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君の腕



 もう随分と、その建物は放置されたままだったのだろう。
 開きっ放しの出入口には、風に吹かれてやってきたらしい砂がいい具合に積もっていた。
 灯りも殆どないようだが、ほんのり薄明るいということは、他に光源でもあるのだろうか?
 窓の類はないけれど。

「わー、わー、わー、すごいすごいすごーい」

 きょろきょろ、ぱたぱた。
 初めて見るその光景に、覚えるのは物珍しさばかり。
 そのまま駆け出そうとしたら、むんず、と襟首を捕まれた。
「一人でうろちょろすんなッ!」
「わたしは幼児ですか!?」
 犯人こと、ジェット=エンデューロ氏は、ぐ、と口篭もった。
 が、すぐに、
「一応貴重な場所なんだ。勝手にあちこち行くな、壊されたら困る」
「・・・やっぱり子供扱いされてるっぽいんですが・・・?」
 胡乱げに、云っても。
 もう、聞いてさえいないらしい。
 赤と白のマフラーたなびかせて、ジェットはの前に出る。
 そのまま腕を掴んで、ずんずん歩き始めた。



 機械のにおい。シリンダーの軋む音。歯車がまわる震動。
 主にティティーツイスターやら、空の下で過ごしていたには、あまり馴染みのないはずの、それら。
 だけど、奇妙に、知っているような感じがした。
 いや、識っている?

 ほぼ直線と直角でつくられている通路をひたすら歩き、エレベーターに乗って階をのぼる。
 お互い、無言だった。
 は、物珍しさから周囲を見渡すことに余念がないし、ジェットはなにやら表情が硬いし。
 そのうちに、ちょっと広い部屋に辿り着いた。
 壁殆どを覆うように、パネルとディスプレイが据え付けられている。
 入り口でを待たせたジェットは、そのうちのひとつに手を伸ばした。
「……この間、クライヴが色々やって起動させてたんだが……」
 仲間の手順を思い出すように、しばしの間。
 それから、おもむろにパネルを叩きだす。
 ピ、ピ、と、電子音。

 ・・・沈黙。

「――クソッ! 動けッ!!」

 ゴスッ! と、蹴りを入れる音。

 おいおい、兄さん……

 まったく反応なしの機械に苛立ったか、ジェットがパネルを蹴り飛ばす。
 壊すなって云っといて、自分は何やってんだヨ。
 思わず半眼になったの前で、けれど、ヴィイィィ……と、何やらが起動する音がした。

 パッ、パッ、と、ディスプレイのひとつが次々と映像を切り替える。
 何かの記録なのだろうか、7人の男女が作業をしている風景や、レポートのような文字の羅列や。
 それから、大きなガラス筒に入っている――
「……へ?」
 満たされた液体と、そもそもの映像がすでに劣化しているのだろう。
 相当に見づらいその映像のなか、浮かび上がる銀色だけは妙にはっきりと見えた。
「・・・ゾッとしねぇな・・・」
 苦い顔でジェットが云い、やっとを振り返る。
 手招きに従って傍に行くと、銀色がますます鮮明に見えた。
 ――目の前に立つ少年と同じ色。
「話しただろ。アダム・カドモン。……ファルガイア・サンプルの記録映像だ」
「……」
「俺はこうして此処で生まれたらしい。記憶なんて殆どねぇけどな」
「……」
 ぽかんと。
 口を開けて映像に見入るの横に立ち、ジェットは淡々と告げる。

「その後、研究施設が手狭になったんだかなんだか知らねぇが、ユグドラシルに移動されたみたいだな」

 連れてきてはみたものの、ジェットはその映像を好いてはいない。
 自分があくまでも人の手でつくられたものなのだと、思い知らされそうで。
 だから、なるべく画面を見ないように、そっぽを向いていたのだけど。

「小さい兄さんかわいい〜……」

「だからなんでそういう感想しか出ねぇんだよッ!?」

 バッ、と。
 向きなおった先には、ほんわかと笑んでいるの顔。
「えー、いやだってかわいいっすよ? ほっぺたつつきたい〜」
「つつくなッ!!」
「いやいや、今の兄さんをつっつこうとは思いませんのでご安心ください」
 ちょっと持ち上げられたの腕に過剰反応して後ずされば、けらけらと笑い声が返される。

 ・・・脱力。

 それでも、なんとか気を取り直して口を開こうとしたら。
 打って変わって、真摯に画面を眺める横顔が目に入った。
 ことばは呼気に変わって口からこぼれ、それはため息と呼ばれるものになる。
「……ここ、研究所だったんだよね?」
「ああ」
「当時の資料とか、残ってるのかな?」
「……らしい場所はあるけどな」
 応えて、壁の一角に向かう。
 適当にいじくってやれば、かすかに音を立てて隠し扉が姿を見せる。
 ――もう、は驚きさえせずに、黙ってそれを見ていた。



「ファルガイア・サンプル」
「アダム・カドモン」
「人の手によってつくられた、世界の子供」

 ・・・同じもの?

