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銃剣と銀の左腕


 その理由を、知る人はいない。
 世界が砂と荒野に変わったその真相を、知る人はいない。

 その戦いを、知る人はいない。
 夢魔と呼ばれる存在との、世界を賭けた戦いを、知る人はいない。

   彼ら以外は。



 ――ティティーツイスター。

「じゃあ、ハンフリースピークに向けて出発!」
 勇ましいヴァージニアの声とともに、4人はティティーツイスターを後にする。
 ……いや、後にしようとした。
 最後尾のジェットが、町から一歩踏み出したその瞬間。

「どきやがれーーーーーー!!」

『ッ!?』

 すわ、敵かと一斉にアームを構えて振り返った4人の目に、土煙を立てて疾走してくる荒くれ者の集団が映った。
 全力疾走らしい彼らは、ヴァージニアたちには目もくれず走り去っていく。
 唯一の被害といえば、土煙が自分たちに降りかかったぐらいだろうか。
「・・・なんだあれは」
 アガートラームを肩におき、ジェットが呆然とつぶやいた。
 ギャロウズが両手を広げた横では、クライヴが声もなく彼らを見送っている。
「ま、まあ……とりあえず、行きましょ」
 ヴァージニアが気を取り直し、歩き出そうとしたとき。

「どいてどいてどいてーーーーーーーー!!」

 先ほどの男たちに後れること数秒。
 聞こえてきたのは、まだ年端もいかない少女の声。
 またか、と思いながら振り返れば、ヴァージニアとさして年の変わらなさそうな少女が一人、やはり全力疾走で向かってきていた。
 恐らく先ほどの男たちから物盗りに遭い、それを追いかけている、といったところだろう。
 ティティーツイスターでは珍しくない光景である。
 手助けしてもいいのだが、割って入って立ち止まらせてしまうよりは、追いかけさせた方がいいだろう。
 その後から応援に入ればいい。
 と、考えたのはヴァージニア、クライヴ。
 さっきの奴ら、何か金目のものでも持ってたか?
 と、思考したのはジェット。
 よっしゃあのお嬢さんを助けて、お礼に――
 と、邪なことを思ったのはギャロウズ。

 とりあえず4人は、駆け抜けるであろう少女の為に道を空けてやった。

 が。

「!!」

 まさにそのまま突っ走ろうとした少女が、ざざああぁっ! と、先ほどの男たち以上の土煙を立てて急停止する。
 その眼の先、視線が向いているのは、アガートラームを左手に携えたままのジェットの姿。
 手負いの獣のような鋭さを持ったその瞳に、ぱあっ、と、光が灯ったように見えた。
「貸して!!」
「なッ!?」
 ジェットの返答も待たず、呆気にとられた彼の腕から、少女はいともあっさりとアガートラームを奪い取る。
 そのままぐるりと身体を反転させ、再び走り出した。
「ま、待ちやがれッ!!」
 渡り鳥にとって、自分のアームを他人に預けるという行為は、時に死さえ意味する。
「待って!!」
 慌てて彼女を追い出したジェットの後をついて走りながら、ヴァージニアも先を行く少女に向かって叫んだ。
 驚いたことに、ジェットの反射神経をもってしても、たかだか1・2秒先に走り出しただけの彼女に追いつけない。
 それどころか差は開くばかりである。
 逆に、荒くれ者と少女の差はぐんぐん迫っていた。
 射程内と見たか、少女がアームを構える。
 ジェットの眼が丸くなった。
 ヴァージニアも驚愕した。
 少し後ろを走っている大人二人も、たぶん驚きを感じただろう。

 アガートラームを撃つつもりか!?

 アームとは、使用者との精神シンクロによって弾丸を発射する仕組みだ。(はしょりすぎだが)
 故に使用者当人の使用がもっとも威力が出るのは当然だが、たいていのアームは精神さえ通わせられれば他人のものでも使えないことはない。
 威力は多少落ちるが。

 けれど。アガートラームは普通のアームとは違う。
 あれは銀の左腕。
 ファルガイアとの繋がりを持つ、ジェットにしか使えないアーム。ジェットの使える唯一のアームだ。
「ま、待って! そのアームは!」
 ジェット以外には使えないの、
 そう、ヴァージニアのことばは続くはずだった。

 ガガガガガガッ!!

