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ガンマ団へのお客様 |
それは。 世界中で有名な殺し屋集団である。 美形のお兄さんが多い集団でもある。 イロモノな人々が大量生息してたりもする。 ――それが、ガンマ団。 相応しい説明はどれだろう。 まあ、なにはともあれ、その本部こそが。 てくてくと道を歩く少女が今まさに、目指している場所であった。 ぴんぽーん。 殺し屋集団の割には、のどかなチャイムの音が受付に響いた。 本日の受付当番のティラミスが、席を立って扉へ向かう。 『来賓用』と書かれた入り口を利用する者は、最近少ない。 近年通信手段にはことかかないため、依頼の接触はまずそれが使用されるためだ。 そして、アポイントをとってくる客は、こんな堂々と表からは入ってこない。 「おばちゃんが、いつもの野菜のお裾分けに来たかな?」 “おばちゃん”とは、ご近所で農家を営んでいるおばちゃんだ。 いや、ていうか。 殺し屋集団のくせに、アットホームなご近所づきあいを展開するな。 ぴんぽーん。 再びチャイムが鳴り響く。 考え事で足を止めていたティラミスは、あわてて扉の開閉スイッチを押した。 「はい、どちら様ですか?」 まるでどこぞの主婦みたいだぞ、ティラミス。 そうして、開いた扉の向こうに彼が見たものは、ご近所のおばちゃんではなかった。 いや、女性という部分では共通点があったのだが。 が、それ以外は全然違っている。 おばちゃんなんて称したら、それこそ天罰下りそうな、おおよそ殺し屋集団には似つかわしくない娘さんであったのだから。 ……あ、殺し屋集団に不似合い、っていうのも共通点か? そうして数分後。 ガンマ団内に、アナウンスが流れた。 ぴんぽーんぱーん、と、これまた陽気なメロディとともに、ティラミスのマイク声が響く。 『忍者トットリ様、忍者トットリ様。お客様です、至急正面ロビーまでお越しください。繰り返します――』 さらに数分後。 駆けつけてきたトットリを見て、少女は云った。 「あ、トットリ君!」 ぱぁ、と、晴れやかな笑みを浮かべて、待ち人の名を呼んで。 そのままティラミスに一礼し、小走りにトットリの傍に駆け寄った。 「久しぶりだね、元気にしてた?」 微笑みを浮かべた問いかけに、けれど、当のトットリはぎちぎち、油の切れた人形さながら。 「な……な……」 「なに?」 「なっ……なんでちゃんがここにいるっちゃ……?」 「うん。あのね、求人広告に清掃係募集があったんだ」 お給料がダントツに良かったから、受けるだけ受けてみようかなって思って。 やっぱりにこやかに告げる少女――の肩を、トットリ、がっしり掴んで揺さぶった。 「ちゃん! ココがどんなとこか、判ってるだらぁか!?」 殺人集団だっちゃよ、殺人集団! 殺し屋の集まり!! しかも男所帯ッ! 眺めていたティラミスは思った。 主に強調したいのは、3番目ではないだろうかと。 しかし、少女の笑みは揺るがない。 「でも、お給料いいし」 「いつ敵が攻めてくるか、判らないっちゃよ!?」 「だいじょうぶだよー」 そのときは、トットリ君のところに逃げ込むから。 とたん、トットリの顔が夕陽もかくやと真っ赤になる。 「あ、え、う……その、そ、それは嬉しいっちゃけど……」 の肩においてた手をはがし、上へ下へ横へ斜めへ、開いて閉じて閉じて開いて、挙動不審大全開。 眺めていたティラミスは思った。 不審人物として通報したら、すぐに引っ張っていってもらえるだろうと。 が、さすがにトットリも伊達や酔狂で、ガンマ団のエージェントをやってるわけではない。 しどもどは数秒で山を越え、 「ちゃん」 真顔になって、少女を見下ろした。 ――と。 眺めていたティラミスの後ろに、人影がひとつ。 「ははは、騒がしいと思えばかわいいお客さんじゃないか」 「「マジック総帥!?」」 朗らかな男性のことばに、トットリとティラミスは、あわててそちらを振り返る。 ぴん、と背筋を伸ばし、指は真っ直ぐ横につけ、直立不動の姿勢になって、ガンマ団総帥と向かい合った。 一拍遅れて、も動く。 直立したふたりを見、マジックを見、手にした荷物を床に置くと、改めてマジックに向き直る。 両手を身体の前でそろえ、足は踵をくっつけて、つま先は少し開いて立ち、ぺこりと60度のお辞儀。 それから顔をあげて、ようやく、マジックと視線を合わせた。 「――お初にお目にかかります。ガンマ団総帥、マジック様でしょうか?」 「そのとおりですよ、お嬢さん」 して、我が団にどんなご用事ですかな? 紳士ぶりを発揮するマジックに、も好感を持ったようだった。 少し表情をほころばせて、はい、とひとつ頷くと、 「求人募集を見たんですが……清掃係を募ってらっしゃるとのことで。面接を受けさせていただこうと思って、お伺いしました」 「なるほど。