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彼らの日常


-4-


 ぱっと見、どう考えても力負けしそうな騎士相手に、緑の女性は額に汗して鍔迫り合いを繰り返していた。
 1対1では突破口も開けまいが、そこに加勢が増えるとなると話は別だ。
 頭上から振り下ろされた剣を受け止めて動けない――ついでに云うなら、もう少しで膝をつきそうだった緑の女性と、騎士の間に、は無理矢理身体を割り入れた。
「危ない! どけ!」
 そんな警告の叫びは右から左にスルーして、しゃがんで飛び上がるバネを利用し、騎士に思い切り体当たり。
 予想外の場所からの衝撃に、騎士はあっさりと体勢をぐらつかせた。その隙に緑の女性を引っ張って、は走り出す。先行したサイレンスが開けておいてくれた発着場の扉をくぐり、少し離れた広場を目指して。
「君! 命が惜しくないのか!?」
 後ろからの叫びに、振り返らずに答えた。
「危険手当が出ますからノープロブレムです!」
「理由になってないッ!」
 ヒューズさんに染まってきたかも、と、咄嗟に出た答えに、は少し自己嫌悪。本人がそれを聞いたら、きっとこめかみぐりぐりくらいされるかもしれない。
「困ってる人がいたら、助けるのが人情です! っていうかそれがわたしたちの仕事ですから!」
「し、仕事って――、君、いったい……?」
 広場に辿り着いた。
 まだ何か訊きたそうな緑の女性の手を放し、はぱっと振り返る。
 先に来ていたサイレンス、ルージュ、そして白い女性が陣形を組むようにあたりに散った。緑の女性も、それに応えるようにの隣に立つ。剣を構えて。
 騎士が、発着場の壁を吹き飛ばしてやってくるのを視界におさめ、数言分なら時間があるとは判断した。視線は正面に固定したまま、緑の女性へ口を開く。
「あっちはサイレンスさん。妖魔です。妖術の他、レイピア使えます。あの赤い服の人はルージュさん。マジックキングダムの術士です。ちなみにわたしは。今回携帯してきた武器は長剣とブラスターです。体術も使えます」
「私は、アセルス。剣を使うよ。白薔薇は妖魔。彼女は、直接攻撃には向いてない」
 意図を察して、緑の女性も自側の戦力を明かす。
「一撃が大きいのは、アセルスさんでしょうか?」
「……だとは思うけれど」
「そうですか」
 頷いて、は銃をホルスターにおさめた。代わりに引き抜いたのは、ヒューズがどこぞから押収してきたのを横流ししてくれたという曰くつきの愛剣。黒曜の輝きを持つそれが、ルミナスの光を反射して輝く。
「それじゃあ、わたしとアセルスさんで前に出ましょう。他の皆さんは援護を」
「私とって……君は、戦い、だいじょうぶなの?」

「はい」

 にっこりと。にこにこと。
 そんな笑顔でもって答えたに、アセルスもそれ以上、何も云わなかった。





 ――そうして、数刻後。
   ルミナスの大地の上にかの騎士の姿はなく、荒い息のたちが座り込んでいる光景が展開されていたのである。


「……やりました。怪我の功名です。ロザリオインペールバンザイです」
「とんでもないね、君。そんな技編み出して、あげく、連携に持ち込むなんて」
 、アセルス。
「……この組み立てを……うん、そうか。これで、ヴァーミリオンサンズは完璧だ」
「・・・・・・」
「サイレンス……嬉しいときに羽を出すのは、相変わらずなのですね」
 ルージュ、サイレンス、白薔薇。

 戦闘中に新しい技を編み出した者、終了後に術の組み立てを再確認している者。それぞれだが、とりあえず、得るものはあったということか。
 もっとも、約3名については、なし崩し的に巻き込まれたようなものなのだが。
「ありがとう。君たちのおかげで助かったよ」
 改めて、アセルスが一行に向き直った。白薔薇がその隣に移動する。

「ちゃんと名乗るね。私はアセルス。――妖魔の王、ファシナトゥールのオルロワージュの血を受けた、半人半妖だ」
「アセルス様!」
「いいんだ、白薔薇。この人たちはきっとだいじょうぶだよ」