 連続して発射された6発の弾が、荒くれ男どもの足を止めた。
 元々人体を狙ってはいなかったのか、弾丸は地面に跳ね返り、足元の荒野を多少傷つけたに過ぎない。
「・・・・・・え・・・?」
 走る足を止め、今度こそ、ヴァージニアは声をなくした。
 隣を走っていたジェットはと目をやれば、こちらも呆然と目の前の光景を見ている。

「……アガートラームと……同調しやがった……!?」

 銀の左腕と。
 ファルガイアに繋がるそれと。
 ファルガイアを基にして生まれたジェット以外の何者も、扱うことの出来ないアガートラームと。

 ――同調した。
    それはすなわち、ファルガイアと――


 ガツッ、と。
 バランスを崩して倒れた男を踏みつけ、その首筋に狙いを定める。
 視線は鋭く、周囲の、男の仲間を睨みつけて。
「返して」
「な、なんだよ……ちょっとからかっただけじゃねぇか」
「そうだぜ、こんなもんガキが持つもんじゃねぇぜ?」
「俺たちのほうが有効に使ってやれるからよ」
 尻込みしながらも、彼らは云う。
 よほど、彼女から奪った何かに惜しみを感じているのだろうか。
 だが、

 ガガガガガガッ!

 再びアガートラームが火を噴いた。
 驚き、その場を飛び退る男に向かって、冷静に。
「――返して」
 ただそれだけを、少女は告げる。
 その眼から一切の感情は失せているように見えた。ただ獲物を狙う、獣の目。
「でなければ、次は殺す」
 まぎれもなく本気の、そのことば。


 一人の男が、背に隠すように持っていたそれを地面に放り出すと、少女はまず踏みつけていた男を解放した。
 反撃されぬよう牽制を加えながら、地面のそれを拾い上げ、数発の威嚇射撃。
 男どもはちりぢりに逃げ出し、少女はようやく手元に戻ってきたそれに、愛おしそうに頬を寄せたのだった。
「……おかえり、『』」
 それもまた、アーム。
 達人でさえ扱いの難しいと云われる銃剣――バイアネットと呼ばれる種類である。

「・・・オイ」

 押し殺したジェットの声に、少女はバイアネットから視線を転じてヴァージニアたちの方を振り返った。
 つい先刻までその双眸を彩っていた獣の光は、消え失せて。
 ただ、人懐こく微笑むひとりの少女がいるばかり。
 そうして少女は、まず申し訳なさげに頭を下げた。
「――ごめんなさい。咄嗟だったとは云えご迷惑おかけしました」
「あ、ううん、いいのよ」
「同意してんじゃねえッ!」
 その馬鹿丁寧な謝罪に気を削がれ、思わず頷いたヴァージニアに、ジェットの鋭いツッコミが飛ぶ。
 が。
「・・・な、なんだよ」
 その間にてくてくと近寄ってきた少女は、じぃっとジェットを見上げていた。
 その真っ直ぐな視線に、ジェットはちょっとたじろぐ。
 橙色かと思ったその眼は、朱のかかった金色。それが銀の髪の少年を映し出している。
 ――にこり。
 少女が、微笑んだ。

