Episode67

「よっ」
「……」
 すごーく気軽に手を挙げてくれたおじいさん。もとい、ハンター協会会長を見たわたし、その場に固まった。
 記憶に遠い。でもよく覚えてる。
 ちょっとカールしたあごひげ、かわいいポニーテール。どこか飄々とした風情。
 今から会長が来るから、と、進行の人の言葉のあと入ってきたおじいさんは、でも、だけど、会長だけど、わたしにとっては会長じゃない。だって、わたし、会長じゃないおじいさんを、知っている。覚えている。
 忘れるものか。
 忘れたりするものか。
 わたしはこの人のおかげで、救われたんだもの。あの日。
 お洋服屋さんで泣いていたわたしを、歩き出せるようにしてくれた、あのおじいさんが。
「か、会長……!?」
「あれ、あんた知らなかったの?」
 お隣に座った、美食ハンターだっていうお姉さん――メンチさんが目を丸くしてわたしを見た。最終試験は会長が手掛けるから、知らないなんて変だって付け加えて。
「ああ、たしかさんは去年の合格者でしたね」
「……ああああー、ああ、去年ね」
 サトツさんの言葉に、メンチさんはあっという間に納得する。
「たしか、試験者の一人がえらい騒動起こして、上部がそっちの処理にいっちゃったのよね。そんで最終試験を別の奴が担当したんだっけ」
「そうですね。ですので、結局去年の受験者合格者ともに、会長とは逢っていないはずです」
「あ、でも、その」
「はい?」
 うなずきあうメンチさんとサトツさんの間に、わたし、割って入った。
 でも。
 違うって云って、どうなるんだろう。
 なんて説明したら、いいんだろう?
 幻影旅団。怖かったこと。泣いていたこと。洋服屋さんのこと。
 うーん。
 なんて首をかしげていたら、
「ほっほっほ。以前街で逢ったことがあったのう」
 会長、助け舟出してくれた。
「仕事忙しいはずなのに、いつの間にほっつき歩いてるんですか」
 それで納得してくれたメンチさんとブラハさんが、あははって笑う。あ、ブラハさんはメンチさんの相棒なんだって。すっごくまるまるとしたお兄さんで、おっとりしてる。優しい感じ。
 ちなみに、サトツさんはどこかとぼけた表情と口ひげが特徴的な男の人。
 会長さんにかんしては……うん、もういいかな。ちょっとお茶目なおじいさんっていう認識は、結局変わらないけど。でも、きちんと礼儀、使えると思うし。わたしだって。
 他の皆さんともいっしょに、ひとしきり、会議室は笑い声につつまれた。

 そうして打ち合わせについては、各自試験内容と採点ポイントを提出してその妥当性を判断するっていうもの。とくに、問題になるようなものはないみたい。
 わたし自身はっていうと、前に送ってもらった書類のとおり。
 受験者を装ってまぎれこんで、各試験官の進行や対処、および、一般的な受験生たちの所作を学んでおくんだって。
 試験官補佐って感じで、どこか特定の試験官に付けておいたりも、できなくはないらしいんだけど。それは、受験生たちが変な取引を持ちかけたりもしてくるから望ましくないんだって。袖の下でいい点つけるように云ってくれって、そういうお願い、何度かあったんだそうだ。もちろん、そういうのは、みんな断ったらしい。
 だから、受験生として会場に行くわたしは打ち合わせ後、他の試験官さんたちとは別行動で会場まで行こうって思って……たのとは裏腹に、サトツさんと一緒に協会を出てた。
 第一次試験会場の近くまで一緒に行きましょう、って、云ってくれたから。

 くるんとした口ひげを指でつまんで、サトツさんはわたしを見下ろす。
「急な要請ですみませんでしたね。どうも、来年試験官を頼めそうなハンターが少なくて」
「みなさん、忙しいんですか?」
「まあ、いろいろ仕事中らしいですよ」
 もっとも、試験官になったからといって優待されるでも今後特別な手当を受けられるわけでもないのだから、自身の手がけていることを優先したい気持ちも判りますけどね、って、サトツさんは付け加える。
 でも、それなら、サトツさんも忙しいんじゃないのかな?
 なんて思ったのが判ったんだろう。
 ぽん。
 黒いスーツに包まれた腕が伸びてきて、サトツさんの手のひらが、わたしの頭にそっと置かれた。
「だからといって、ハンターの全員が試験官を放棄しては試験が成り立ちませんし」
 故にボランティア。
「ああ、ですから」
 思い出したように、サトツさんは云う。
「来年の試験時、もし都合が悪ければいつでも断って大丈夫ですよ。さんに早々試験官予習がまわってきたのは、やはり早い時期に『いつでも試験官になれるように』しておきたいという狙いもあったわけなんです」
「な、なるほど」
 一手二手先の考え方に、わたしは感心して頷くばっかりだった。


「え」
 それ本当?
 真っ黒い、真ん丸い目をいつも以上に見開いて聞き返すイルミの言葉に、ヒソカはくつくつ笑って首肯。
「本当♥」
「わあ」
 イルミはだいたいにして感情の読めない口調だけれど、今のそれには、きっちり嬉しさがにじんでいることを、ヒソカはちゃんと知っている。
「もう変えちゃおうかなって思ってたんだけど」
 刺そうとしていた針を、軽くお手玉。
「逢えるなら、逢ってからにしよう」
「弟さんとそのままでかち合ったらどうするんだい♣」
「…………」
 お手玉が止まる。
「なんでヒソカ、あの子と一緒に来なかったの」
「ムチャ云わない♠」
 彼女は試験官予備軍。
 こちらはしがない受験生。
 同行して、癒着を疑われるのは御免だ。というか、面倒だ。だってそうなったら、後始末が大変になるし。
 ちぇっ、と、残念そうな舌打ちひとつ。こぼすイルミを見るヒソカの笑みも、いつも以上に楽しそう。


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