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彼らの日常


-2-


 そして。
 リージョンシップを乗り継いで、やってきましたルミナスの街。
 自己発光する鉱石の含まれる岸壁に沿ってつくられた発着場は、シップを降りた第一歩から、訪れる人間の目を楽しませる。
 それはも例外ではない――なにせ、初めてやってきたリージョンだということもあるし、感激は人一倍。
「うーわー」
 きれーい。
 発着場の係員が、微笑ましい視線を送っているのにも気づかず、はひとしきり、風景を眺めて佇んでいた。
 ルミナスへ降りたのはひとりのため、後続の人間がつっかえて困ることもない。よって、心行くまで景色を堪能できるのだ。
 ふと気づけば、乗ってきたシップはとっくに次のリージョンへ向けて出発したらしく、淡い光に満ちた空間には、含めて3人しか存在していなかった。
 
 係員。

 でもって、紅い法衣をまとった、銀色の髪の青年。

 くすくす笑う小さな声に、は今さらながらに気がついた。
 出所は、銀髪の青年。
 かわいらしい感じのする笑顔を浮かべ、手のひらを口に当て、必死に声を抑えようとしているけれど、あまり効果はないようだ。
「……あ。ごめん。気を悪くした?」
 青年はの視線に気づくと、バツの悪そうな色を笑顔に混ぜ、問いかける。
「いえ。おのぼりさんみたいだなーって、自分でも思いましたから」
 照れ隠しに笑ってみせて、は、青年の腰かけている待合用のテーブルに近づいた。
 休憩でもしていたのか、彼の前にはおいしそうな飲み物と軽食が並べられている。
 一言断って、向かい合う椅子に腰を下ろした。
「はじめまして。IRPOの清掃員で、と云います」
 任務持ちのときくらい捜査官と云いやがれ、と、ヒューズがいたらツッコミそうだ。あいにく彼は、本部で悠々とカードの見張りなどしているのだろうが。
だね。僕は、マジックキングダムのルージュ」
 君は、ここへは観光に?
 にこりと微笑んで投げられた問いに、あいまいに首をかしげた。
「えっと……うちの捜査官さんがですね、お仕事の途中で連絡がとれなくなったので、お迎えに来たんです」
「……」
 少ぅし。
 笑顔が凍りついたように見えたが、気のせいだろうか。
「……清掃員に捜索任せるほど、IRPOっていうのは人手不足なのかい?」
「そうなんですよー。もう、困っちゃいますよね。リージョン全体が管轄ですから、いくら人手があっても足りなくて」
 まごうことなく本音でつぶやいて、はひとつため息をついた。
 もちろん、毎日毎日掃除ばっかりやっててもマンネリだとは思うのだが、清掃員として雇った人間に武器の扱いを教え、自覚のないままに実働部隊級の腕に仕立て上げるIRPOのセコさを知ったときには、もはや何のことばも浮かばなかった。そんな思い出もある。
 ルージュの笑顔が、ますます凍りつく。
 『まさか女性まで……』とか『何を考えてるんだ』とか、ぶつぶつ云っちゃってる。
 にしてみれば、こんなことはもう何度かあったため、そうかこれが世間さまの反応か、と、むしろ新鮮に思って楽しんでしまったりして。
 だが、まあ。
 いつまでも、彼に悩ませておくわけにもいくまい。
 というわけで、は話題転換を試みた。
「ところで、ルージュさんはルミナスへ何をしに?」
「僕? ――僕は、術の資質を得るために来たんだ」
 少し。ほんの少し。
 表情を悲痛に強張らせたルージュは、けれど、次には微笑を浮かべてそう答えた。
 痛々しい一瞬のそれはたしかに気になったけど、あえて、はそれを見なかったことにする。行きずりの人間が、そう深いところまで踏み込んでよいわけがないだろうと思うから。
「資質ですか? ここでしたら、陰術か陽術ですよね。どちらを選ばれたんです?」
「陽術だよ。迷ったんだけど、回復系にも秀でてるからこっちにしたんだ」
「はー、やっぱりイロイロ考えて選ぶものなんですねぇ……あ。そうだ」
 相槌を打ちながら、ふと。思いついて、はルージュにもうひとつ問いかけた。