「銀髪兄さんも、ごめんなさい。それからありがとう」

 お返ししますね、と差し出されたアガートラームを、ジェットは反射的に受け取った。
「あ、ああ」
 さっきまでの殺意と敵意に満ち満ちた彼女は、いったいどこへ行ったのか。
 たった今ジェットに向けられた笑みは、つい数分前の彼女を夢だと思わせるくらい柔らかく、優しく。
「何よ、ジェットだって気を抜かれてるじゃない」
「いやあ、しかし和みますねえ」
「うむ、俺の趣味じゃないが、なんてーかこう、癒されるよなあ」
 ヴァージニアたちが好き勝手口にしたのが聞こえ、はた、とジェットは我に返った。
「オイ、オマエ!」
「はい?」
 がばっ、と。
 まだ少女の手のかかっていたアガートラームを奪い取り、怒鳴るジェット。けれど彼女は怒鳴られたことをなんとも思っていないらしく、きょとんと首を傾げて応える。
 けれど、今度はその雰囲気に飲まれるようなコトはなく。
 ジェットはじぃっと少女を睨み、押し殺した声で問うた。

「――おまえ何者だ。どうしてこのアームを扱える?」

「名前は。一応渡り鳥。アームって、たしかある程度なら人様のでも使えたんじゃなかったっけ?」

 刹那の間もなく、あっけらかんと少女――は云った。
「そうじゃねぇッ!!」
 拳を震わせて、ジェットが再び怒鳴った。
 ため息をついて、ヴァージニアがジェットの後ろに回りこむ。
「なッ、何しやがる! 俺はまだこいつに・・・」
「はいはいはい、ちょっと落ち着きなさい、ねッ!」
「いてッ!!」
 ビシィ! とデコピンかましてジェットの気勢がそがれたところを、ヴァージニアとギャロウズ二人がかりで引きずってさげる。
 そうしてその代わりに少女の前に立ったのは、交渉ごとなら任せなさい、のクライヴである。
 今日もメガネの奥の目を申し訳なさそうに細め、まずは頭を下げていた。
「すみません、彼はちょっと気性が荒くて」
「俺は動物かッ!!」
「黙んなさい!」
「リーダー、さるぐつわかませとくか?」
「あ、いいえ。いきなりアームかっぱらわれたら、怒る気持ちも判ります」
 横手での喧騒などなんのその、はそう云って笑う。
 自分も今まさにそうでしたから、と。
 その様子は、銃剣を携えていることを除けばあくまでも普通の女の子だった。
「アームは使って長いのですか?」
「ええと・・・5歳のときに教えてもらいはじめたから、うん、それなりに」
「ほう、若いのにベテランなんですね」
「いいえ、まだまだです。技術ばっかり慣れてもダメだって、よく云われました」
「なるほど、良いお師匠についていらっしゃったんですね」
「はい! ほんの短い間だったけど、自慢のお師匠でしたっ!」
 世間話である。
 思いっきり世間話である。
 頭に花の咲きそうな会話を、けれど、外野は黙って見守った。(約一名強制)
「――『でした』?」
「あ・・・はい、渡り鳥同士の抗争で・・・・・・その・・・死んじゃって・・・」
「それは・・・すいません、配慮が足りませんでしたね」
 おそらく形見なのだろうか、ぎゅぅ、と、銃剣を握る手に力を込めて俯いたを見、クライヴが云う。
「いえ。いいんです。キザイア姐は笑って逝ったって聞きましたから」
 また聞きですけどね、と、照れくさそうに、困ったようには笑う。
「……キザイアさん……ですか」
「結構有名な女渡り鳥だぜ。義賊的な奴で、ある処からふんだくった金は自分の懐に納まる以外は、ない処に分け与えてたんだと」
「はい、そうです! キザイア姐を知ってるんですか!?」
 顔を輝かせて、がギャロウズに迫った。
 好みの範疇ではないらしいが、女性に迫られて嫌な気分はしないらしい。ギャロウズの顔がゆるむ。
 ついでに、ジェットを押さえつけていた手も弛んだ。

「ッのヤロウ! いい加減放せッ!!」

 どかっ! げしっ!

