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とりあえず妻と娘に無事を伝えたいクライヴと、やはり弟(と祖母)に逢っていきたいギャロウズは、先にティティーツイスターを後にした。 ヴァージニアも叔父と叔母に報告しなければいけないはずだが、ニーズヘッグパスに行く途中に寄る、と云って残っている。 しばらく身を隠そうと思い定めた場所は、そのとおり、ニーズヘッグパス――の、向こうにあるユグドラシルの地。 ニーズヘッグパスを通り抜けられる人間はまずいなかろうし、入り口自体がそもそも見つけにくいのだ。 指名手配から逃れるには、絶好の場所だった。 そして、本来なら挨拶を終わらせたあとはすぐにもそこに向かうはずだったのが。 ヴァージニアとジェットは、まだティティーツイスターに滞在していたのである。 クライヴとギャロウズを見送って、アンジェラの店に宿をとった翌日。 「・・・ジェット、いつまで機嫌悪くしてるつもり?」 一晩眠ってちょっとは持ち直したかと思いきや、ジェットは相変わらず眉根を寄せていた。 昨日あの少女にかかわってから、ずっとである。 気持ちは、まあ、判らなくもないけれど。 ちらりとヴァージニアが視線を向けた先には、ジェットの銃、アガートラーム。 ジェットの扱える唯一のアーム。 逆に云うなら、唯一ジェットだけが扱えるアーム。 それを目の前でいともお手軽に使われたのだから、考え込んでしまうのも判るけれど。 これじゃ朝食が美味しくない。 食事は美味しく食べるもの、という信念を持つヴァージニアは、さてどうやって彼の気分を変えさせようかと思いをめぐらせた。 けれど、それはすぐに解決する。 バタン、チリンチリーン、 扉にさげられた鈴が、開閉の音と一緒に来客を告げた。 2階への階段で手持ち無沙汰にしていたクラウディアが、晴れやかな顔でそちらに駆けていく。 横目でそれを見ながら、あの喜び様は知り合いなのかしら、とヴァージニアが思った矢先だ。 彼女の正面、つまり扉を正面に見れる位置に座っていたジェットに目を戻すと。 実に珍しく、目をまん丸くした、不良少年が視界に入ったのである。 「アイツ……ッ!」 ガタン、と、実にあわただしく席を立ったジェットの動きを追うように視線を転じ。 ――ヴァージニアも目を丸くした。 「お久しぶりです、クラウディア。アンジェラさんも!」 「さんこそ……今度は何のお仕事に行ってたんですか? 随分顔を見せてくれませんでしたね」 「そうだよ、まったく。あんたはうちの娘みたいなもんなんだから、ちゃんと連絡は入れておくれ」 「えへへ、ごめんなさいー」 クラウディアと、いつの間にカウンターから出て行ったのか、主であるアンジェラに囲まれて。 携えた銃剣も正に昨日見たままで。 「・・・・・・「おいテメエ!!」 これまたいつの間にあんな近くまで行ったのか、ジェットの声に振り返ったのは、間違いなく。 「・・・あ、昨日の」 =その当人だったのである―― 「おはようございます、お早いですね」 「・・・あ、ああ」 ぺこりと頭を下げたにつられて頭を下げるジェット。 だがすぐに我に返り、 「ごまかされるかッ! おいテメエ、昨日はよくも!」 「・・・?」 「――と、その・・・」 くってかかったものの、はっきり云って文句をつけるようなコトはないのであった。 アガートラームの無断拝借は昨日のうちに謝罪されているし、騒ぎに巻き込んだコトについても以下同文。 ならどうして噛み付いているのかというと、理由はひとつ。 自分にしか使えないはずのアガートラームを何故使うのか、その一点のみ。 なのだが。 アガートラームを普通のアームだと思っているに、それを問うにはまず、昨日のクライヴのセリフではないが、こちらの事情を説明せねばならず。 それを差し置いて聞きだすほどの話術を、残念ながらジェットは習得していなかった。 おそらくクライヴでも無理だろう。 人間、一方的にばかり情報を得るコトは出来ないのだから。 「あ」 ぽん、とが手を鳴らす。 「もしかして、まだ怒ってます? 昨日勝手にアーム借りたの」 「なんだい、そんなことでわめいてたのかい?」 案外心が狭いんだねえ、と、アンジェラまでもが割り込んできた。 「ちッ、違――……くそッ!」 とうとうそれ以上のことばに詰まったジェットが、髪をかきむしって唸る。 しょうがないわねえ、と、ヴァージニアが助け船を出そうかと考えたとき、 「・・・・・・こい!」 「へ!?」 