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神官将と屁理屈合戦 |
何年ぶりかと訊かれれば、さあ? と答えるだろう。 戦場でちらっと顔を合わせたり、通りすがりの挨拶をしたり、はたまたしれっと憎まれ口を云ってとおりすがったり、だけのそれを、逢った、ということばでくくれるのなら。 とりあえず、しょっちゅう逢っているコトにはなるのだから。 「・・・なんでササっちがココにいるの」 「その呼び方、やめてくれって云ったじゃないか・・・」 ハルモニアの神官将が仲間になったというので顔を拝んでみたら、それは知った顔だったというお話です。 ふたりの間で、ヒューゴがきょとんととササライを見比べている。 どうして彼がココにいるのかと云えば、答えは簡単。 今まさに、ササライとディオスの紹介のために、炎の英雄である彼自らが対面式をしつつこの本拠地をまわっていたからだった。 当然、ディオスもササライの後ろに立っている。 「さん、ササライさんと知り合いなんですか?」 「あー・・・知り合いと云うか、なんと云うか・・・」 「……まあ、敵になったことはないよね」 云いよどんでお目々がお魚になったを見て、ササライは困ったように笑いながらそう付け加えた。 ところが、当のがぎょっとした顔で当の神官将を振り返り、 「味方になったコトもないんだからね!?」 と云うものだから、ヒューゴとディオスは期せずして互いの顔を見合わせ、頭上にでっかい『?』マークを浮かべる羽目になったのだった。 「判ってるって」 「・・・本当に判ってるんでしょうね?」 「でも、今はどうだろうね? 君はヒューゴ殿の味方らしいし、僕はハルモニアの神官将だけれど、一時的に彼らに協力することを決めているよ」 のことばへの返事になっているのかいないのか、微妙なコトを云って、ササライはくすくす笑う。 絶句したの反応が、相当ツボだったようだ。 「そ・・・」 「『そ』?」 拳を震わせて何やら云おうとしたを、ササライは下から覗き込む。 随分、最初に逢ったときと印象が違うような気がしたヒューゴがふとディオスを見ると、彼も戸惑った様子で、首を振っていた。 違和感の正体をふと考えて、すぐに気づいた。 ササライと話すとき、彼は丁寧な物の話し方をしていても何処か一線を引かれているような気がしていたのだけれど。 今目の前の彼は、至極楽しそうにとやりとりしていて。 「それでもハルモニアの神官将と味方だなんて、絶対に認めないから!」 そんな失礼極まりない発言をして走り去ったを見ても、ササライはますます笑い出しただけだった。 逆にディオスが憤慨していたが、ササライのとりなしで怒りの矛先はおさめられていて。 なんだか立場が違うんじゃないかと思ってみたりしたのは、まだまだ人生経験不足の炎の英雄である。 本拠地の屋根の上は、の特等席だ。 2階の、壁が壊れて吹きっさらしになっている場所をくぐって壁をよじ登り、ようやく辿り着けるといったところだから、まず以外の人間がくることはない。 たまに一人になりたいときには、実に絶好の場所だったと云えるだろう。 ・・・そう。『だった』なのである。 「あんたね」 すたすたとやってきて、「やあ」とのんきに手を上げて挨拶してくれた神官将を、は半眼で睨みつけた。 「何考えてるの?」 「何って?」 「あれ」 そう云っての指差した先には、階段状に変形させられた城の壁。 公共物変形罪で地下牢にぶち込んだろか、と、の目は語っているのだが、ササライはそれをしれっと無視。 「僕はみたいな真似できないから」 あとで、ちゃんと戻しておくよ。 「……大地の封印球に無茶させないでね」 ちろりと移した視線の先には、ササライの左手がある。 真の紋章を奪われたままではさすがにやりづらかろうと、ヒューゴが貸与したものだ。 贈与、じゃなくて、貸与、なあたりが、さすが英雄。