Episode28.
ほんとうに、気絶してるか寝てるか、どっちかしかしてないような気がする。
目が覚めたら夕方で、聞いてみたら、一応、わたしが目が覚めたのと同じ日ではあるってことだった。
そして、部屋にいる人たちが増えてた。
フィンクスさんとフェイタンさん、それに、マチさん、シャルナークさん。
「……」
マチさんとシャルナークさんに、わたし、「ひとりでがんばる」って云ったのに、結局こうなってる。それって、嘘ついたことになるわけで、だからわたし、とっさに言葉が出てこなかった。
でも、
「ごめんなさい」
どうにかこうにか言葉を搾り出したら、
「子供の癖に無茶するから」
って、マチさんはあきれたように云っただけ。
「自分がどれだけ小さいかわかった?」
って、シャルナークさんは笑うだけ。
怒られたりはしなかった。
そして、フィンクスさんとフェイタンさんも、二人から少し話を聞いたらしくて、一々頷いてるわたしを「はあ」とため息ついて見てただけ。
なんでこんなに、優しいことしてくれるんだろう。
不思議。
だからそのまま訊いてみた。
そしたら、
「がんばった子にはご褒美がいるでしょ?」
って、シャルナークさんがまた笑った。
「がんばっ、た?」
え。
そ、そうなのかな。――がんばったのかな、わたし。
だって、全然だめだった。
訓練だって初心者コースとかで、門だって開けきれなくて、男の人たちから逃げ切ることも出来なくて、さっきだってフィンクスさんに起こしてもらって――
がんばれて、ない、ような。
そんな気持ちが出てたのか、フィンクスさんが、べちっとわたしの頭をこづく。痛。
「理想が高すぎんだよ、おめーは」
「でも」
がんばらないと、帰れない。
「だからそこが目的を取り違えてるの」
べちべちっ、と、今度はマチさんとシャルナークさんにこづかれる。痛々。
そして、マチさんが、ずいっとわたしを覗き込む。
「まず生き延びることを考えな」
「だ、だから」
「それには、ひとりでがんばってもたかが知れてるだろ?」
「…………」
ため息ひとつ。
わたしが云いかけた言葉を遮ったフィンクスさんを軽く睨んで、マチさんはもう一度わたしを見つめる。
「生き延びるなら手段選ぶんじゃないよ。『使えるものは使い尽くし』な」
「――――」
でもそれは。
「迷惑が」
「いいっつってんだろーが!」
「遠慮しすぎはかわいくないよー」
フィンクスさんが、があ、とどなって、シャルナークさんが、あはは、と笑う。
……あ。最初の日も、似たようなこと、やりとりした。
でも。
「でも」、
「あ?」
すっごく不機嫌そうにフィンクスさんが云う。
でも、そうだ。
わたしは、最初に、このことを、ここの人たちに訊かなくちゃいけなかったんだと思う。
「――わたしのことでお世話かけるの、それでもいいって云ってくれるの、どうしてですか?」
そしたら、みんな、顔を見合わせた。
そうして、「はあ」ってため息。
人数分の視線が、わたしに向かってくる。代表するみたくして、シャルナークさんが笑った。
「自分にはそれだけの価値がないんだって思ってるね?」
よしよしって云いながら、頭をぽんぽん叩かれた。
「そうだなあ。なんていうのかな。チナみたいな小さいのが『ひとりで』『ひとりで』ってがんばりすぎてるから、気になる。オレたちのが見てて怖いんだ」
「がんばり、すぎ?」
うん。って、マチさん以外の人が頷いた。
……そうなのかな。わたし、でも、全然――
「足元見えてないよ」
また考え込むわたしへ、さくっとフェイタンさんが云う。
追い討ちかけるみたくフィンクスさんも、
「あんなあ。オレらだってな、こいつらと一緒にあれこれやってきたんだよ。それより小さい奴がひとりでなんでも抱えようとして七転八倒してんのは、正直気持ち悪ィ。……初っ端から甘えてきてたら殴ってたけどな」
「団長のお眼鏡にかなったと思えばいいんじゃない?」
「そ、そうなんですか?」
「だって、つれて帰ってきたの団長だよ」
「……そ……そうです、よね」
「それに、団長云ってたよ。本物だ、って」
「……ほんもの?」
「うん。それは認めたってことだろ?」
「え、と」
そ――そうなのかなあ。何をみとめてもらったのか、なんかもうよくわかんないけど、がんばったって云ってくれてるのが、そうなのかなあ。
がんばったのかなあ。……それに、ひとりでがんばれるためにがんばろうって思うのは、先走りになっちゃってるのかな。
――……だけど。わたしより、ずっとずっと大人のこの人たちが云うのなら、そうなのかもしれない。
「最初にも云ったけど」
シャルナークさんの手は、まだ、頭に置かれたまま。
「君はオレたちが見つけた。だから君はオレたちのにするってオレたちが決める権利があるし、そうしようかって気もあるんだよね。だから」、
安心していい。
にっこり、する、シャルナークさんの笑顔はきれい。どこか遠い感じもするけど、ちゃんとわたしのこと見て笑ってる。
「オレたちのこと嫌いじゃないなら、オレたちのとこにおいでよ」
「」
そのシャルナークさんの声にかぶせて、わたしの名前を呼ぶ声ひとつ。
――クロロさんだ。
「…………」
ぱっとそっちを振り返り、わたし、目をまたたかせた。
……クロロさん、だ、よね?
「?」
固まっちゃったわたしを、シャルナークさんはじめ、みんな不思議そうに見て、それから、わたしの目の先を追いかけるように振り返る。
そこにいるのは、黒い髪の男の人だった。さらさらした前髪の下、おでこに、どこかで見たような十字の模様――たぶん、クロロさん。
あ。そっか。後ろになでてた髪、おろしてるんだ。
びっくり。なんだか、全然印象が違う。
「?」
で、わたしがそんなふうに考えてるなんて知らないだろうから、クロロさんが逆に目をまたたかせる。
「どうした?」
「あ、ええと、別の人みたいです」
「ああ。髪下ろすと童顔だよね、団長」
「シャルに云われたくはないと思うよ」
ぽつりとフェイタンさん。
――わ、笑っちゃだめだめ。
「たしかにな」
と、ぼやいてから、クロロさんはわたしに目を戻した。
「起きたか。ちょうどいい、確めたいことがある」
「は、はい?」
「ウボォー」
なんだろ。
そう思ってわたしは姿勢を正して、
「おう」
ぬうっと。
クロロさんの後ろから出てきた男の人見て、――頭、真っ白になった。
「え」
大きな大きな男の人。
何かの毛皮で身体を覆って、筋肉とか、がちがち。
大きな大きな男の人。
大きな大きな手のひら。それは真っ赤な何かがこびりついてて、
「え」
ぱたん。
扉が閉まる音。
それだけでも、背中がびくってなっちゃったのに、
「や」
大きな男の人は何も云わないでわたしのところにやってきてやっぱり何も云わないでわたしの目の前に真っ赤な手のひらをぬうっと向けてきて
「やめ……」
その手は真っ直ぐにわたしの頭を
「――や――!!」
「ッ!?」
目の前を、白い骨みたいなのが、横切った。