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馬上にて |
……どんな話が彼らの間で展開されたのか、は知らない。 ただ聞かされたのは、『いつまでも大人数でうろちょろしているわけにはいかないから、ちょうどいいしジェット持っていっていいわよ』というヴァージニアのことばだった。 おいおいそれでいいのかと思ったが、すぐ横にいた当人の反論がないことを見ると、別に無理矢理決定されたわけでもなさそうで。 それならまあ、いいかと。 思ったのも、本音。 『借用書 =(以下乙)より、ヴァージニア=マックスウェル(以下甲) 乙は、甲よりジェット=エンデューロ(丙)を無償で借り受ける。 期限は、乙がアガートラームと同調できる理由を見つけることが出来るまで。 返却場所は、グリーンロッジ。 注:貸出期限中に乙が丙に損害を与えた、若しくは逆の場合に応じて、双方の責は問わない』 「……意味ねえだろうが。こんなん」 「気分よ気分」 第一、自分から行くって云ったんだから、つべこべ云わずに行ってきなさいよ。 そう云って、ヴァージニアはジェットを叩き出した。 とジェットが花園の少女の所から戻ってきた、翌日のことである。 かっぽかっぽかっぽかっぽ。 風の吹きぬける荒野の真ん中、お馬がのんびり歩を進める。 ジョリーロジャーから列車に乗ってしばらく、さらに馬でえんやこらとやってきたのは、ロックランド。 荒野化の進んだこのあたりは、旅をするだけでも一苦労だ。 馬の足も滑りやすかろうに、ジェットは意外にも器用に手綱を操って、転落を免れていた。 ・・・お荷物ひとつ増えているのに、たいしたものである。 で、そのお荷物。 ちょこんとジェットの前に座っているは、相変わらず居心地悪そうだった。 「兄さん兄さん」 「・・・・・・」 「あのー。もう降りちゃだめ?」 「もうすぐ着くからじっとしてろ」 にべもないお返事である。 右手に海、左手にでっかい絶壁を眺めながら、馬は進む。 「……ちんたら歩いてたんじゃ、日が暮れるんだよ」 すこしばかり距離を稼いだ頃、ジェットが云いづらそうにそう云った。 ただし、前に座らされているからは、銀の髪の少年の顔は見えなかったわけだが。 たぶん苦虫噛み潰したような顔、してるんだろうなあ、とは思った。 そりゃあケンカしているわけじゃないけれど、なんとなく緊張してしまうから。 ――世界の雛型。世界との連結。・・・銀の左腕。 そんな特殊な存在と、よりによって意志を通わせることが出来るなんて、自身信じられない。 だけど、アガートラームに触れるたびに毎度毎度あの光景は見えるし、やろうと思えば植物とか出してしまえるし。 曲芸団として食っていけるぞ、と云っていたギャロウズのセリフが妙に笑えた。 ……そのあと本気で銃連射したジェットが、やけに笑えた。 吊り下げた、自分のアームを見る。 銃剣・。 何の変哲もない、普通のアームだ。キザイア姐が見繕ってくれた、今では宝物兼形見の。 「・・・ジェイナス兄・・・」 「ん?」 小さくつぶやいたそれが聞こえたのか、ジェットが怪訝な声を発する。 「・・・ジェイナス兄、死んだんだよね?」 「ああ……」 重ねてそう云えば、くぐもった返事が返ってくる。 「魔族になって」 「ああ」 「・・・そっか、死んだのか」 経緯はとっくに聞いていた。 ただ、どうしても実感がなかった。 だってジェイナスとは、もう随分逢っていない。 ティティーツイスターが彼らの根城で、はそこで世話になっていたのだけど。 キザイアが死んだ後から、ちょっとずつちょっとずつ、逢わない時間が増えて。 ルチオが死んだ後は、もう、全然姿を見なくなった。 それでも、たまに風の噂は聞いた――手段や性格はとにかくとして、彼の腕は折り紙つきだったから。 それが途絶えたのは、しばらく前で。 何かあったのかと、心配していたけど。 あの人に限って、と、思ってて・・・ ・・・思って、いたんだけど。 『死』 そう口にしてしまったら、悪寒が背中を這い上がる。 「……そうかあ……」 渡り鳥で頑張ってれば、いつか、また彼の前に立てるかなと。 守られてばかりいた幼い自分しか、きっと彼はおぼえていないだろうから。 ・・・だいじょうぶだよって。 わたしは強くなったから、一緒に行って、ジェイナス兄を助けるよ、って。 