(違) 「判ってる」 ゆっくりと微笑を浮かべて、ササライは頷いた。 「君が哀しむようなことは、しないよ」 「じゃあヒクサク止めてくれる?」 「・・・それ以外、で」 ササライが答えるまでの少しの間を、は敏感に察した。 改めて、ハルモニアの神官将をまじまじと見据える。 「知ったの?」 何を、とは云わない。 だけど、それでも。何よりも雄弁に、彼女のことばの外にある物にササライが気づくには、充分な含みを持たせていた。 ふう、と。 ひとつため息。 「……知ったよ」 自分がどうやって産み落とされたのか、何故真の紋章をこの身に宿していたのか。 その疑問は、先日、あの男にソレをまざまざと見せつけられたことで発生し、同時に解消した。 つ、とが膝を抱える。 「だから、ヒクサクもハルモニアも嫌いなんだ」 「・・・ハルモニアの神官将である僕の前で、そういうこと云っていいのかな?」 今の言葉を、君の居場所とともにヒクサク様に告げたら、どうするつもり? けれど、は怒りも困りもしなかった。 逆ににこりと――話し出してから初めての、笑みを浮かべて。 「『味方』を売るような真似はしないよね?」 「・・・味方だって認めない、って云ったのは誰だっけ」 「わたし」 でも、 「貴方はわたしの味方であるヒューゴに協力するんだから、わたしが認めなくても味方は味方でしょ」 くすくす、夜風に笑い声が乗って流れる。 「それ、結構苦しい理屈だね」 「……だって、本当にハルモニアは嫌いだもん」 膝を抱える腕にますます力を込めて、は身体を縮こまらせた。 夜風で冷えたのか、もしくは「嫌い」といった感情が膨らむのを抑えているのか。 判断はつけにくかったけれど、とりあえずササライは羽織っていた上着を脱いでにかける。 拒否されるかという予想とは逆に、は軽く礼を云って、上着の前を合わせて包まった。 それを意外に嬉しく思いながら、のすぐ傍まで歩いみる。 ・・・彼女から、拒否のことばは来ない。 「もう20年以上の付き合いだけど、こうしてゆっくり話すのは初めて・・・かな?」 ぽつりつぶやいたササライのことばに、も頷く。 「そりゃそうだよ。ココはハルモニアでも戦場でもないからね」 「戦場じゃないか。少なくともグラスランドとしては」 速攻でツッコむな、と、屋根が欠けたらしき小石が放られる。 「独断でココに来たっていうから、ちょっと感心したのに。ササっちはやっぱりササっちですか?」 「・・・どういう意味だよ」 「ハルモニア謹製温室育ちのお坊ちゃま」 「…………」 ちょっと云い過ぎたかな? と、考えたのと同時。 ササライが小さく息をつくのが聞こえた。 そのまま、彼はの隣に座る。 の持ち込んでいたカンテラの明りに、思い詰めた表情のササライが照らし出される。 「そうだね。僕は何も知らなかった」 自分の出自、同じようにして産み出された『弟』の存在、真の紋章をハルモニアが欲する意味。 「本当にね。15年前だって、ルックとあそこまで至近距離になっても気づかなかったんだから。さすが温室、って思ったよ、あのとき」 「・・・手厳しいなあ」 「何今さら。前からそうでしょうが」 「」 「何?」 鍵はその名前。 「君はかつてルックの仲間だったね。・・・彼と戦うことを、本当はどう思ってるんだい?」 ぴくり、の肩が揺れる。 カンテラに照らされた表情が、ほんの少し強張った。 「『だった』じゃないの。過去にはしない。ルックは今もわたしたちの仲間だよ」 「だけど戦いに行くんだろう? ヒューゴ殿は君も連れて行くつもりだよ」 「行くよ」 はササライを見ない。 眼下に広がる、夜の闇に黒々と広がる湖を双眸に映している。 「・・・正直、ルックがコトの張本人だって知ったときには、何してるんだあの馬鹿、って思った」 でも、 「判る気がするから。気持ち。永い生を得た重みの方だけは、だけど」 「だけ……って」 「だっておかしいって思っちゃうんだ。