「ルージュさん、三日くらい前なんですけど、ここに妖魔のひと来ませんでした? なんとなく高貴な感じのレイピア使う喜んだら蝶々みたいな羽が出る方なんですけど」

「……さすがに、蝶々は見てないなぁ」

 しばし考え、ルージュはそう答えた。
 が、そこでが落胆するより先に、でも、とつづける。
「陰術を得る、影の迷宮の入り口を下見に行ったときに、妖魔みたいな気配があったような気はするけど……」
「そうですか? ありがとうございます」
 少し薄れているらしい記憶を無理矢理引っ張り出してくれたらしいルージュに礼を云い、は席から立ち上がった。
「さっそく行ってみますね。情報のご提供、感謝します」
「あ、ううん。別に大したことじゃないよ。――見つかるといいね」
「はい! 本当にありがとうございました!」
 ルージュさんも、この先よい旅を。
 ぺこりと頭を下げて、は壁にかけてあるルミナスの簡易図に歩み寄る。
 赤い三角で示された現在地と、陰術の資質を得るための、影の迷宮ことオーンブルの位置をたしかめる。5分も歩けば辿り着けそうな場所だ。蛇足だが、光の迷宮は反対方向にやっぱり5分程度。
 そして歩き出そうと振り返り。

「わぷっ」

 とん、と軽い音を立てて、は、いつの間にか背後に出現していた壁に頭からぶつかっていた。
「ごめん。だいじょうぶ?」
 ――とは、出現した壁ことルージュのセリフだ。
 頭の上から降ってきた声に、だいじょうぶです、と頷いて身体を離す。
 だが、はて?
 どうしてこの人は、あっちのテーブルじゃなくって、こんなところに立っているんだろう?
「……えっと、何か?」
 落し物でもしたろうかと、首をかしげて問うたらば。
「うん。迷惑じゃなかったら、手伝わせてくれないかな」
 実にやわらかい微笑みとともに、そんなことばが投げかけられた。
 さすがに、これにはの目も丸くなる。
「え?」
「IRPOの主旨がどんななのか知らないけど、女性ひとりに行方不明者の捜索を任せるなんて、やっぱり危ないよ」
 それに、もし、何かの事件に巻き込まれて連絡がとれないのだとしたら、なおさら。

 このセリフが。
 たとえばドールにごまをすってるときのヒューズみたいな、下心見え見えのものだったら、さしものも勘付いて断っただろう。
 けれど、ルージュは真剣だった。
 表情は相変わらずやわらかく笑んでいたけれど、その双眸に在る意志は、真っ直ぐに彼の気持ちを伝えていた。
 だから。
 ああ、純粋に心配してくれてるんだなと、も嬉しくなったけど。
「……でも、ルージュさん、資質を得るための旅の途中なんでしょう? 寄り道している時間、勿体無いんじゃないですか?」
「それは……いいんだ」
「?」
 まただ。
 さっき一瞬だけ見せた、悲痛な色。
 泣き出しそうな、哀しい表情。
 自覚しているのかいないのか、そんな表情をつくったまま、ルージュはことばをつづける。
「資質を集めるのが第一だけど、特に期間は限定されてないんだ。それに、時期が来ないと得られない資質もあるから――時間は、それなりに余ってるんだよ」
「……そう、ですか?」
 じ、と、はルージュを見上げた。
 寂しそうな色。
 孤独な色。
「うん。だから、手伝わせてくれないかな」
 女性ひとりが危ない場所に行くのは、やっぱり放っておけないし――
 それはまぎれもない、彼の真意なのだろうけれど、もうひとつ。隠そうとすればするほど、見えてしまうものがある。
「ルージュさん……資質集めるの、実は、あんまり気が進まない……とか、ありませんか?」
 だから、つい。そう問うてしまった。
 パシ。
 氷にヒビの入る音が聞こえたような――錯覚、いや、幻聴を。引き起こすほどに、強く、ルージュがうろたえた様子を見せる。
「そ――そんなこと――」
 目をあちこちに泳がせるルージュを見て、ああ悪いことしたなと思ったけれど。一度口にしたことばは、取り返せない。
 他に何も云えずに、はただ、ルージュを見上げた。
 ……やがて、ふう、と、小さなため息が頭上から零れ落ちる。

「参ったなぁ……どうして判ったんだい?」

 苦笑混じりの、それは肯定のことば。
 頭から否定されなかったことにほっとして、はまず、すみませんと頭を下げた。
「知り合いに、とても無口な方がいて……行動や仕草で感情をはかる癖がついちゃったんです。それで、他の人に対しても、たまにやっちゃうんですよ」
「へえ……話すのが苦手なのかな」
「苦手とかいうより、あれはもう徹底してますねー。いえ、筆談には応じてくれるんですけどね。やっぱりそれはめんどくさいから――」
「……」
「ルージュさん?」
 ここぞとばかりに、知り合いこと現在の捜索対象サイレンスの特異性もといおもしろさもとい意外性を語ろうとしただったが、相槌もなく黙ってしまったルージュを見上げて口を閉ざす。
 調子に乗りすぎたろうかも、またも反省の念が生まれかけたが、それより早く。

「――

 背後から、それこそ半年に一回も声が聞ければいいといわれる当人の声が、自分の名を呼んでいた。


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この一言だけです。ですが一言だけでも。