「ヴァージニア! おまえも残ってろ!」 云うだけ云って。 の腕をひっつかみ。 ジェットは宿の外に駆け出した。 ……最初から、素直に、事情を説明するから余所様のいない場所で話したいんだと云えばいいだろうに。 まあこれも性格かしらね、と諦めたヴァージニアは、ぽかんとしていているアンジェラとクラウディアに昨日の経緯をざっと説明するべく、笑顔を作って振り返ったのだった。 勿論、アガートラームどうのこうののコトは、ごまかしながらにするコト決定済みである。 一方ジェットの方は、ヴァージニアがごまかそうとしたそのものずばりを、説明せねばならなかった。 別に秘密にしておく理由はないが、好き好んで他人に云いふらすものではない。 というより、ジェット自身の性格として、積極的に知られたくない。 故に。 このままでは埒が明かないと決心し、を連れ出した先はというと。 廃屋の裏手にまわった、ブラックマーケットに通じる路地裏の、さらに奥まった場所。 普通の人間ならば、間違ってもお邪魔したくないところであるにもかかわらず、は平然としていたのだけれど。 おまけに、 「ねえ」 と、散歩の途中であるかのような気安さで、呼びかけてくる始末。 「ねえ」 「・・・・・・」 「ねえってば、銀髪兄さん」 「・・・このへんでいいか」 「兄さん、人の話を聞いてくださいよ」 ようやっと解放された腕を振りながら、困ったようなの声。 「誰が兄さんだッ!!」 「兄さんは兄さんでしょう。坊ちゃんとでも呼んでほしいですか」 「バッ・・・誰がッ!」 「第一、名前知らないんだから呼び様がないんだもの」 感情を荒げたジェットと対照的に、淡々と。でも少し不機嫌な顔。 そのあたりはクライヴに似ていて、けれど昨日の様子を見るだに、ヴァージニアにも似ていて。 足して、2で割ったような。 ジェットの苦手感覚を増大させてくれそうな性格の持ち主である、と、察したときにはすでに遅し。 第一、の云うコトは正論である。 名乗る暇がなかったといえばそうだが、昨日は、彼女にだけ名乗らせたコトに変わりはないのだから。 「――ジェット=エンデューロだ」 銀の髪を乱暴にかきむしり、顔をしかめてジェットは名乗った。 それから、ちらり、明後日に放った視線を彼女に戻す。 戻して――そこから動かせなかった。 「はい、ありがとう。わたしは、=ね」 燈金色の双眸を細めて。が微笑う。 いつか誰かが、ジェットの眼を暮れの夜空の色だと評したコトを、不意に思い出していた。 それは、対のように。暁の空を染める、太陽の色に似ている少女の眼のせいか。 唐突に、胸を突くように浮かんだ感情を、ジェットは咄嗟に押し込めた。 それから仏頂面に戻り、じろりとを睨む。 「じゃあ、本題に入らせてもらおうか」 「……はあ」 もっとも、目の前の少女は睨まれているということを、別になんとも思っていないらしい。 浮かんでいる感情は、訊かれる内容の予測がまったくつかない故の戸惑い。 本当に、こんな奴に俺は説明するのか、と、途方に暮れそうになったけれど、それでは自分の問いの答えが得られない。 ギブ・アンド・テイク。 ちょっと用途が違うような気はするけれど、今のジェットの心境はそれだ。 もっとも――与えたものと同等の、もしくはそれ以上のものが得られるとは限らない。 それでも。 疑問の解を、欲する自分がいることを、ジェットはよく承知していた。 アガートラームを抜き放つ。 漆黒の装飾を施された、ファルガイアと接するための端末の変容したカタチ。 じっと、それを見つめる。 自分の左腕の延長。自分の相棒。 それをもう一度、他人に預ける決心をするために。 そして。 の目の前に、無造作に、アガートラームがグリップを向けて突き出された。 「・・・・・・は?」 「撃ってみろ」 昨日のあれがまぐれなら、それでいい。 けれどまぐれでないのなら、―― ジェットの思いも知らぬげに、は、きょとん、と首を傾げて。 「・・・いいの?」 「いいっつってんだよ」 それなら、まあ、遠慮なく。 戸惑いながら、が右手をアガートラームに伸ばす。 ジェットの左手は、当然、アガートラームの銃口あたりをつかんでいる。 が触れる。 ジェットは持ったまま。 『――!』 ざぁ、と、風が意識を飛ばした。 それはいつかも見た光景だ。 緑に覆われた大地、澄み通る蒼穹、優しく吹き抜ける風。吹かれ、大地から空へと旅を始めるたくさんの白い花。 現在のファルガイアではありえない光景だ。 ジェットだけが持つ、他の誰も、『知らない』景色。 ――そう遠くない昔、たしかにこの星が抱いていた姿―― 立っているのは自分だけだ。 当たり前だ。誰も知らない。誰も忘れてる。 ……・少しずつ取り戻しているのかもしれないけれど、今は、まだ、誰もが知らないはずの―― 「・・・何これ」 ぽつり。 つぶやく声。 「ッ!?」 風を追いかけるように横を向いていた顔を、正面に引き戻した。 誰もいないはずの、だけど、たしかに声の聞こえてきた方向。 視界に飛び込んできたのは、燈金色。 ざあ、と、風がジェットに向かって吹き付ける。 ――水滴が幾つか、ジェットの頬にぶつかった。 ガシャン! 金属の――アガートラームの地面に落ちる、ちょっとけたたましい音。 意識が引き戻された場所は、まぎれもなく、ジェットがをつれてきたティティーツイスターの裏路地。 アガートラームが地面に転がっていた。 渡そうとしていたジェットの手も、受け取ろうとしていたの手も。 支えを失ったアームは、自然の法則そのままに、地面に横たわっている。 そしてその先。 眼を丸くして、立つ力を失ったもまた、自然の法則によって地面に座り込んでいた。 視線はアガートラームに注いだまま、小さな声がその口から零れ出る。 「・・・何? 今の」 「見たのか」 「・・・・・・何?」 「・・・見たんだな?」 「だから! あれは何!?」 「ファルガイアだよッ!!」 ガツッ、と、地面を蹴って。 の叫びよりもさらに大きな声で、解を投げつける。 その剣幕に、が身を震わせた。はじめて、怯えにも似た感情を見せた。 どうして。 それを、痛いと思うんだ。この心は。 「……悪ィ」 いつになく素直に、自分でもどうしたんだと自問しながら。 つむいだのは、謝罪ひとつ。 期待か。これは。 世界にひとり、その自分に、もしかしたらと。 そんなはずはないのに、けしてないのに。 それなら、ウェルナー=マックスウェルが、自分だけを育てた理由がないから。 償いのためにジェットを育てたのなら、かの災厄から生き延びたものがあれば、同じようにしていたはずなのだから。 だけれど。 これは期待だ。 だって、今のは、絶対にありえないはずの『記憶の共有』だったのだ―― が身体を起こす。 服についた土を払い、戸惑い顔で見てくるけれど、それを流してアガートラームを拾い上げた。 ざっとチェックして、どこもいかれていないか確かめて。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 無言で、お互いを見た。 「……えと」「あ・・・」 同時に口を開き、 「あ、どうぞ」「先に云えよ」 同時に似たようなコトを云い、 「じゃあ」「なら」 また、同じタイミングで相手のことばに頷き。 ・・・・・・沈黙。 「・・・あー、その、なんだ」 「うん」 意を決して話し出したらば、今度はことばが重なるようなことはなく。 も、こくりと先を促す。 「今の。見たんだな?」 「花畑みたいな風景でしょ? ――うん」 見たよ。 「でも、今のファルガイアにあんな光景はないはずだよね? 最近ちょっと緑が増えたって聞くけれど、まだ、あんな綺麗な景色は見れないはずだよね?」 「ああ」 「・・・・・・説明してくれる?」 「・・・ああ」 何がどうなって、こういうことになったのか。 本来、アガートラームを何故扱えるのか、それを聞きだすだけのつもりだったのに。 予定は大きく狂ってしまった。 何の因果で、こいつと出逢うことになったのか。 アガートラームを揮うことが出来、あまつさえ同じ景色を共有するコイツと。 あの一連の騒動がようやく終わった今ごろになって、どうして、また。 けれど―― 同じものを見た。見れる人間など、いないはずなのに。 記憶の共有を得た。 誰ひとり、知らないはずのその光景を。 それが、何かに形を変えてジェットを動かす。 ならば。 「こいよ」 「どこ行くの?」 くるりと身をひるがえすと、小走りについてくる足音。 振り返りもせず、ジェットは短くそれに答えた。 「さっきの宿だ。――長い話になるからな」 『共有』してやろうじゃないか。その想い出さえも。 それだけの何かを、見出した自分の感覚を信じてみてもいいだろう。 |
と、いうわけでジェット夢になりそうです。 でもジェイナスとも関係あったりするんですけど(笑) 一応続いていくと思います。主人公のコトに関しても、謎がちらほら。 あああ、謎が謎を呼ぶ前に、いっこずつ解決させていきたいです。 つーかジェット、やっぱり一人っ子でさみしかったんだね(違ッ!) |