命は命、笑ったり怒ったり泣いたり、感情があるのは魂があるからだって」 たとえ真の紋章の器として産み出されただけの人形であっても。 「……そっちの重さの方は、わたしには……難しいと思う。可能性はないわけじゃないけれど、今のわたしには、まだ理解れない」 その身体、その人格、その魂。 糧が何であれ、その命はたしかにそこにあるのだ。 「だってそうじゃない。呪われた生が何よ、紋章の器が何よ、そんなもんヒクサクと一緒に空の彼方にぶっ飛ばしちゃえば、あとは人生自分のもんよ?」 「いや、僕としては君の思考も大変危険だと思うな」 「人生の先輩に口答え?」 「だから……――はい、先輩」 生きているのだから。自分たちは。 大地に立って歩いていけるし、人とかかわりを持ち、絆を結ぶことが出来るのに。 たとえば今はいないあの人のように、次代を得ることは不可能だとしても、大切な絆を手に入れることは出来るのに。 ・・・もう、手に入れているのかもしれないのに。 それでもなお、選ぶ道は、それなのだと。彼は。 「生きてるってコトを否定する気持ちだけは……ヤだ。それだけは、嫌なんだ」 「・・・止めに行くのかい?」 「・・・・・・」 沈黙。 しばらく、カンテラの油が燃える音だけが、響いて。 「とりあえず、一発殴りに行こうかと」 「・・・・・・さすがだ。」 結局そこに落ち着くんだね、と、からかい混じりのササライのことばは、のデコピンで返される。 「そういえば」 額をさすりながら、思い出したようにササライが云った。 「君は僕が嫌いなんじゃなかったのかい? こんなに話してくれて・・・」 「大莫迦者」 デコピン二発目。 立ち上がったの手から上着を受け取り、ササライもまた立ち上がる。 「『ハルモニアの神官将』が嫌いなの。わたしがいつ、『ササっち』を嫌いだって云ったの」 「・・・・・・それ、・・・詭弁・・・・・・」 「『え』をつけたら?」 「駅弁。……あのね……」 「ノリがいい人は好きよー?」 ふわりと風が吹く。同時に、が笑う。 ―――――― この気持ちをなんと云う? ずっと以前から、それこそ最初に出逢ったときから、抱いていた気持ち。 今改めて、強く思ったこの感情。 ルック。 魂などない人形なのだと、僕たちを称した『弟』。 君は。この感覚を。感情を知っているのか? 「ササっち?」 「あ、・・・なんでもないよ」 不思議そうに見上げてくる、ににこりと微笑ってみせた。 「また、こうやって話せるかな」 「そのときに、あんたが『ハルモニアの神官将』でないならね」 「……肝に銘じておく」 そろそろ下に帰ろうか? 差し出した手を、がとる。躊躇いも逡巡もなく。 それだけで、独断を下した甲斐があったと思える自分が、なんとなしにおかしくなった。 最初にハルモニアで出逢ったときからずっと、手をとりあいたかったんだよ。 おぼろげだったそれが、形になって自覚できたのはつい最近のことではあるけれど。 人形は成長しない。 人は成長していく。 それだけでも、自分という存在に足場があるのだと思いたい。 それが呪われたものの上に在るのだとしても、この気持ちはそんなものと関係ないはずだ。 ササライに手を引かれて、壁を変形させた階段を下りながら、は小さく笑っていた。 目の前の彼を、初めてササライ個人として認識出来たのが不思議で、おかしくて。 ――ちょっとだけ収穫だよね。これは。 ハルモニアの神官将が仲間になったというので顔を拝んでみたら、それはササライだったというお話でした。 |
なんてタイトルだ......(笑) 立場として認識していた人を、個人としても認識するようになった話。 ちなみに文中のルックに関する云々ですが、管理人的思考ではあります。 あんまりまとまってないですけれど。うーん、ゲーム中未消化<読解力なさすぎじゃ でもルックにも云いたいコトはあるだろうなあ......そのうち書きたいです。 ササっち、って呼び方気に入ってるんですけどどうでしょうか(訊くな) |