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鎮魂歌


 ソウルイーターは、その名のとおりの紋章である。
 所有者の近しい者の魂を喰らい、力を増していく呪いの紋章。
 現所有者、=マクドールが受け継いでからも、すでに4人の生命を喰らっている。
 これまでに喰らってきた魂の数は如何程か――

 正に、人々の畏怖の対象のはずだった。



 トラン湖に建つ、解放軍の本拠地。
 その一角にある軍主の部屋から、風に乗って歌声が流れてくる。
 少女の声だった。
 解放軍の者なら、絶対に一度は聴いたことのある歌。
 それは、鎮魂歌。
 戦いで死んだ戦士たちへの。

 ――けれど、その歌に込められたもうひとつの意味を知る人間は、少ない。


 約束の石版の前で番をしていたルックのところにも、それは流れてくる。
「・・・・・・またこの歌か・・・」
 顔だけをそちらに向けてつぶやいた彼の眉は、少ししかめられていた。
 不快、というわけではないが、その歌をあまり快く思っていないようだ。
「なんだ、おまえの歌嫌いなのか?」
 そこに通りかかったシーナが、こちらはご機嫌に問いかける。
 まあ鎮魂歌なんか歌わなくて済むようになるのが一番なんだけどな、と笑う彼は、この歌のもうひとつの意味を知らない。
 意味を知っていても教える気のないルックは、やや不機嫌な色を強めてシーナを睨む。
 それでも、これだけは云っておかねばと。
「断っておくけど、彼女の歌が嫌いなわけじゃないから」
「ならいいじゃないか。魂は安らいで、俺たちも安らいで」
「……いっそそのまま脳みそに花畑でも作れば、君は幸せなんだろうね」
 わざとらしく大きなため息をついたルックに、さしものシーナも眉宇をひそめる。
 それでも、騒ぎなど起こして、この歌声を途切れさせるのは忍びないらしい。
「云ってろ」
 と、身を翻して立ち去った。
 どうせ彼のことだ、すぐに機嫌回復してその辺の女性に声をかけにいくだろう。(あながち間違ってないあたりが)
 とっとと今の出来事を頭から振り払ったルックは、再び、歌の流れてくる方に目を向ける。

「……魂喰いの鎮め歌……か」



 右手で熱く脈打つものが、だんだんとおさまってきた。
 ベッドに横たえていた身体を持ち上げて、は、真っ先に窓辺に顔を向ける。
 まだ頭痛は少し残っているけれど、じきにひくだろう。
 遠い世界のようだった歌声も、すぐ間近で歌われていることを実感する。
 ――と、そこまで己の体調を確認してから、



 歌いつづける少女に呼びかけた。
 窓に腰かけていた少女は、その声に、外に向けていた顔を部屋の中に戻して。
 起き上がったに、小さく笑いかける。

 もう少しで終わるから、と、軽くジェスチャー。

 小さく頷いて、汗ばんだ額に貼り付いたままのタオルをとった。
 相当あたたまったタオルを、無造作に傍の盥に投げ込む。
 身体をずらして、足を床につける。
 剥き出しの足から、ひやりと冷たい感触が這い上がって……だけどそれさえ心地好い。

 ぺたぺたと歩いて、の傍まで行く。
 そのまま床に膝を落として、腰かけたままの彼女の腿に頭を乗せた。
 心得たもので、すぐに手が伸ばされ、汗で貼り付いた前髪を払ってくれる。
 それからその手のひらは、数度、髪を軽く梳いた。
 ・・・気持ちいい。

 目を閉じてしばらく身を委ねていると、歌が止んだ。

「……具合は?」
「まあまあ、かな」

 心配そうに微笑う燈金色の瞳に、自分を映して。同じように笑った。
「最近、多いね」
「大詰めが近いからかな……判るんだろうね、こいつにも」
 かざした右手には、さっきまで紅い光を放っていたソウルイーター。
 激しい鳴動を繰り返し、所有者であるの体調すら崩してみせた紋章は、けれど今は光もなく、静まり返っていた。
「……しょうがないよ……それがソウルイーターの因果だから」
 持ち主の親しい者の魂を喰らい、それを力として与える。
 それゆえに呪われた紋章と呼ばれる、この紋章。
 27の真の紋章のなかでも、もっとも忌まれる、魂喰い。
「だけどさ、。良かったら、忘れないでやって」
 ふと真顔になったを見て、はまた、笑う。
「・・・もう耳タコだよ」

 所有者が哀しめば、宿る紋章も哀しむということ。
 一般的に出回る紋章ですら、それは例外でなく。
 真の紋章と呼ばれるそれらは、もっと顕著に。
 ・・・ソウルイーターも。
 普段無差別に魂を喰らいながら、所有者の近しい者が死んだときには、必ずその魂を取り込むのは。
 離れぬようにと。傍にと。
 所有者の哀しみを、強く、影響受けるからこそだと。

 ひどく都合のいい解釈。
 だけど、それを聞いて以来、ほんの少しだけソウルイーターを疎ましく思わなくなった。……ほんの少しだけ、だけれど。

 だからかどうか判らないけれど、が傍にいるとソウルイーターもおとなしくなる。
 どうしても抑えきれないとき、彼女が歌うと徐々に鎮まる。
「テッドのときも、こうしたの?」
「……いやあ、テッドと逢ったのは、受け継いでからかなり後だったからさ」
「そうか……」
 まだ、彼のようにソウルイーターを意識的に使ってやれない。
 制御出来ない、自分の未熟さをひどく辛く思う。
 同時に、制御できるまでにどれほどの苦悩を繰り返したのか、親友のことを思う。
「ま、ゆっくりやろうよ。幸い、時間なら腐るほどあるんだし。お互い」
「・・・まったくだ」
 慰めになってない慰めをくれると、視線を合わせてもう一度笑った。


 太陽がかなり西へ傾いて、空が少しずつ、赤に染まりだす。
「シャサラザードへの進軍も、もうすぐだね」
「……うん」
 ほんのひとときの休息日。
 解放軍の軍主ではなく、=マクドール個人に戻れる時間は多くない。
 その多くないひとときを殆どと過ごすのは、ソウルイーターの抑制のため――というのは建前。

 また頭を落として、目を閉じる。
 頬を撫でる風と、伝わってくるの体温。鼓動。
 なくしてしまったぬくもりをくれる人。
、また歌ってよ」
「へ? 今は静かじゃない」
「いや、ソウルイーターのためにじゃなくてさ」


 ――歌が聞こえる。
 戦いの合間の休息にひたる、解放軍の本拠地に、歌声が風に乗って響き渡る。
 さして大きくないはずのそれを、風に働きかけて自分のところに届けさせている張本人が小さく笑っていたことを、周囲の人々は知らない。
「こういう歌の方が、僕は何倍も好きだね」
 を独り占めしてるんだから、これくらいはおこぼれに預からせてもらわないと。
 そうつぶやいたことも、きっと、誰も知らない。


■BACK■



坊ちゃんと、ほのぼのと。
ソウルイーターも含めて、紋章っていうのは優しい存在であってほしいなあと。
いや......3やったとあとだと、かなり手厳しいみたいですが、それでも。
この世界を創ったものたちには、この世界を好きでいてほしいです。
そしてルックが何気に得しておりますな。