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幻影投影


 長い長い、物語をしよう。

 アンジェラの宿に舞い戻り、事情を説明し終わっていたヴァージニアと合流したジェットは、を引っ張ったまま2階の部屋へ直行。
 食べ物も飲み物も持ち込んで、準備は万端。
 クライヴとギャロウズに黙ってそれを行うコトに、最初、ヴァージニアは難色を示した、けれど。
 アガートラームと同調したうえに、ジェットだけが知る景色まで共有したことを聞き、決心したようだった。
 彼女流に云うならば、との出逢いはただの偶然では片付けられない、ということで。


 長い長い、物語が始まる。

 嵐の夜に端を発したそれは、最初こそ、渡り鳥たちにとっては日常の範囲。
 同業者との抗争も、ひよっこ渡り鳥の成長も。
 追い求めた父の背中、そうして、世界を変貌させようとする集団との因縁。
 世界が荒廃した原因。誰もそれを知らない理由。
 魔族との戦いと、人間、という種の真実と。
 ジェットという存在の、真実。

「・・・なるほど」
 とつとつと、思い出し思い出し、語られる話。
 黙って聞いていたが、顎に指を当ててつぶやいた。
 視線はヴァージニアから、少し離れた部屋の端に座るジェットに移動する。
 それから、彼の傍に立てかけてあるアガートラーム・・・銀の左腕に。
「それは普段わたしたちの使う、ドラゴンフォシル以外の材料からつくられた特別製で……」
 はて、今それを聞いたばかりの自分が口にしても良いものか、と、一瞬逡巡したを、ちらりとジェットが見る。
「――ファルガイアサンプルである、俺にしか使えねえはずなんだ」
「それを、わたしが使った、と・・・」
「そうなの。私たちが驚いたの、判るでしょ?」
「うん、よく判った」
 物語自体はまだ続くけれど、それは今現在の状況には、もう関係あるまい。
 ジェットの存在、アガートラームというアーム、その特性。
 それは特殊なものなのだと、は理解したようだから。
 けれど。
「でも」
 眉を少し下げて、は自分のアームを引き寄せた。
 バイアネット。それこそ、通常のアームである。
 扱いにはコツを要するものの、裏返せばコツさえつかめば使いこなせるようになるわけで。
 刃の部分を握るのは危ないので、はそれを横抱きにしてジェットの方に歩み寄った。
「・・・これ」
 複雑な表情で差し出された、『』。
 わたしがアガートラームを君と共有できるのなら、君はをわたしと共有できる?
「……」
 緊張した面持ちのヴァージニアが見つめるなか、ジェットはに手を伸ばす。
 指先が、銃身のなかほどに触れる。
 紫の双眸が、少し翳った。
「いや、使えねえ」
 同調することが出来るなら、触れただけでその性格が判る。
 一部とみなす感覚の、ほんの一端だけでも起こる。
 少なくとも、ジェットとアガートラームに関してはそうだ。
 確認したことはないが、アームを使う人間は、皆同じようなものではないだろうか。
「……でも、はアガートラームを使えるわけよね?」
「うん、そのはず」
 ジェットに目で断って、の手がアガートラームに伸びる。
 利き腕である右腕はを抱いているから、空いている左の腕。

「・・・あれ?」

 指先が触れるか触れないかのところで、はぱちぱちとまたたきをした。
「あれれ?」
 一度手を引っ込めて、まじまじと見て。
 それからもう一度、アガートラームに。
「・・・・・・あれ・・・・・・?」
 再度引っ込めて、今度は自分の手とアガートラームを見比べて途方に暮れた顔。
「……どうしたの?」
 ヴァージニアが問えば、弱りきった声で、
「感覚がない・・・」
「え!? 使えなくなっちゃったの!?」
「・・・判らない・・・」
 と、実に頼りない返事。
 だがその目の前で、ジェットがおもむろに自分の右腕と左腕を見比べ始めたので、ふたりの注意はそちらに向いた。
 すい、と。
 実に無造作に、ジェットの右腕がアガートラームを掴む。
 グリップを握った右の手のひら、その人差し指は当然トリガーにかかり、
「ジェット!?」
 いったいどうしたのかと、ヴァージニアが叫ぶけれど。
 ジェットは構わずに指に力を入れ、

 ――ガチ、

 聞こえたのは覚悟したような銃声ではなく、金属がぶつかり、停止した音だけ。
「……へ?」
 とっさに傍にあったクッションをつかんで頭に乗せていたが、間抜けな声をあげる。
 ていうか、クッション程度で銃撃が防げるか。
 そのに、アガートラームの銃口が向く。
 反射的に閉じられた燈金色の瞳だったけれど、

 ガチッ、ガチッ、

 繰り返す音に、おそるおそる伏せていた瞼を持ち上げれば、やっぱり、アガートラームから弾は出ない。
「・・・弾切れ?」
「アンタじゃあるまいし」
「どーいう意味よ!?」
 ぽつりとつぶやいたに、しれっと返すジェット。そして怒り出す
 黙ってそれを見ていたヴァージニアが、はっと目を見張る。

「・・・・・・『銀の左腕』・・・!?」

 それはアガートラームの名の由来。
 からかいを含んだまなざしでを見ていたジェットが、表情を改めてヴァージニアに向き直った。
「おっさんは云ってた。『これは、おまえの左腕の延長なんだ』ってな」
 まさに文字通り、俺の左腕でしか扱えない代物ってわけだ。
 もっとも、そう云うジェットの表情にも意外な念がありありと浮かんでいて。
 思いついて試すまで、予想もしなかっただろうことが、はっきりと判る。
 そうして紫の瞳が再び、をとらえた。
「【右腕】じゃどうだ?」
「……やってみる」
 をヴァージニアに預け、右腕をアガートラームに。
 見守るヴァージニアの目の前で、まるで吸い寄せられるように、の手のひらがアガートラームのグリップを握る。
 それはジェットがそうするときのように、一分の違和感さえ感じさせない、――そう、これは同調。

