やる。
 散らばる肉の量から察するに、成人男性3〜4人がここにいたはずだ。
 それらを、彼らが到着するまでの間にここまでの残骸にしてしまえるすべなど、子供が持っているわけもない。
 が、
「精孔を開いたといっていたからな……」
 念ならば、年齢や性別など関係ない。
 必要なのは鍛錬、修練による技術の上昇、オーラ総量の増加、何より扱う者の精神的頑健さ。
 そういえば、とマチが云った。
「精孔開いた後、元気に走っていったって、あそこのじいさん云ってたんだよね?」
「たしかそう云ってた」
 イルミと一緒にいたクロロと合流した時点でそのあたりを聞いたマチとシャルナークが、今度は顔を見合わせる組み合わせ。
 今、二人の心はひとつだった。

「「何者、その子」」
「オレが知るか」

 見事にハモった問いかけを、クロロはざっくり切り捨てる。
 それから、
「戻るぞ」
 赤黒く染まった子供を担ぎ、二人を促して小屋を後にした。
 とりあえず、俵担ぎは宿命らしい。また圧迫されるおなかに合掌してくれる相手はいない。
「ん」
 それが苦しかったのか、小さくうめき声をあげた子供を、クロロはちらりと目を動かして見やる。
「……」
 静かな深い闇色の双眸がほんの少し、細められた。
 シャルナークやマチならば、それを笑みというのだろうか。けれどその二人は今、彼の後ろで彼の担いだ子供及びその故郷はいったいどういうものなんだという、結論の出ない議論中。
 そんな二人にさえ届かぬ小さな小さな声が、形の良い唇からこぼれて消えた。

「おまえの歳のオレにはたぶん、出来なかった芸当だろうな」

 あの血の量。そして肉の山。
 容積はおそらく数人の人間。
 ぼさぼさの髪の毛と乱れた衣服、血に汚れて判別しづらいが、見える範囲だけでも数箇所はある打撲の跡。何があったかなど、説明を待つまでもない。

 ――その只中を、生き延びたというのなら。

「本物だ」

 認めるは当然。
 だが、本物の本物を目の当たりにした彼は、

「……欲しいな」

 ――幻影旅団。
 A級首の盗賊集団、その頭であるのだからして――

Back // Next


TOP