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願い |
それはたぶん、祈りにも似た願い。 願いにも似た希望。 はかなく哀しく、だけど心にいつでも点る、強い炎。 祈りも願いもすべて叶うはずなどないと判っていても、それが希望である以上、祈りつづけて願いつづけて。 ――結局ここまで来てしまったね。 その地に行こうとセラが思ったのは、ふとした時間がとれたからだった。 何かに追い立てられるように進む彼らの計画がずれこみ、ぽっかりと空いた時間。 気晴らしに散歩でもしておいで、と、真の風の紋章を持つ少年のことばに従って―― チシャの村から北東に往くことしばし、炎の英雄の眠る地に。 そうしたら・・・その人に逢ってしまったのだ。 「墓参りに来た、つもりなんだけどね」 そのことばに相応しく、右手に携えた小さな花束。 辺りの野の花を適当に摘んできたのだろう、職人が手がけた華やかさはないものの、素朴な好感を持たせる。 「ま、いいか」 入り口の横の壁に、花束を立てかけて。 その人は――は、セラの方に近寄ってきた。 炎の英雄率いる炎の運び手の軍に身をおいている、・・・敵。そのはずなのに。 彼らが自分に向ける、敵意を、この人は持っていなかった。 それどころか、親しみにも似た感情を向けられて、セラは戸惑う。 それが伝わったのか、はかすかに目を細めて、微笑ってみせた。 「何もしないよ。戦う気もないし。どっかの戦闘狂がこなけりゃね」 「・・・ユーバーでしたら、ここには姿を見せないと思います」 真の紋章を何故か嫌う彼は、それが色濃く残ったこの地には、まず来たがらないだろう。 そう思っての、ことば。 「うん、わたしもそう思う」 にっこり、笑って、も頷く。 それからふと、何かを思い出すように指を口元に当てて、 「っつかなあ。湯葉っちここにいるのに、ぺーちゃんは何してんだか……」 「・・・え?」 聞き返したけれど、すぐには首を振る。 「ま、いいや」 さっきと同じようなことをつぶやいて、もう一度、セラに笑いかけてきた。 「君にもいろいろと、訊きたいことがあるんだ」 時間、いいかな? そう問われたときに、首を横に振ればよかったのだろう。 戦いの意志がなくとも、自分と相手の望むモノは天と地以上にかけ離れているのだから。 だけど。それでも。 ――頷いてしまったのだ、そのことばに。双眸に宿る光に。 「君の望みは何?」 その問いに答えが返せないことなど、重々承知していながら。 「……ルック様の望みを叶えることが、セラの望みです」 「それはつまるとこ、ルックの望みでしょ。君の望みは?」 追求することばだけれど、含まれる感情はとてもあたたか。 まるで小さなこどもを導いてくれる、優しい存在。 ルックに感じる感情とは違う、穏やかな気持ちが心に広がって。 「・・・ヤな、訊き方するけどさ」 「はい」 「セラは、ルックに死んでほしいの?」 心臓を、冷たい手でわしづかみにされたような感覚だった。 それでも、から感じるあたたかなものはそのままで。なんとも、奇妙な感じ。 「そんな……」 彼の望みを叶えることは、彼の生命を断ち切ること。 「……セラは……ルック様に死んでほしいなど……」 「だけど結果的にはそうじゃない」 「ですが、それがあの方の望んでいる……」 「それを叶えることは、彼を殺すことだよ」 「でもっ……!」 「うん・・・」 ごめんね。 そうつぶやいて、の手がセラの背をなでた。 優しく、ゆっくりと、何度か。 「ルックの願うこと、魂の解放、それは彼の死」 対照的に告げられる、冷たい現実。 「この大陸を巻き込んで、世界さえも飲み込みかねない、神殺しを冒して」 百万の人間の命を、絶つのだと。 矛盾だらけだ。誰も彼も。 そう云って、は背をなでる手を止めた。 そっと背中に添えられた手は、ひどく優しい。 「自殺願望なら、誰も巻き込まずに死んでくれ。死んでほしくないけど」 突き放したことばに、だけど、泣き出したくなるような気持ちを含んで。 「……セラは、ルックの願うことなら、叶えてあげたいんだよね?」 「はい」 「円の宮殿から連れ出してくれただけじゃなくて、ルックのこと大切なんだよね」 「はい」 「それなのに、死ぬことに手を貸すんだ」 「……はい」 「生きててほしくないんだ?」 「・・・いいえ!」 