 ふわり、風が窓から入り込んで、部屋の空気を乱した。
 風に髪をなぶられるまま、がジェットとヴァージニアを見る。
「・・・撃てそう」
 さっきと同じ、少し途方に暮れた色。
 だけど込められた感情は違う。
 おそらく自分でも判らないのだ。
 どうして、アガートラームと同調を感じられるのか。
 どうして、ファルガイアに通じるという、銀の左腕に受け容れられているのか。
 昨日何も知らずにアガートラームを扱ったときには欠片もなかった感情が、の眼にかすかに浮かんでいた。
 戸惑い、困惑。
 そんなことばで表される感情。

 ――サァ・・・

 風がひときわ強く、部屋に入り込んだ。
「きゃ……!?」
 舞い上がるカーテンがヴァージニアの視界を覆う、その瞬間。
「……わッ……!?」
 何かに。風ではない、何かに驚いたようなの声。
!?」
 叫んだヴァージニアの耳に、
 ガタガタッ!
 と、椅子が蹴倒されるような音が聞こえて。

 カーテンの白さをも包み込む、凄烈な光が、ほんの一瞬。
 知覚出来たのが奇跡なほどの、刹那よりも短い時間。
 たしかに、迸った。

 立ち上がり、カーテンを跳ね除けたヴァージニアの目に真っ先に映ったのは、座り込んで肩で息をしているの姿。
 それからすぐ手前に、から奪ったんだろうアガートラームを左手にぶら下げ、こちらも息を荒げたジェット。
「・・・どうしたの?」
 おそるおそる問いかけた声に、とジェットが同時に反応した。
 焦点の定まらずにいた燈金色の双眸と、何故か険しいものを浮かべた紫水晶の双眸が、殆ど同じタイミングでヴァージニアを見る。
 思わず――ことばを飲み込んだ。

 ひらり。

 ふたり分の視線を遮るように、ヴァージニアの目の前を、白いものが通り過ぎる。
「・・・・・・何?」

 ひらり、ひら、ひらり。

 はらはらと降る、まるで雪のようなそれ。
 ただし雪ではない証拠に、それは床に落ち、横たわっても溶けたりはしない。
 身をかがめて、それに手を伸ばした。
 摘み上げる前に目で確認し、眉を潜める。
「・・・これは・・・」
 それから手袋を外し、剥き出しになった指先で、そっと摘み上げた。
 柔らかい手触り。
 かすかに、心和ませる香り。
 気づけばその香りは、ほんの、ほんの些少だけれど、部屋のなかに満ちていて。

「花びらだわ……」

 こんなもの、あの、花園に住まう少女のいる場所でしか、見た記憶がない。
 今自分たちのいるティティーツイスター周辺は、世界でも荒野化が進んでいる地域だ。
 とても、部屋を満たすほどの香りと、雪を錯覚させるほどの量の花びらが、降り注げるような場所ではないはずだった。
「……何が起こったの?」
 黙りこんだままのふたりに、ヴァージニアは問う。
 解はおそらくふたりが、でなくばどちらかが、持っているのだと確信して。
 そうして、は目を見開いたまま首を振り、ジェットが表情も険しいまま、口を開いた。

「・・・幻が現実になりやがった・・・!」

 ただしそのことばの意味は、すぐにつかめるようなものではなかったけれど。


 そう遠くない昔、この星が持っていた光景。
 そう遠くない昔、誰もが忘れてしまった想い出。
 誰も知らないはずの、緑溢れるファルガイア。
 その一端が、そのときたしかに、彼らの部屋に現出したのだと。

 ――それを素直に受け止めるには、あまりにも、判らないことが多すぎた。



 その日の午後、3人の旅人がティティーツイスターを後にした。
 うちふたりを見て、指名手配のポスターを片手に挑んだ賞金稼ぎがいたけれど、その甲斐もなく返り討ちにあうという光景も見られた。
 彼らを見送った宿の女将と、店員の女性は、しばらくの間入り口に佇んで、彼らの歩いていた方向を眺めていたけれど、やがて身をひるがえして戻っていった。


「一緒に行きましょう、。――ジェットの為にも、貴方の真実を見つけてほしい。
 ううん、私も知りたいの・・・!」

「別に俺のことはどうでもいいが・・・
 自分で自分の正体を知りたいなら、たぶん、俺たちは幾つか手がかりをアンタにやれる」

 だから。

 そうして、差し伸べられた手を握り返した少女の腰には、銃剣。
 ――そのバイアネットの収められた、ガンベルト。
 荒野の風に強く吹かれ、ベルトが一瞬舞い上がる。
 刹那露になったその裏地には、かなり薄くなった文字が刻まれていた。

  ――K to J for you...


■BACK■



えー......やっと、やっとティティーツイスターから旅立ちです...!
とりあえず謎は謎を呼ばずに謎のままですから、この調子なら、比較的早く
主人公さんの真実とやらも判るかも。いや判らないかも(どっちだ)
で、最後の一文。アレです、アレ。ここらへんも、そのうち書いておきたいです♪
語感的にああなったんですが、英語の文法的に間違ってる可能性、大。(ぉぃ)