シュライクに向けて出発したシップを見送って、は、うーんと大きく伸びひとつ。
「そういえば、ルージュさんはどうします?」
「僕? うーん……そうだなぁ」
陽術はおさめたから、もうここでやることはないんだけど……
の後ろに、サイレンスと並んで立っていたルージュは、問いに、少しだけ首をかしげる。
何事か思い出そうとしているのか、形のよい顎に指を当て、考えることしばし。
「さっき、IRPOのヒューズって人が盾のカードどうのって云っていたけど……それはもしかして、秘術のカード?」
「えーと……秘術かどうかは判りませんけど、なにか術の資質どうののために必要だって云ってたような気はします」
「…………」
「あ、それしかないですか? じゃあ、そういうことらしいです」
「やっぱり、そうなんだ……でも、どうしてIRPOがそんなもの管理してるんだ?」
「ドゥヴァンから預り依頼が来たんです、リージョン間を持ち回りで預り先に選んでいるみたいで、今回はIRPOにお鉢がまわってきたんですよ」
誤解されそうだが、とルージュだけでしゃべっているように見えても、サイレンスは無言ながらにかっちりリアクションしているのである。描写しないとわからないが。
「うん。それじゃ、IRPOまで一緒に行かせてもらっていいかい?」
右手を握って左手に当て、ルージュが云った。
「秘術と印術、どちらにするか決めてないけど、最後のひとつまでは考える余裕がありそうだからね。目の前に手がかりがあるんだし、行ってみようと思うんだ」
「はい! どうぞどうぞ、ルージュさんなら大歓迎ですよっ!」
ばんざいとばかりに両手を上げて、すぐ下ろし、ルージュの手をとって上下に振り回す。
サイレンスが、苦笑してそれを眺めていた。
「今回の職務にご協力いただきましたってことで、感謝状と金一封用意しますね」
「いや、それはいいから」
「…………」
「サイレンスさんまでそーいうコト云うー。じゃあ、うちの自慢の食堂のご飯をご馳走します!」
「……あ、それは嬉しいかも」
「ルージュさん、意外と食いしん坊ですか?」
「そ、そういうわけじゃないけどさ。キングダムで勉強していた頃は、質素が旨だったから、あんまり外の料理って知らないんだよ」
「……………………」
「うん、そうしましょう! 食堂のスペシャルコースで決定です!」
「す……すごそうだね」
「…………」
「サイレンスさん、脅かしちゃだめですよー。せいぜい、三日ほど倒れた人がいるだけで」
「……ど、どんな料理なんだ、それ……?」
少ぅしばかり。怯えを含んで遠い目になったルージュを見て、サイレンスとは、顔を見合わせて笑った。
――IRPO実務部隊第17班・コード『掃除人』(←自己希望)より、IRPO通信部へ
operation:
xxxx.xx.xx xx:xx:xx-xx
code:00xyukjfba-2365-56879 missioncomplete
message:
です。
サイレンスさん無事発見しました。これから本部に戻ります。
あと、公共機関で騒いでいた方がいたので、お引取願いました。
そのときお手伝いいただいた、ルージュさんという方もIRPOに来られます。
感謝状も金一封も要りませんから、
食堂のスペシャルコースの食券一枚用意しておいてくださいね。
なお、このメッセージ部分はプリントアウトしてヒューズさんまでお願いします。
電子記録は抹消しておいてください。
追伸:いつもお仕事ご苦労様です。
「――よし、出来た」
そう云うと、は携帯用のパーソナルコンピュータの電源を切り、回線を公衆電話から引っこ抜いた。
まだ使用限度まで余裕のあるカードが、公衆電話から吐き出される。
別に通信機でもいいのだが、こういった業務報告は、電子文書でのやりとりが原則になっている。理由は簡単、音声よりは文書のほうが暗号化しやすいからだ。