ぶん、と首を振って。 足元に落としていた視線を、隣に座る少女へ向けた。 ――の燈金色の双眸と、セラの蒼い瞳がぶつかる。 祈りを、願いを、抱きつづける瞳同士が。 「……セラは、ずっとルック様のお傍にいると誓いました。あの方の望むことならば、セラの力がお役に立てるのなら――」 「彼を死なせることになっても?」 「だって、それがルック様の望みなんです」 進みつづける時間のなか、取り残されて。 魂にからみつく真なる紋章は、容易に死をもたらさない。 呪われた目的のために用意された器の、ただの番人として。 生きていくことへ感じる苦痛を、取り除きたいとかの人が願っているのなら。 解放こそが救いなのだと、かの人が云うのなら。 それが彼の願いなら―― 「……止めても、あの方はきっと、そのために動き出したでしょう。置いていかれるくらいなら……」 最期の時まで、せめて傍に。 彼の望みを叶えたい。 彼が救われる瞬間を見たい。 それは、自分が傍にいるだけでは決して成せない望み。 「……うん……あいつなら、そうするだろうね」 小さなつぶやきに、は、と我に返った。 柄にもなく叫んでしまったことを恥じているセラに、は気にするなと云って笑う。 だけどその直前。 【あいつ】と、呼んだときの、瞳の色。 知っているのだろうか、この人は。 自分の知らない、あの方のことを。 それは小さな嫉妬のような、けれど、ああそうなのかと嬉しく思うような。 あの方を知っている人がいる。 おそらく、嘘偽りなく接してくれていただろう人が、目の前に居る。 そんな思いが、セラの心を風のようにすり抜ける。 「・・・様」 この人になら、話せるかと思った。 置いていかれるくらいなら、共に果てるまで傍にいよう。 けれど、このまま生き長らえる道を彼が選んだときは。 自分はいつか老いて死ぬだろう。 彼は、それでも生き続けるだろう。 そのときに。 自分は、彼を置いて死ぬことを、果たして受け入れられるのだろうか。 願いはしないだろうか。 共にきてほしいと。 ――そんな醜い感情を、いつか覚えるくらいなら。今、彼の望みをただ叶えるべく。 それを口にしたのは初めてだった。 ましてや、敵たる立場の人に聞かせるなど。 ましてや、彼の友なのだと思える人に、語るなど。 だけど。 「・・・ああ、なんか納得」 は、ゆっくり笑って、頷いてくれたのだ。 「それなら判る気がするよ。大切な人に置いていかれるのも、大切な人を置いていくのも、わたしだって嫌だし」 何度繰り返しても、慣れない。 出逢いがあれば別れがあると頭で判っていても、乱れる感情はどうにもならない。 「・・・安心した」 「え?」 「だって、ルックの望みがルックの望みがってしか云わないんだもん、君」 だから――そういう気持ちがあるのを知って、安心した。 自分の願いを抱いているのだと知って、ほっとした。 「結局、人間なんだね。誰も彼も」 理想を描き現実を歩み、生じる矛盾さえ抱いたまま。 これと信じる道を、ただ貫きとおそうと。 自分の死だけを望んでいるのに、百万の人々を道連れにせねばならぬように。 世界を憎んでいると云いながら、幼いセラに15年前や18年前、共に戦った仲間達の話をしてくれたときの優しい眼のように。 いつか世界は終焉を迎える運命なのだと、彼は語った。 人の想いは運命さえも変えてしまうのだと、彼は語った。 どちらが本当? 相反する気持ちたち。 ・・・きっと、どちらもその人の本当。 結局、誰も彼もが人間なのだ――例外ひとつたりとてなく。 ぽろりと一筋、少女の頬を涙が濡らした。 「うわ、セラどうしたの!?」 泣かせたなんてルックに知れたら、わたしが恨まれるんだけど! っていうかむしろ殺られる! とにかくハンカチを、と大慌てでポケットをあさるの手を、そっと押さえた。 「……いいえ、……いいえ……ありがとうございます……」 「・・・は?」 時間が迫っていた。 きょとんとして自分を見つめるに、この気持ちを説明することばをもたないことを、ひどく悔しく思った。 ――立ち上がる。 転移陣を描く。 察したが、まだ心配そうな顔をしながらも、巻き込まれぬようにとセラから離れた。 「――様」 貴方の質問に答えた代わりに、ひとつ、お伺いしてよろしいですか? 「・・・なに?」 セラの涙が哀しみ故ではないと悟ったらしく、の表情がほっとしたものに変わる。 