 ・・・同じ存在?

「あった」

 機械はほとんど停止しているため、見られる資料といえば、当時の日誌だとかレポートぐらい。
 紙自体かなり劣化したものもあったけれど、なんとか目的のものは見つけ出せた。
「このへんだな。……こりゃ、オッサンの字だ」
 委員会のほかの人間ではなく、やはりあの男自身が一枚かんでいたのだと。
 確信も深く、ジェットはを呼び寄せて、文字の列を指で追う。

 曰く、渡り鳥の女性が、一人の捨て子をつれてここを訪れたこと。
 その子供の右腕は、細菌性の病によって腐りかけていたこと。
 治療法はなく、腕を切り落とすしかなかったこと。
 その際に、

 未だ実用化には至っていなかった、ファルガイア・サンプルにおけるもうひとつの理論を実験的に試行したこと。

「世界の雛型という純粋な構成物のみでは、人間の身体に拒絶反応を起こし定着しない」

「よって、我々は媒介のためにまず少女自身の細胞を用いた」

「それから・・・」

 文字を口にする前に、普通は目が先に情報を脳に届ける。当然のことだ。
 頭を突き合わせてレポートを読み進めていたジェットとも、例外ではなく。
 そしてふたりは、ほぼ同時にそこに辿り着き、同じように絶句した。


 息詰まるような数秒のあと、おそるおそる――先に口を開いたのはだった。

「基本的な処置は決まったが、問題は切り落とした腕の骨だ。細菌に侵されていた骨を、まさかそのまま用いることは出来ない」

「細胞から育てるにしても、雛型から生み出すにしても、時間がかかりすぎる。骨に相当するものの用意は急務と云えた」

 そこで、

「我々の扱えるなかでも最高の強度を誇り、そして成長もする物質・・・ARMにも用いられる生体金属・ドラゴンフォシルをこれに用いた」


 世界の雛型と、人間と、そして魔族の一種と云われているドラゴンの化石。
 それらがうまく融合するかどうかは、果たして賭けだったと記されている。
 が、その数日後の頁には、少し高揚した字で続きが記入されていた。


「我々は賭けに勝った。ドラゴンフォシルとその子供の細胞、そして世界の雛型たるものは生命活動を始めたのである」

「経過は良好。子供の成長に従って、その腕も不自然でない程度の成長を見せているようだ」

「我々の研究はまた、ひとつの大きな進歩を遂げたのである」


『・・・・・・・・・・・・』

 ふるふる、小刻みに身体を震わせているジェットに気づいたが、心配そうに彼を覗きこんだときだ。

「人体実験してんじゃねぇぞテメエらッ!!!」

 ――と、実に元気よく叫んだジェットが、レポートを壁に投げつけた。
 元々かなり劣化が進んでいたらしいその紙の束は、衝撃で散らばるどころか、粉々に砕け散る。
 貴重な証拠品が塵と化した衝撃よりも、ジェットの憤りっぷりがの驚きの大半を占めていたらしい。
「・・・に、兄さん?」
 だいじょぶっすか?
 ぜぇはぁ、と。
 肩で荒い息をしているジェットの前で、手をぱたぱたと振る。
 ――右手を。
 世界の雛型と魔族の一部と人間自身がごっちゃになっている、その右腕。
「……なんともねぇのかよ」
「は?」
「あんた、自分の腕がそんなだったってのに、なんともねぇのかよ!?」
 平然とした、さっきまでと変わらないの仕草に、逆に怒りさえ覚えた。
 人命救助と云えば聞こえはいいが、委員会の連中はそれを良いことに、ちょうどとりかかっていた実験をこの娘で試したということではないか。
 しかも。
 それは、ジェットという存在を生み出すための実験から生み出された、理論で。

「え? でもほら、別にこれといって問題ないし」

 が、ジェットの怒りの原因がいまいち判っていないらしいは、持ち上げたままの右腕を示してそう云った。
「・・・・・・」
 ぽかんと。
 自分を見るジェットに、は笑いかける。
「いやあ、これで手がARMに改造されてたら泣けたかもしれないけど、いや、それはそれで便利だったかもしれないけど」
 生憎この手ってば、ぱっと見、何処からどう見ても普通の人間の手ってことで違和感ないでしょ?