今回は傍受されて困る内容でもないが、一応業務はすべて機密扱いのため、多少手間がかかっても、こういった処理が推奨されている。――もっとも、一刻を争う場合は別である。
「お待たせしましたー」
端末を腰のポーチに放り込み、シップのゲートで待っているサイレンスとルージュのところに駆け寄った。
すでに3人分の搭乗券を購入してくれたらしく、サイレンスが、二枚持っているうちの一枚をに手渡す。
搭乗券と云っても、シップの利用に料金は発生しない。単に、座席の整理と人数制限の役目を果たすだけだ。
券を受け取って、ふと、自分たちの乗る予定のシップに目をやり――は目を丸くした。
「わぁ。この型のシップに乗るの、初めてですね」
先端が尖っていて、後部に行くほど平べったくなる――強いて云うならば、海洋生物のイカに近い。
「…………」
「サイレンスさんも初めてですか? ルージュさんは?」
「僕は、シップに乗るの自体初めてかな。いつもは、リージョン移動の術を使ってるから」
これがないとうまく使えないんだけどね、と、ルージュが首に下げている護符のようなものを引っ張り出して見せてくれる。鈍い銀色に輝くそれには、マジックキングダムの文字で何かが刻んであった。
手のひらに乗せてもらった護符を、はしげしげと眺める。
「もしやこれがあれば、わたしも自在にリージョンを……」
「うーん、さすがに魔術の素養がないと、使うのは無理かな」
即答しなくたっていいじゃないですか、と、食ってかかろうとしたときだ。
ぴんぽんぱーん、と、のどかな音楽が、発着場に鳴り響く。
それから、マイクを通した女性の声。
――ご案内いたします。IRPO経由、シップxxxxxx-xxxが間もなく発射します。
お乗りのお客様は、出発ゲートまでお越しください。
サイレンスが、優しくの背を叩いて促した。
「・・・・・・」
「あ、はい。行きましょうか」
応えて、一歩先を行くサイレンスを追いかける。ルージュが、その後からやってくる。
手荷物検査にも特に問題なく、3人はシップに乗り込んだのだった。
さあ、帰ろう、IRPOに。お客様一名つれて。
それから、ミッション完了、って、チームのみんなと大騒ぎするんだ。
……が。
ところ変わってIRPO。食券一枚手に持って、シップ発着場で所在なさげに立っているのは、(+本人以外全員)曰くのクレイジーヒューズ。
伝達を通信部から受け取った彼は、律儀に経費で食券を購入し、お出迎えにやってきたのだった。
だが、待てど暮らせどシップが来ない。
通信後すぐのシップに乗ったのなら、そろそろ到着してもいい頃なのに、たちだけではなく、当のシップさえ姿が見えないというのだ。
「――ヒューズさん、こりゃあやられましたかねぇ」
顔なじみの係員が苦い顔で告げるのを、ヒューズは似たような表情で聞いていた。
「……噂をすればなんとやら、か」
の出発前、冗談で出しただけの単語を思い出し、口をついて出たのはため息ひとつ。
けれど、それはすぐに霧散し、後にはいつものヒューズの表情があるばかり。
「ま、だいじょーぶだろーよ。あのふたりは、そんな簡単に消化されるタマじゃねーしな」
心配そうな表情を崩せないでいる係員に手を振って、ヒューズはぶらぶらと歩き出した。
手に持った食券は、しっかり胸ポケットに押し込んで、ニヤリと不敵な笑みひとつ。
「到着したら連絡してくれ」
「……本当に、戻ってくると思われるのですか?」
「おうよ」
なんたって、うちの隊はそろいもそろってクレイジーな奴ばかりなんでな。
「タンザーの一匹や二匹に飲み込まれたって、腹蹴破って出てくるに決まってら」
そのことばは信頼、そして事実。
そうしてそのとおり、タンザーでもひと悶着やらかした彼らが無事食券を確保できたかどうかは――まだしばらくあとの話である。
そんなこんなの、それが、彼らの日常なのだ。