- /..prologue -


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 ――ゆめをみる。
 あかくそまったそらと、くろくぬりかえられたつき。
 もえさかるほのおと、ただれてゆくだいち。

 視界のすべてが、赤と黒に染まっていく中――



 ……黄金が、そこに在った。





 覚えているのは赤い空。
 浮かび上がった黒い月。
 溢れ出ていた呪いと怨嗟。
 ――どこから? どこへ?

 くろいたいよう。
 まっくろなのろい。

 赤い空に穿たれた黒い穴から流れ出すのは、現身を持った呪いの奔流。
 視界に入れるだけで、否、あれの存在を知っただけで、人は恐怖に塗り潰される。
 いや、恐怖だけですむなら僥倖。
 すべての心と身体を蝕んで、あの闇は現界するのだから。

 あかいそら。
 もえあがるまち。

、逃げろ……」

 ――あれは、人間の手に負えるものじゃない。

 瓦礫の下に半身を置いた父が、最後の力でそう云った。その下にかばわれた母は、だけどすでに事切れている。
 居間で寝てたはずの子猫の姿はどこにもない。危険を察して逃げたのか、それとも、原型さえ見れなくなってしまったのか――
「でも」、
 父と目をあわせるためにしゃがみこんだまま、首を振る。横に。
「そしたら、あれは誰が止めるの?」
「……」
 父は答えなかった。――もう答えられる身体ではなかった。
 死んだひとは冷たくなると聞いていたのに、何故、熱いのだろう。それは周囲の熱の照り返しだったけれど、そんなこと判る由もない。
 だけど別のことなら判った。
 あれを止められる者など、おそらく、いようはずもない。
 唐突に現れた黒い月。そして、何の前触れもなしに噴き上がった炎。
 あれはまさしく地獄の現界。

 くろいたいよう。
 たけりくるうほのお。

 そんなのだめだ。心のどこかがそう云った。
 眺めてるだけで何もしないの、だめだ。
 だって声が聞こえる。
 炎のなかから、たくさん、たくさんの嘆きが聞こえる。――泣き声が聞こえる。
「だって、お父さん! たくさん、誰かが泣いてる……!」
 そう云った瞬間だった。

 ひかりがほとばしった。
 やみをきりさいてはしったほしのひかり。

 ――声が聞こえた。

 場に満ちる苦痛を、一瞬でも吹き飛ばし、響き渡った声。
 嘆きでも怨嗟でもない、貴き声。


 ――約束された勝利の剣――!!


 安心した。
 世界を塗り替える劫火のなかでも、立ち続けてくれた人がいたんだと。
 あんな黒い闇を、吹き払ってくれた人がいたんだと。
 光が走った方向に、人影が見えた。
 本当に見えていたかどうかは、判らない。煙と熱にやられて、視界はかなり朦朧としていたから。
 ただ――闇が消えていくのだけは判ったから、安心したのだ。
 最後のあがきのように雫を撒き散らして、それでも闇は消えてゆく。

「……!?」

 その闇を。
 誰かが、浴びた。
 それだけは何故か、はっきりと見えたのだ。

 ――だれかが、あそこにいる。
 ――いきているだれかが、いる。

 黒焦げになって横たわる父に、頬を摺り寄せた。
「お父さん――」
 うん、と。
 もうこちらを見ていない瞳が、――一度だけ、うなずいたような気がした。
“おまえは行きなさい”
 ――生きなさい。
 心にうまれた、そのことば。
 父が最後にくれたのか、それとも、自分がほしかったことばなのか。
 判らないまま、立ち上がる。
「……いくね」
 走る。
 煙を避けて、なるべく低い姿勢で、腹ばいに。だけど、出来る限りの速さでもって。
 父にもらった護りの効力が、まだ持続してるうちに。

 声が聞こえる。
 さっき響いた声は、すでに欠片もなく。
 周囲に溢れかえるのは、痛みと苦しみと怨嗟と悲鳴。

 タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ

 ――――

 そのなかを、走る。
 視界の端に、抱いた子供ともども黒焦げになった母親がいた。
 さっき通り過ぎた地面には、あらぬ方向に身体の捻じ曲がったひとがいた。
 目の前の瓦礫には、何人かが山をつくって放り出されている。

 クルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイ

 ―――――――――

 満ちる怨嗟。
 溢れる悲嘆。
 ああ、ここにいるだけで、すべてがそれに汚染されてしまいそう。

 タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ
 クルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイクルシイ

 走る。
 炎と呪いと怨嗟のなかを、ただ、生きている誰かのもとにひた走る。
 ……だからといって、何が出来るものか。自分に。
 できることはせいぜい、最期を看取ってやるくらい?
 だけど。
 それでも。
 この地獄を抜けた先に、生きた人がいるのなら、それは。


 ……そうして。
 熱と煙のなかを進んだ先に、――――

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