 じり、と。かすかに土を軋ませて、サイレンスが後退しようとした。
「サイレンスさん?」
「…………ッ」
 は知ってる。このサイレンスという妖魔は、人々の噂するようなそれと違って、ひどく優しいということを。
 だが、それは逆に、妖魔社会では命取りだったのではないだろうか。……今さらながらに、ふと、思いついた。
 だから――怖いんだろうか。
 魅惑の君と云われる、妖魔の王のひとり、オルロワージュに連なる存在が目の前に在るのが。
 そんなサイレンスを見やって、アセルスが苦笑した。
「君の絵姿と、サイレンスじゃない名前を、ファシナトゥールで見たよ。……」
 試そうとでもいうのか、アセルスはそこでことばを切って、じっとサイレンスを見つめた。
「……」
 サイレンスは、肯定も否定もしない。
 ただ、何かを見定めるように、アセルスを見つめる。

 舞い下りた沈黙を壊したのは、だった。
「……サイレンスさんは、サイレンスさんです」
 つつ、と、サイレンスの傍に寄って、その服の裾をつかむ。
 サイレンスの目が驚きのために丸くなるのを見て、アセルスに向き直った。
「昔なんていいじゃないですか。サイレンスさんはIRPOの捜査官です。今までもそうでしたし、これからもそうです。それでいいでしょ?」
「そうだね」
 ルージュが、小さく笑って援護してくれる。
「僕が知っているサイレンスも、IRPOの捜査官だ。それしか知らないし、それでいいと思うよ」
「……ひどいなぁ」
 それじゃ、私がサイレンスを追い詰めようとしてる悪人みたいじゃないか。
 少しだけむくれ――でも笑顔になって、アセルスも云う。白薔薇が、控えめに笑みをこぼした。
 アセルスは、ことばを続ける。
「だいじょうぶだよ。私はオルロワージュじゃないし、君をどうこうする気もない」
 第一、どうこうされるのは私だ。ファシナトゥールを逃げ出してきたんだから。

「!?」
「……いいんですか? 王様のトコロから逃げ出して」
「いや、まずいんじゃないかな。オルロワージュの、寵姫への執着は激しいらしいからね。零姫という姫が消息を絶って以来、彼はすべての寵姫を棺に封印したって話もあるくらいだ」

 ――さすがマジックキングダムの術士。博学である。
 もっとも、サイレンスも会話しようって意志さえあれば、同じような話はしてくれたかもしれないが。

 同意を示すために頷いた白薔薇を申し訳なさそうに見やり、アセルスがことばを続ける。
「うん。追われてる。さっきの奴も、オルロワージュの従騎士なんだ」
「……あの、差し出がましいかもしれませんけど」
 ふと思いついて、はアセルスの注意を自分に向けさせる。
「IRPOに保護を求められては? 一応、そのための機関でもありますし……」
「それはできないよ。奴等は、どこにだって現れる。――現に、シュライクに前触れもなしに出たこともあるんだ」
「御申し出はありがたいのですが、IRPOが戦場になってしまうこともあります。そうなったら、リージョン間での争いが勃発しかねませんわ」
 云い方こそ大げさな気がしないでもないが、妖魔の理念は人間とは違うのだ。サイレンスはずいぶんと人間側に馴染んでいるが、元々、美しくないモノや努力するモノは論外、という、にしてみればひどくユカイな観点からモノを見る存在なのだから。
 要するに、人間なんぞそこらの蟻んこ程度にしか思ってないという妖魔の王を敵に回し、果たしてIRPOが善戦できるかというと――残念ながら、首を傾げざるを得ない。

 リージョン一個破壊するつもりで兵器を用意すれば可能かもしれないが、はっきり云ってそんなでっかい武力の所持など、基本的に認められていない。
 IRPOは、あくまで、一パトロール機関なのだ。

 以上、状況を考察し、はちょっとだけうなだれた。
「すいません。お役に立てなくて」
「ううん。今回のこと、とても助かったよ。――ありがとう、感謝する」
 慰めようというつもりもなく、実際、それはアセルスの本心なのだろう。その証拠に、微笑んだ彼女の表情はとてもきれいだった。

 ――ドキ。

 心臓が小さく跳ね上がるのを感じて、うろたえる。
 顔が熱い。ってゆーか心音がやけに大きく聞こえる。
 え。
 ちょっと待って。
 わたし、女の人が趣味って性癖じゃなかったと思うんだけど。
 あれ!?
「どうしたの?」
「え!? いえ、あの、えっと、なんでもないはずなんですけど!」
 おたおたおた。
 どう見ても、なんでもないはずはない。
 両手をぶんぶんと振って後ずさるを、アセルスはさらに覗き込む。

 わーっ、なんだか知らないけど近づかれるとドキドキするんですってばー!