アームだって使える。 難しいって云われてた銃剣だって、ほら。 キザイア姐の代わりにはなれないけど、ジェイナス兄置いて死んだりしないから、って。 仕事についていきたいと云ったら、いつも、 『いいから待ってろ』 と大きな手で押し戻していた、あのひとはもういないんだ。 「・・・連れて行ってやるよ」 「え?」 振り向こうとしたら。 がきっ、と、片手で頭を固定された。 「ちょ……?」 マフラーに顔をうずめてるんだろうか、少しくぐもった声がする。 「あんたの右腕の正体を知るためにも、どうせ行かなきゃならねぇ場所なんだ」 だから、連れて行ってやるよ。 「ジェイナスの死んだ場所に」 きっと何も残ってやしないけどな。 そう付け加えられたけれど。 「それでもいい!」 押さえつける手を弾き飛ばして、振り返る。 やっとこ目の当たりにしたジェットは、やっぱり、マフラーに顔をうずめていた。 チッ、とか云いながらそっぽを向いている、その頬が少し赤い。 ・・・見られたくなかったのかな、もしかして。 もしかしてこの人、結構照れ屋だったりするのかな。 小さく笑って、また、は前に向き直る。 「何がおかしいんだよ」 不機嫌全開のジェットの声。 それでも、前言撤回をしないところは潔いね。 不機嫌オーラを感じながら、それでも笑いをこらえきれずにいると。 遥か先の方に、土煙に紛れて何かが見えた。 建築物だ。距離や見え方から判断して、それなりに大きそうな。 「あれがレイライン観測所?」 指差して問うて。 もう一度振り返る。 いくらなんでももう、照れ顔のままではいないだろう――仏頂面だけど。 「ああ。オッサ……じゃねぇ、ヴァージニアの親父さんがいたところだ」 「ていうかヴァージニアのお父さんと『しちにんいいんかい』とわたしの右腕に、どういう関係が? レイライン観測するのと繋がりあるの?」 「『七人委員会』だ。クライヴから何も聞いてないのかよ?」 「なんか、ファルガイアを緑の星に戻す研究してたんでしょ? で、暴走したユグドラシルっていうののせいで今みたいになったんだよね?」 そのへんの黒幕が、夢魔のベアトリーチェとゆーかわいらしいお嬢さんだった、とはギャロウズの補足。 「俺はあそこで生まれた。七人委員会の研究の産物、『ファルガイアサンプル』としてな」 「へー、生まれ故郷なんだね」 「・・・・・・」 なんで沈黙が降るのかなー。 そう思ったのはだけだったらしい。 がくり、と、ジェットが肩を落としてうなだれる。 云うこたぁそれだけかオイ、とかなんとかブツブツ云っているけれど。 「俺の身体に関する資料が残ってるかもしれねぇんだよ!」 ってことは、左腕と反応できるあんたの右腕に関しても、何かつかめるかもしれねぇだろうがッ! すぐさまがばっと顔を持ち上げ、ジェットがそう怒鳴った。 至近距離だったので、いい感じに頭に響き、今度はが耳をおさえてうなだれ――もとい身をすくませる。 「あ……ああ、なるほど!」 「遅ェ!」 「うわーごめんなさい、でも本当にありがとうー」 「あァ?」 「わざわざ手間かけてつれてってくれて。後何箇所かもまわるって云ってたよね? だから」 指名手配されてるのに、わざわざ隠れ家にも戻らないで、こんな手間かけてくれてありがとうって。 云えば。 途端に、ジェットは口篭もる。 「?」 不思議に思って見上げると、やっぱり、マフラーに顔をうずめてそっぽ向いてる銀髪兄ちゃんが見れた。 「別に。純粋にあんたのためだけってわけじゃねぇよ」 もしかしたら、……きょうだいが、と。 「え?」 「なんでもねぇッ!」 ぽつりとつぶやかれたそれは、誰の耳にも届くことなしに、荒野の風に溶けて消えた。 なんで怒鳴るのよ! 俺が知るかッ! ――と、非常に楽しい会話に意識をとられつつ、それでも目指す場所はもうすぐそこに。 ファルガイアサンプル。 アダム・カドモン。 どこか遠くの童話では、アダムにはイヴがいるのが定説なんだそうだけど。 さて、コチラではどうなのだろう。 なにはともあれ、行く先は『レイライン観測所』 |
レイライン観測所までたどり着きませんでした(笑) ジェットと掛け合い漫才しつつ、意外にふたりとも楽しそうです。 借用書まで書いたのですから、みっちりがんばってもらいましょう。 アダムとイヴ。...いや、どーなんでしょうね。つい書いちゃったんですが。 |