同じように、セラも微笑んだ――泣き笑いのような顔だったかもしれないけど。 「貴方の祈ることは……願うことは、なんですか?」 ぱちくりと。 意外の念を表してまたたいた、燈金色の双眸が。 次の瞬間、にこりと細められた。 ただ、つむがれたことばは、直接の答えではなかったのだけど。 「いつか来る世界の終焉という運命に逆らおうとしてるルックの気持ち」 視線は空へ。 「今大陸が滅ぼうとしてる運命をひっくり返そうとしている炎の運び手の気持ち」 洞窟の岩壁によりかかっていたふたりの頭上には、遥かに広がる蒼穹。 グラスランドとゼクセンの空。トランにもデュナンにも繋がる空。 ――風の吹く場所。 「どっちもが運命を変えるに足る、願いだと思うよ」 そのことばを聞いて、何を云おうかと考えた。 けれど、その答えを見つけるよりも早く、転移陣がセラの身体を飲み込んだのである。 「おかえり、セラ。遅かったね」 「すみません、少々遠出をしてしまいました」 転移陣があるのだから、距離的な問題はあまりないのだけれど。 比喩として、そういう表現しか思いつかなかったから、素直にそう謝った。 気にしなくていいよ、とルックは云い、読みかけの本に目を落とそうとして――ふと、セラを見つめなおした。 「どうかしたのかい?」 「・・・え?」 「随分と、すっきりした顔をしているけど」 「……そうでしょうか……?」 頬に手を当ててみても、判るわけがない。 首を傾げたセラに軽く頷いて、ルックが立ち上がる。 「判らないならいいさ」 ふわり、風がカーテンをなびかせた。 薄い布で出来たカーテンは、太陽の光をやわらかく部屋のなかに取り込んでいた。 その窓辺に立ち、ルックは、シンダルの遺跡がある方向に視線を飛ばす。 「……もうすぐ僕の望みが叶う。真なる紋章の破壊、百万の命と大陸を犠牲にして」 セラ。君さえも犠牲にして。 すまなく思っているのだろうか、切と心に響く声。 つと、セラもルックの傍に歩み寄った。 隣に立ち、同じように視線をシンダル遺跡の方向に向ける。意識はすでに、そこに飛んでいる。 「・・・いいえ、ルック様。ルック様の思うようにお進みください」 これまでになく、はっきりとしたセラの声に、ルックが少し驚いた顔をした。 「――セラの願いとルック様の望みは重なっていますから」 貴方の望みは、私の望みです。 結局、花束は入り口に置いてとんぼ返りすることにした。 洞窟にうっすらと残った炎の紋章の残滓が、苦笑するような念を伝えてきたけれど、ごめんと軽く謝って。 セラのセリフではないけれど、自分も時間が迫っていた。 人と待ち合わせをしているのだ。 彼はあまりグラスランドの地理には詳しくないから、カレリアあたりまで迎えにこなければならなかったのである。 雑然とした、賑やかなカレリアの街を突っ切って、宿へ向かう。 手紙には今日明日着くと書いてあったから、2〜3日なら宿で待っているつもりだった。 けど、 「」 ぽん、と後ろから肩を叩かれて振り返ると、その待ち人が小さく笑って立っていた。 まず目に入るのは、紅い布地に黄色の縁取りをした、あちら特有の衣服。 黒髪を覆う緑色のバンダナは、結んでいる片方だけが紫色だ。 それから、手に持っている、使い込まれた棍。 「・・・早かったね、」 「気が急いたんだよ。で、僕は間に合ったのか?」 「……ギリギリだね。もう少しで終幕だよ」 「それは良かった」 親友に黙って一人先立とうなんざ超絶無敵に不心得者だって、この拳で語ってやろう。 そう楽しそうに語るトランの英雄の瞳にも、自分と同じ色が宿っているのを見て、は笑う。 ――あの子たち、ひどく哀しそうに笑ってるね、と、彼らを見ていたカレリア人が、傍の相手に話しかけていた。 生きていて欲しいと願う。 生きつづけてほしいと祈る。 だけどそれは、我侭だと判ってる。 君の意志を殺してまで強制するコトは出来ないけれど、君の願いの大きさに等しいだけの、こちらの気持ちを叩き込んでやるから。 訪れる終幕を待っている。 |
3のプレイ直後に書いたんだと思います。 なにぶん、アップ時よりはるか以前のことですので記憶が不確かで(がくり 炎の英雄もそうですが、ルックとセラについてももう少し掘り下げてほしかったなと そんな気持ちで書いてました。たぶん。 ユーバーが湯葉、ペシュがぺーなのは、単に遊んでみたかっただけ。 |