たしかに少し前、そんな広告を出しましたな」 総帥自らが広告を出したのだろうか。 「ですが、申し訳ない」 心持ち眉宇を下げ、すまなさそうな表情をつくって、マジックはと目線を合わせるために背をかがめた。 は失意を浮かべるが、背後のトットリは握りこぶしで頷いている。 ティラミスはというと、こちらはあくまで傍観者に徹するつもりらしい。 「ガンマ団はご覧のとおり、男性率がほぼ100%。そこに貴女のような女性を清掃係として放り込むのは、さすがに忍びない」 男女差別などする気はありませんが、体力差もありましょう。 なにより、女性と聞いて目の色を変える輩も出ないとは限らない。 「団内風紀には目を光らせているつもりですが、常に結果が伴う保証はありませんしな」 「……そうですか……」 「そうだっちゃよ、ちゃん。ちゃんだったら、他にいい仕事がいくらでも見つかるっちゃよ」 だから、こんなところで無理して働く必要なんかないわいや。 しょんぼりうなだれたに、トットリも云いつのる。 「おや。彼女は君の知り合いかね?」 途中から見ていたはずなのに、さも今気づいたように云う。 マジックの腹芸に、ティラミスは本心で感服した。 もっとも、それでなければこんな組織の総帥など勤まるまいが。 問いを振られたトットリはというと、「だっちゃ」と、返事なのか合の手なのかつかぬ発言をしつつ頷いて。 「ちゃんは、僕の幼馴染みですだぁよ」 へへ、と、心なし頬を赤くして、そう告げる。 「ほう、そうなのかね」 と、マジックもにこやかに頷いた。 「ならばやはり、こんな場所に放り込むわけにはいかんな」 「いかんですっちゃね!」 「もう、トットリくんまで……」 久しぶりに幼馴染みに逢ったんだから、もう少し嬉しそうにしてくれたって。 「いや、ちゃんに逢えたのはうれしいっちゃよ!?」 むっとむくれたを見て、トットリ、再び大慌て。 心持ち背をかがめて、を正面から覗き込む。 「でも、ちゃんがここで働くのには反対だわや。ちゃんは本当に優しい子だから、こんな人殺し集団に近寄っちゃだめっちゃよ」 それに、田舎には、ちゃんのお父さんとお母さんもいるっちゃよね? ちゃんがいなくなったら、家を継ぐ人がいなくなっちゃうだわいや。 そうトットリが云った瞬間。 それまで、むくれながらも微笑んでいたの双眸が、じわっと潤んだ。 「…………の」 「え?」 思わずの腕に添えたトットリの手に、小刻みな震えが伝わる。 「……お父さんとお母さん……死んじゃったの……」 「えっ!?」 僕が田舎出てってから、いったい何があったんだっちゃ!? 「お父さんとお母さんだけじゃない……うちの里、壊滅したの」 「えええぇぇえぇえぇぇッ!?」 ロビーに、トットリの絶叫が響く。 「なんでだっちゃ!? ちゃんの所の里は、あの一帯でも有数の実力者ぞろいだったっちゃよ!? なんで……」 「…………奇襲、で」 「ど、どこが!?」 「トットリくんの里の、一つ向こうの忍軍が……ほら、昔からうちといろいろ衝突してたでしょ?」 の里の隣である自分の出身地、またその向こうの里を思い出し、トットリは、「ああ」と頷いた。 「覚えてるだわや。僕も、あの里好かんかったっちゃ」 「うん……それで、たぶん以前から計画してたんだと思う」 少しずつ少しずつ、仕掛けを用意して。 少しずつ少しずつ、準備を進めて。 そうして――今からおおよそ2ヶ月前、実行された作戦は、相手方にとっては完璧、たちにとっては最悪の形で結果を出した。 暮らしていた里は壊滅し、一族郎党行方知れず。 里長をつとめていた彼女の両親は、戦いのなかで帰らぬ人となったのだと。 「……それでね。わたし、戦いには出てなくて後陣にいたから、なんとか逃げ切れたんだけど、ケガでしばらく動けなくて……」 お父さんやお母さんや、里の人たちのこととかで、放心してて。 「で、動けるようにはなったけど、もう里には戻れなかったし」 「たぶん、近場の里は全部手配がかかっとるっちゃろうね……」 「うん。それでね、どこか別の場所で働き口見つけて、生計立てようって思ったんだ」 それで何気なく見てた広告に、ガンマ団の求人があったの。 「そういえば、トットリくんに随分逢ってないなぁって思って。面接ついでに逢えたらいいなって思って」 「だっちゃね……こないだ里帰りして以来やから……」 「うん。でも、やっぱり逢えてよかった。元気出たよ」 お仕事落ちちゃったけど、トットリくんが頑張ってるの見て、安心した。 「ちゃん……」 「どこかで落ち着いたら、手紙書くね?」 「……あ……」 「じゃあ……」 マジック様も、受付の方も、お手をわずらわせてすみませんでした。 トットリの手を抜けて、はふたりに頭を下げた。 床に置いたままだった荷物をとって、くるりと身を翻し。 そこに。 「はっはっは。