「、おーい、〜! IRPOの必殺優秀清掃人さんはどこだ〜?」
「変な二つ名で呼ばないでくださいIRPOのクレイジーヒューズさん!」
――いんたーりーじょんどーたらこーたらこと、IRPOの一角。
磨き上げられた廊下を歩く音も高く、ある人物の名を連呼していたヒューズは、男性トイレから出てきた彼女を見て、さすがに思考が停止した。
そのうち何パーセントかは、彼女にまでクレイジー呼ばわりされたショックもあったとかなかったとか。
何はともあれ、探し人が出てきてくれたので、結果オーライではあるのだけれど。
「まったくもう。落ち着いて掃除させてくださいよ」
ぶつぶつぶつ。
そう云う彼女の姿は、IRPO清掃団体支給の制服に、白い三角巾、マスク。あと、ゴム手袋にゴム長靴――とどめに、右手にモップ、左手には雑巾のかかったバケツ。
これ以上はないほどの掃除人スタイルだ。
が、ちょっと待ってくれと云いたくなるのが、ヒューズの本音。
齢18だか19だか、とにかくまだ成人もしてないうら若き乙女が掃除に生きがいを見出すもんじゃないだろう、と。
ちなみに、以前それを云ったら2ヶ月口をきいてくれなかったため、二度と口にすまいと誓った過去もあったりなかったりする。そのときどうだったかというと必要事項の連絡なんかがすべてパフォーマンスで行われ、まるでサイレンスがふたりになったような気さえしたものだ。
「悪い悪い。ちょっと急用を頼まれてほしくてな」
とりあえず謝ってみせ、ここではなんだからと、男性トイレの前から移動する。
いや、トイレの清掃は感謝だ。感激だ。
だが女性が清掃してくれている現場を目撃すると、男性としてはなんだか恥ずかしいものなのだ。
「いいですよ。道具片付けてきますから、待ってくださいね」
今日の仕事はこれで終わりなのか、は二つ返事で頷いて、トイレ横の用具入れに装備を突っ込みに行った。
――1分後。
掃除人制服はしょうがないながら、三角巾もマスクもゴム手袋も取っ払ったを見て、ヒューズは、やっぱりこっちのほうがいいなぁと胸をなでおろしたのだった。
必殺掃除人こと、彼女の名前は今さらだが・。
背中のなかほどまでの黒い髪と、燈金色の双眸がチャーム(?)ポイント。
19歳にしてIRPO清掃団体の古株かつベテランさま。
それというのも、がここで働き出したのはざっと6年前にもさかのぼる。
両親を亡くし、ひとりで生きねばならなくなった彼女が、給金だけで選んだのが、ここ、IRPOの清掃団体だったというわけだ。
膨大な面積を誇るIRPOの清掃員の給料は、実は働き盛りのサラリーマンほどには保障されている。
それなりに貯金も出来、生計も立てていけるようになった彼女だが、清掃人としての使命に目覚めたのだろうか。――たまに勧められる事務職などへの転職もせず、床磨きに精を出しているのであった。
ついでにヒューズとの縁は、がIRPOにやってきた当初から。
あまりの低年齢に面接案内を渋る受付嬢へ身の上話を熱く語っていた現場に出くわしたヒューズが、その根性に大ウケもとい敬服したのがはじまりだった。
ヒューズがを伴ってやってきたのは、IRPO内に設置されたリフレッシュルームの一角。
自動販売機にコインを放り込み、出てきたジュースをに渡す。ヒューズ自身はブラックを選んだ。
「ありがとうございます」
律儀に礼を云い、いただきますと手をあわせ、それからやっと、缶の蓋が開く。
それを見届けて、ヒューズも自分の缶を開ける。
こくこくこく、ごくごくごく。
ふたり分の嚥下する音が、しばし響いた。
「それで、急用ってなんですか?」
「ああ。ちょっとな。ルミナスまで行ってほしいんだよ」
「ルミナス? そりゃまた辺境ですねぇ」
IRPOで働いているだけあって、は結構彼らの仕事内容に詳しい。
必然的に、リージョンについても詳しくなる。
たとえば、一般人ならばまず知ることもないだろうマイナーなリージョンまで。
……まあ、ルミナスは術法の資質に関する場所であるため、そうマイナーなほうでもない。が、逆に云えば、術法に用事のない人間が立ち寄ることは、まずない。そういう意味では、辺境なのだ。
「って、あれ?」
そこでようやく思い至ったらしく、が首をかしげた。
「ルミナスって、サイレンスさんが何かご用事で向かった場所じゃありませんでしたっけ?」
「そうそう」
大当たり。とばかりにヒューズは頷いた。
「そのサイレンスからの定期連絡が途切れたんだよ。今日で3日目。こりゃあ様子を見に行かなきゃいかんかなーとなったんだが、あいにく実行隊はどこもかしこも忙しくてなぁ」
ドールはシンロウに潜入中だし、コットンはシュライクの生命化学研究所で行われてるっていう不正実験の調査。
オレに至っては、当番でまわってきた盾のカードの管理で、IRPOから動けないときた。
「……ヒューズさん、カードの管理って、たしか事情があれば交代してもらえたんじゃ――」
「はっはっは。真面目なオレが、そんなコトできるわけないじゃないか!」
「白い歯見せて笑っても、胡散臭すぎます」
はぁ、と、はため息ひとつ。
呼気が、彼女の手にした缶の表面をなでていく。
それから。
「ルミナスには、別に危険なモンスターなんかはいませんでしたっけ?」
「ああ。いるとしても、陽か陰の資質とりに潜る迷宮ぐらいだろうな」
「判りました。サイレンスさんを見つけて、連れ戻してくればいいんですね」
頷いて、は、缶を自販機傍のゴミ箱に投げ入れる。
小気味よい音をたてて、缶は見事に、3メートルほど離れたゴミ箱の中に吸い込まれた。
「でも、念のために武器所持していきたいと思いますので、許可いただけますか?」
女性の一人暮らし、ということもあって、はサイレンスから剣の扱いを、ヒューズから簡単な体術と銃の扱いを学んでいる。また、IRPO自体がいつ騒動の渦中になるかという懸念も薄くないおかげで、たかが清掃人といえどもIRPOの清掃人は普通の清掃人とは違う技術の体得も求められているのだ。
とはいえ、清掃人はやはり清掃人として、普段は非武装。それゆえに出た発言だが、ヒューズは首を横に振った。
む、と、の眉がしかめられる。
「丸腰で行けとおっしゃいます? たしかに、最近ノーマッドはなりを潜めてますが、タンザー見かけたって報告が何件か出てるって聞きますけど」
「あーそりゃだいじょうぶだろ。おまえは悪運強いし」
「だいじょうぶになりません、そんなの!」
「だーからー、別に、俺に許可とる必要ねーっつーの」
手を振って、迫ってくるを押し留める。
「こりゃ、正式な依頼だ。・。IRPO非常勤捜査官へのな」
――必殺掃除人、の、必殺、の部分は、伊達ではないのだ。
それでもは、本業は掃除人なんですってば、と、むくれるのだが。