 ヴァージニアとギャロウズの手を同時に跳ね除け、ついでにギャロウズには蹴り一発お見舞いしてジェットが再び自由の身に。
「ああッ! ギャロウズ、手を放したのね!?」
「おおうッ、すまん、つい!!」
 両手を合わせて大仰に謝るギャロウズ。
 が、そんなもんは視界に入れようともせず、ジェットはずずいとに迫る。
「で! アンタはなんだってこのアガートラームを扱えるんだ!? これは俺にしか――むぐ。」
 にこにこ笑いながら、クライヴがジェットを抑え込む。
 何しやがる、と、すさまじい怒気の混じった視線にも、けれどクライヴは臆さない。
 たいした肝の据わり具合である。
 身をかがめて、ジェットの耳にだけ聞こえる程度の声で小さくささやいた。

「――それを訊くのなら、あなたにしかアガートラームが扱えない理由を、彼女に説明しないといけませんよ」
「・・・・・・!」

 それはそうだ。
 たいていの人間の認識は、『精神同調さえ出来ればある程度なら他人のでもOK』なのである。
 だがアガートラームは違う。
 何故違う?
 それは竜機の化石ではなく、別の生態金属を用いた物だから。
 何のためにそんな特殊な金属を用いた?
 それはジェットに扱えるアームとするため。
 ジェットは何故、そんな特殊なアームしか扱えない?
 それは自身がファルガイアの――

「・・・・・・」

「あ、あの。わたし何か――」

 黙りこくってしまったジェットと、それからクライヴを交互に見て、心配そうにが云う。
 だが、先ほどまでの勢いをなくしたジェットは、不機嫌そうにそっぽを向くのみで、クライヴも困ったように笑うだけ。
「ごめんなさい、心配しないで」
 そこに助け舟、我らがリーダー・ヴァージニア。
「ジェットったら自分のアームが大切だから、人に使われるのってとても嫌がるの。仲間の私たちにだって触らせてくれないんだから」
「あ・・・そうだったんですか」
 そうしてその助け船を真に受けて、はますます申し訳なさそうな顔になって。
 くるり、クライヴに押さえつけられたままのジェットに向き直った。
 それから、ぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさい」
「・・・・・・」
 そっぽを向いたままのジェットに、困ったように笑ってみせ、は身をひるがえした。
 ティティーツイスターに向かって歩き出し、数歩歩いたところで振り返り――
 にこり、最後に見せた表情は笑み。

「だけど、やっぱりありがとう! あなたたちが通ってくれなかったら、を取り返せないところだった!」

 それだけ云って、ヴァージニアが何か云い返すより先に走り出す。
 先ほどジェットもヴァージニアも引き離した俊足はここでも健在で、すぐにの姿はティティーツイスターの壁の向こう、人々に紛れて消えてしまった。


 待って、と云いかけた口を閉じ、ヴァージニアは後ろを振り返る。
 ようやっとクライヴから解放され、不機嫌そうに地面を蹴っているジェット。
 それを見て、まだまだですねえと苦笑しているクライヴ。
 やれやれ、と、両手を持ち上げているギャロウズ。
 旅の仲間3人を均等に視界におさめ、ヴァージニアは頭のなかでことばをまとめ始めた。
 自分たちはお尋ね者だが、まあ、この町はそういう人間ばかりが集まる処だ。
 ハンフリースピークは、徒歩だと辛いが、砂上艇でなら数日かからずに着けるだろう。
 なんだったら、ちょっと目立つがロンバルディアで一気に進んでもいい。

 うん。大丈夫、かな。

 ひとり大きく頷いたヴァージニアを、3人が不思議そうに見た。
「あのね……」
 それを機にして、ヴァージニアは口を開く。

 すなわち――
 あと数日、ティティーツイスターに滞在する気はあるかどうか、仲間たちに訊くために。



   そして、これが物語のはじまり。


■BACK■



えー......えらくまあ、夢小説に向いてなさそうな、
っていうかコレ、夢小説って分類できるんでしょうか。
ただのオリジナルキャラの出たパロディ小説じゃん?と云われればそれまでですな。
でも頭のなかでこねくりこねくりしてたんで、やっと書けてよかったなぁと。
また主人公さんに謎設定がくっついてます。
......まあ、アガートラーム撃てた時点で、あからさまに普通の人間ぢゃないですが。
でも普段使ってるのはバイアネット。......続き書いてもいいですか?(小声)