 そんな心の声は、まさか、口に出来るはずもない。したが最後、要らぬ誤解を招きかねない。
 従って、無言で下がるしかないのだが、アセルスもしつこく追ってくる。
「……」
 だが。
「あ」
 そこに、救いの神。――もとい妖魔。

 片手での肩を抱き寄せて包み込み、片手でアセルスを押しとどめる――サイレンスの姿。
「な、なに?」
「…………」
 サイレンスは首を左右に振ってみせるが、さすがにそれは読み取れず、アセルスは首をかしげる。少し、不機嫌そうに。
「アセルス様」
 は、と、何かに気づいたらしく、白薔薇が彼女に耳打ちした。
 そして、には、横からルージュが教えてくれる。
「オルロワージュは魅惑の君。名のとおり、女性を魅了する力を持つんだ。……その血を受け継いだアセルスも、たぶん」
 こっくり、サイレンスが頷いた。アセルスの視線から守るように、を抱きしめたままで。

「ご、ごめん。私、そういうつもりじゃなかったんだけど」

 今度は逆に、アセルスの頬が紅くなる。
 年相応に照れているらしいその表情は、視界におさめても、別に変な影響はもたらさないようだった。
 だから、も頷いて笑う。
「いえいえ、お気になさらず。不意打ちできれいな笑顔見て、ビックリしただけですよ、きっと」
「そうだったらいいけど……ごめんね、本当に」
「……それより、貴女たちはこれからどうするんですか?」
 謝罪合戦に突入しそうな空気をひっくり返したのは、ルージュの一言。
 それはやサイレンスではなく、アセルスと白薔薇に向けてのものだった。ふたりは、顔を見合わせてまなじりを下げる。

「どうしようか迷ってる……今はまだ、ファシナトゥールに戻る気はない。それだけは確かだけど」
「ええ。ですが、こうも次々追っ手が来ては、いつか息切れしてしまいますわね……」

 少し弱気の混じった白薔薇のことばに、アセルスは苦痛を感じたように表情を歪めた。
 だけど、それは、すぐに強い意志にとって変わられる。
「白薔薇は、私が守るよ。だから、そんなに心配しないで」
「……アセルス様……」
 申し訳ありません、主の前で弱気になるなど。
「そんなことない。白薔薇を弱気にさせるのは、私が弱いからだ。 ――安心して。何があっても、君だけは守る」
 それに、忘れないで。
 私は君の主人じゃないし、君は私の寵姫や僕じゃない。

「私たちは、友達だろ?」



 もしここにヒューズでもいたら、ふたりの世界だなぁ、とか感想が聞けただろうか。
 アセルスと白薔薇。
 このふたりの間には、たぶん、とても強い絆がある。
 なんだか、こういうの、いいなぁ。
 そんなふうに心があたたかくなりながら、は彼女達を眺めていた。ルージュはそういうのに免疫がないのか、少し頬を赤らめて視線をさまよわせているけれど。サイレンスに至っては、まだを抱っこしたままなのがいとおかし。
「……そうだね」
 ふと、アセルスがルージュを振り返った。さっきの問いへの、答えを見つけたのだろうか。

「強くなろうと思う。今は。白薔薇を守れるくらい。――何者も退けられるくらい」

「そうですか……」

 まぶしいものを見るように目を細めて、ルージュが頷いた。
 その前で、アセルスたちが立ち上がる。
「随分世話になったね。――そろそろ、行くよ」
「いえ、こちらこそ。また、どこかでお逢いしましょう」
「先は困難だろうけど、頑張って」
「ありがとうございました。どうか、貴方たちに幸福が訪れますように」
「・・・・・・」

 だから、サイレンス。こういうときぐらい、しゃべろうよ。


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サイレンスもいろいろあったんでしょうねー。ていうかこれは彼夢?(そんな)