Episode27.


「――――」

 びきっ、と、肩が引きつったような痛みで目が覚めた。
「……」
 痛くもなるよね、って、どうしてか真っ直ぐ上に伸ばしてる自分の腕を見て、思った。
 なんで、こんな変な格好で寝てるんだろう。お日様が欲しいのかな、わたし。
 でも、手の向こうにあるのは、灰色の天井。コンクリートにさえぎられて、お日様の光もお月様の光も、ここにはきっと届かない。
「……」
 おなかがいたい。
 あたまがいたい。
 みみのおくが、がんがんする。
「……おね――……さん」
 届かないね。まだ、手も、声も、わたし、お姉さんに届かない。
 わかってる。お日様じゃなくて、わたし、お姉さんに届きたかった。
 今ごろはっきりしてきた、さっきまで見てた夢は、一番の、そして絶対にかなわないわたしの夢。
 ぱたり、腕を落とす。
 背中の下にあるのと同じ、少し固くて少しふかっとしてるシーツに当たるものだとばかり思ってたわたしの腕は、でも、
 ――ぽこり。
 ちょっと間抜けな音と一緒に、誰かの頭を叩いてた。
「あれ」
「おー?」
 首だけ動かしてそっちを見たら、白っぽい茶色の髪がもぞもぞ。
 あー……これ、フィンクスさん、かなあ。って思ったら、うん、フィンクスさんがもそっと、頭に乗ったままの腕をどかしてわたしを見た。
「おー」にかっ、て、笑ってくれる。「起きたか」
「……おはようございます」
「昼だけどな」
「こ、こんにちは」
「一々訂正すんな」
 変なトコ肩肘張ってるよな、おまえ。って、フィンクスさんは、わたしの頭に手を、大きな手が、目の前に、
「や……!」
「――?」
「あ」
 思わず転がって避けて、そしたら、そんなに広くないベッドからはみ出て、わたし、

 どすーん。

「〜〜〜〜〜〜」
「……おまえの世界じゃそういうふうに起きるのか?」
「ち、ちがいます」

 いたたたた。
 なんだか、身体ががちがちにきしんであちこち痛い。訓練の、せいかな。
「……」
 ああそれに。
 ――ひびく笑い声。
 あの人たちにつかまれた、髪。なぐられたおなかとか、転んでぶつけた鼻の頭とか――そうして魚達に食べられて小さくなってく男の人たち。
「あの人たちは!?」
「は?」
 床に転んだまま叫ぶわたしを見て、きょとんとするフィンクスさん。
 そ、そっか。知らないよね。
 って、え。ちょっと待って。わたし、変な知らない小さな部屋にいたはず。でも、ここは、
「アジト」
 せわしなくきょろきょろしだしたわたしを見て、フィンクスさんが教えてくれた。それから、フィンクスさんはベッドをまわりこんで、落っこちたわたしに手を差し出してくれる。
 しゃがみこんで、目を合わせてくれて「ん」って。
 それでわたし、ほっとして、フィンクスさんの手につかまった。
「すみません、わたし、どうして、何が」
「知らないよ」
 ベッドの向こうから声がした。
「団長がおまえを持て帰て来てから、ワタシたち何も聞いてないね」
「……あ」
 フェイタンさんだ。
 立ち上がってよく見てみたら、フェイタンさんの座ってる床には、小さな四角いこまがいっぱい転がってた。まーじゃんなんだっけ? そんな感じの。
 そのなかのいくつかを手の中で転がしながら、フェイタンさんも立ち上がる。今まで寝てたのかな、ちょっと伸びして、首をかしげてわたしを見てきた。
「何があたね?」
「あ」
 どのことを、話せばいいんだろう。
 口を開いたら、たくさんのことが止められない勢いであふれそうで、わたし、少しかたまってしまった。言葉を探すのに、何十秒か。それを、フィンクスさんとフェイタンさんは何も云わないで待ってくれる。
 ……静かになった分、ふたりの風がよく見えちゃった。
 強いの。大雑把なの。少し怖いの。熱いの。冷たいの。 ――きっと、怖い人たちなの。でも絶対に、あの男の人たちみたいにおそろしいって、わたし、思わない。
 だって、ぬるぬるもべたべたもしてない。怖いけど、強いけど、とても落ち着いた、乱れひとつないきれいな風。
「い、いろいろ、ありました」
「その内容を教えろっつーの。ゾルディック家にいじめられたのか?」
「ちちちちがいます!」
 それはない、絶対にない!
「イルミさんちの皆さんには、本当に、とてもお世話になったんです! 気絶しちゃったのは変な男の人たちが」

 はははははははははははは

 響く笑い声。
 泳ぐ魚。
 食べられる人たち。
 食べつくしてく魚。

 はははははははは

 笑い声と悲鳴が、響いて満ちて狂ってた。

「――――」

 目の前がまた、まっくらになる。

「おい?」
「……変な男?」

 床に落ちちゃう。
 不思議そうにつぶやくフィンクスさんとフェイタンさんの声を聞きながら、わたし、また、
「おっとっと」
 ……支えてくれた手は大きくて、少し怖くて。でも、怖くなかった。

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