そんな事情があるのでしたら、最初から仰ってくださればよかったのに」 すさっと彼女の前にまわりこんだマジックが、爽やかなダンディ笑顔で云った。 はというと、戸惑い顔で首を傾げ、 「でも、それだと同情をひくみたいで……」 「ははは、実に正直な方だ。ふむ、それではこうしましょう」 清掃係は先ほどの理由で無理ですが、事務員として入っていただくということで。 「え……っ?」 「何、難しいことではありませんよ。各国から送られてくる諜報活動のまとめ、団員派遣地域の手配、受付窓口、あとは少々の財務助手をこなしていただければよろしい」 妙な考えの男が群がらないよう、個室も準備しましょう。 もちろん労働時間は週40時間以内フレックス可、週休二日、祝祭日もちろん休み、有休だってついてきます。 「――いかがですかな?」 ん? と首を傾げるマジックに、がずいっと詰め寄った。 「よ……よろしいんですか、本当に!?」 「ははは、勿論です」 「……ト……トットリくんは……?」 晴れやかなマジックからが視線を転じた先には、唐突な展開についていけず、ぽかんとしているトットリがいた。 ――トン。 さりげなく、ティラミスは気付のツボを押す。 はっ、とトットリが覚醒する。 「だっ……だっちゃ! うん! 僕もそれがいいと思うっちゃ!!」 首を素晴らしい勢いで上下に振り、先ほどの絶叫かくやの大声である。 「ほんと?」 「だわや。……ちゃんがそんなことになってたなんて、僕ちっとも知らなかったっちゃから……」 ごめんな? 「ううん、隠れ里の話が表に出たら、それはそれで問題だもの」 「……それに」、 顔面赤色化現象、トットリに再発生。 ことばを探すように視線をさまよわせたあと、トットリはを見下ろした。 「本当は、ちゃんがここに来てくれたら、僕も嬉しいっちゃ……」 へへ。 はにかむ彼の表情は、ほんまにそのへんの田舎の純朴少年である。 いや、少年て年でもなさそうな気もするが。 触発されてか、の笑みも、やっと最初に見せた穏やかなものになる。 春の花園もこれほどまではなかろう、というほのぼのなふたりの世界の横で、マジックとティラミスは、取り残された者特有の吹雪に包まれていたのであった。 数日後、マジックはことばどおり、の仕事部屋をガンマ団内に新築した。 とはいっても、空き部屋を改装して情報処理端末を山と持ち込み、急作りの事務室をこしらえたにすぎない。 しかしさすがはガンマ団、そんじょそこらの企業顔負けのワークルームではあるのだが。 そうして。 元々、里では情報収集を主な任務と動いていたは、あっという間にマジックの評価を勝ち取った。 ガンマ団での立場を確立した彼女の部屋に、当初懸念されたような不埒な輩が訪れることはない。 彼女の仕事部屋がマジックの執務室のある階にあり、また位置的にも比較的近場であることと、彼女自身の人柄と職務遂行への態度に敬意を払ってのことだろう。 そんな彼女の部屋ではあるが、毎日決まった時間になると、訪れてくる客がいる。 「……ごめんっちゃ、ちゃん」 「何謝ってるの? 大勢の方が楽しいじゃない」 「そうそう。トットリとオラはベストフレンドだかんな! つまり、トットリの友達はオラの友達だべ!」 「はんは、わてにもちゃあんと優しくしてくださるお方どす。独り占めなんかさせまへんで……」 「ん、美味い。、これの作り方、俺にも教えてくれ。今度コタローに持っていくんだ」 「シンタローもたいがい弟かぶれじゃのう。わしゃあ、食うだけで満足じゃが」 もしかしたらこの顔ぶれが、この部屋に他の人間を寄せ付けない要因の、ひとつなのではなかろうか。 手ずからいれてくれた茶をすすりつつ、シンタローにレシピを教えてるを見るトットリの背中には、ちょっぴり哀愁が漂っていた。 でも。 「ちゃん、ここ来てから毎日楽しそうだっちゃね」 「うん! 皆さんいい人ばかりだし、優しいし……お仕事はアレかもだけど、来て良かった」 いやまあ、最初のうちは怖い顔されたけど。 「……そっか」 「うん。それにトットリくんがいるおかげかな? なんだか、落ち着くんだ」 「…………」 「え?」 「ぼ……僕も、ちゃんいてくれて嬉しいっちゃ」 照れ笑い浮かべるトットリと、「ありがと」と微笑むを眺めて、ティラミスは思った。 あなたたちは本当に、殺し屋集団ガンマ団の一員なのですか、と。 中庭を歩くふたりの背後、植木に扮して覗きなどやってる時点で、すでに自分も当てはまっていることに、幸い彼は気づかなかったようだ。 ――結論。 殺し屋で美形でイロモノ時々、類は友を呼ぶ? ガンマ団ってそんなトコ。 |
かなり偏見なガンマ団感。 いやいやそれ以前に、この作品でドリームってどうよと思いつつ、 トットリくんの純朴っぷりを書いててすんげえ楽しかった秋のある日。 アラシヤマのお話も、この設定でそのうち書いてみたいっす。 あと、後半みたいに仲良くなる前の一騒動とか。 |