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ひとりになれる場所


 本拠地は賑やかだ。
 その認識は、3年前も今も変わらない。
 どっちかと云うと、この、デュナン湖ほとりの本拠地の方が、人が多い分賑やか度数は高い。
 別に、それは嫌いじゃない。

 嫌いじゃないけど、たまには人込みから離れたいトキだってあるものだ。

「・・・・・・で」
 ここに来た、と?
「うん」
 石版の番人ことルックの、絶対零度の視線を軽く受け流し。
 当の石版に背中を預けてぺたりと座り込んだは、相好を崩して頷いた。
 それを一瞥したルックは、同じように石版の横に背を預けて。
「一応訊くけれど、ここがどこだか判ってるんだろうね?」
「本拠地のロビーです」
「ふうん。人込みから遠ざかりたい人が、人の往来がいちばん多いトコロに来るんだ。矛盾してない?」
「・・・あー、いや、ほら」
 困ったように笑いながら、もごもごと口篭もる
「ルックの処って、けっこう好きだから、さ」
「どこが?」
 もう一度視線を彼女に落とし、ルックは小さく息をつく。

 知ってるんだろう?
 レックナート様が僕をハルモニアから連れ出すときに、陰から手を貸していた、君。
 なのに、どうしてそんなに屈託なく接してくれるのか、そう思いながら。
 それが心地好い自分がいることが、不思議で、少し苛々して――だけれど。

 怒らない? そう訊いてきたのことばに、
「内容によるね」
 すっぱり返すと、燈金色の目がお魚になった。
 ほんの数秒ほど、天井から壁から床に移動して、途中でビッキーが誰かをテレポートさせそこなったのを見て呆れて。
 それから、ルックに戻る視線。
「えーとね」
「うん」
 さらに数秒、口篭もり。
「ルックってあんまり人が近寄らないじゃない? だから、なまじ人気のないトコロに行ってあとで誰かが増えるよりは」
「最初から、僕ひとりを相手にしている方が気楽だってわけか」
 君、人を烏避けの案山子かなにかと思ってるんじゃない?
「いや、それもなんだけど――」
「まだ何かあるの?」
 これ以上おちょくるんなら、歓迎の印として切り裂きあたりプレゼントしようか?
 自分のまとう空気が、そこはかとなしに物騒になったのは自覚した。
 普段は決して表に出さない、真なる風の紋章。
 余人には判らないほど、かすかに、かすかにそれが光を放つ、直前。

「ただ単純にね、好きなんだよね。ルックの傍にいるの」

 ひとりになりたいと云っても、部屋にひとりでいるなんてすぐに飽きるのは判ってる。
 そういうんじゃなく。
 そこにいても、自分の存在を気にしない人の傍で、気を抜いているのが好き。
 気にしないのは無視じゃなくて、求めれば応えてくれるくらいには、受け容れられるひとの傍。

 ことばさえ要らないくらい、自然に傍にいれるひとの処。

 そんなひと、世界に数人しかいない。
 そんなひとを、世界に数人も見つけられた。
 これってば結構、しあわせなことじゃないのかな。

 感情がぴたりと凪いだ。
 ため息はこぼれたけれど、さっきのようなあきれ返った色はなく。
「・・・君ってひとは」
 どこまで、人を喜ばせるのが上手いんだ。と、これはことばにしない。
 そうしたら、してやったりと喜びそうで――その表情は見たいけれど――なんとなく、悔しくなってやめた。
 代わりに、の隣にすとんと座る。
「ほら」
「?」
 ちょいちょいと手招くと、頭の上に疑問符乗せて視線が返される。
「僕は石版の管理があるから、ここを動くわけにいかないんだ」
「・・・? うん」
「君がひとりになりたがるときは、疲れてるか眠いかそれとも両方かだろ」
 だったら。部屋じゃなくここにいるつもりなら。少しでいいから、寝ておきなよ。
 たまの休息日を、自分の傍で過ごすと宣言したに向けて、ルックは云った。

 まだ戦いは続くのだから。
 はじまりの紋章の決着がつくまで、まだ幾つもの屍の上を、歩かなければならないのだから。

 にへ、と、周りに花が咲きそうなくらいのぽややんな笑顔をは浮かべる。
「うん」
 そのまま、ルックの傍ににじりよると、肩によりかかって目を閉じた。
 あまり間をおかずに、規則的な寝息が聞こえ出す。
 それを確かめて、ルックはほんの少しだけ、風の紋章の力を解放した。
 空気が組み替わり、彼らの周囲を、薄い幕が包み込む――周囲の喧騒が、耳を澄まさなければ聞こえないほどに遠ざかった。

 本当は、これも狙っていたんだろうな……

 妙なところしたたかな、長年の付き合いである少女に目を向けて。
「まあ、僕の処に来たのは正解かもね」
 くしゃりと髪を一度撫で、瞼を閉じた。
 どうせ盟主は出かけてるんだし、彼以外に石版をチェックしにくるような酔狂な人間もいないだろう。

 【ひとり】になれる場所。
 自然にそこに在れる場所。
 いくつかある候補のなかから、が自分を選んだという事実は、やはり嬉しかったから。


 賑やかな本拠地の、いちばん賑やかであるはずの正面ロビー。
 その片隅が、いっとき、優しい静寂に包まれた理由は、そこで仲良く眠り込んでいたふたりだけが知っている。


■BACK■



ルック偽者説(まて)
3やったあとだと、彼は相当アレなのですが、やっぱり1のときも2のときも、
それなりに楽しいコトはあったんじゃないかな。
思いを託した、みたいなコトも云っていたし......まあ、ひねくれ者なりに(更に待て)
本拠地の平和なひとときでしたー。時期としてはルカ戦後、しばらくして、くらいでしょうか。