「特別なことって云ったら、ジェットのARMと共鳴して植物出しちゃうくらいだし」

「・・・それだけで充分異常だろうが・・・」

 そうかな?
 小さく笑って。が右腕を差し出した。
 その仕草の意を汲んで――少し、ためらって。
 ジェットは、アガートラームを左手で引き抜き、その手に乗せる。

 すぐに。
 緑が見える。
 蒼穹が映る。

 ――かつて在った世界の姿が、アガートラームを媒介にしてを通じ、顕現する。

 が、大きく息を吸い込んだ。
「わたしはこの景色、好きだよ」
 ジェットは?
「……別に、嫌いじゃねぇよ」
「素直じゃないなー」
 ぱ、と。
 の手が離れると同時に、景色は消えた。
 機械のにおいのする、埃混じりの部屋に再び彼らは戻る。
 知らないはずの景色。
 知っている光景。
 ・・・誰も。今では知らないはずの、世界の雛型にだけ刻まれた記憶。

 それを。……持っているのだ。も。



 これからどうするよ?
 そうジェットがに問い掛けたのは、レイライン観測所から一歩外に出たときだ。
「これから、て?」
「あ――いや、あんたの右腕の事情は、ここではっきりしただろ?」
 予定じゃユグドラシルまでだったが、はっきりしたんならこれ以上何か調べる必要はないんじゃないか?
 そう云いながら。
 どうしてか、背中がむずがゆいような。
 少し後ろめたいような。
 そんな気持ちになる理由が、判らない。
 でも。
「あ、そっか」
 ぽん、とが手を打って、
「ヴァージニアたち待たせちゃってるもんね。いつまでも兄さん連れ出しとけないか」
 それじゃあ、そのユグドラシルまでの道教えて?
 と、納得したように云った直後。

「なんでそうなるッ!?」

 ――そう、思わず叫んでしまったのは、反射的なものだった。

「え。だってわたし、ユグドラシルには行きたいもん。右腕どうのじゃなしに」

 きょとん、と。
 手を打ったポーズのまま固まったが、答える。
「だって、ジェイナス兄が死んだ場所なんだよね? わたし、ちゃんとお別れしたいし」
 ちゃんと、死んだ事実を認めたい。

「わたしのなかじゃ、ジェイナス兄は、まだ死んでない」

 ティティーツイスターに、放り出されたあの日の後ろ姿のまま。
 じゃあ俺たちはもう行くからな、って。
 また来るから待ってろよ、って。
 そう云って、出て行ったときのまま。

 だから、ちゃんとお別れを云わなきゃいけないと思う。

 とうとうと。告げる、を見て。
 ふと――思い出したのは必然だろうか。
 十年以上も姿をくらましていた己の父を探していた、ヴァージニアと。
 姿を重ねてしまったのは、当然だろうか。

 けじめを、決着を。
 気持ちの整理を。

「……チッ」

 舌打ちひとつ。
 こぼして、手を伸ばした。
 利き手でもある、左腕。
「行くぞ!」
「へ?」
 つれてってくれるの?
 仲間ほっといていいの?
 そう云いたかったのだろう。
 けれどがそれを紡ぐより、ジェットがことばを形作る方が早かった。
「どうせユグドラシルの近くにゃ、俺たちが身を隠そうとしてた場所があるんだよッ!」
 さっきのは、いつまでもお尋ね者と一緒に行動してたら、あんたの身がヤバイんじゃないかと思っただけだッ!!
 一気呵成にそう云ったら。

 ぱぁ、と。の表情が晴れやかになる。

「ありがと兄さん!」

「兄さんじゃねぇっつってんだろが!!」


 ――だけど。
 同じものを持ち、同じ景色を見ることの出来る。
 そんな君たちは、ヴァージニアとジェットとは別の絆で、『兄妹』と云えるのではないですか?
 そうクライヴが笑顔で告げるのは、彼らが再び合流してから後のことだけれど。


「では仕切りなおし。ありがとジェット!」
「いちいち抱きつきなおすんじゃねぇ――!」

 蒼穹に。楽しそうな声(約一名除く)が響き渡る。


■BACK■



無茶苦茶やってますが、理論的に可能だったのかどうかは
出来ればつっこまないでいただきたいところです(笑
でも、世界は人間が生きることを許してくれてるんだから、助かろうとしてる
命を拒絶するってことはなかったと思うんですよねー。