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 ――遠い、遠い昔のことだ。
“僕は正義の味方になりたかったんだ”
 ゆめみるように、うたうように、彼はそんな夢物語を口にした。

 そんな、どうしても手の届かない理想郷を臨む眼差し。
 それが出来なかったのだと、悔やむような嘆くような口調。

 ――最期の最後。
 ゆめにみるほどに、くちずさんでしまうほどに。
 渇望して叶わなかった望みを紡がれて、誰が、聞き流すことができるだろう。
 それまでにも何度か、彼と彼らは似たようなことを話してきたけれど、そのいずれよりも鮮明な記憶がこのときのもの。
 ひとりの少年を火事から救った彼。
 ひとりの少女に家族をくれた彼。
 そんな彼を、彼ら……子供たちは大好きだった。それこそ、正義の味方めいた感情を覚えるほどに。

 ――だから。
 子供たちは、身を乗り出して。

“心配するなよ、ジイさん”
“だいじょうぶ、お父さん”

 ――あなたのねがいは、じぶんたちが、きっとかなえてみせるから――

 彼は、一瞬驚いたように目を丸くして。
 ああ……と、大きく胸を上下させた。
“――うん”
 ありがとう。
 声にならないつぶやきは、たしかに、子供たちの耳に届いて。
 彼が喜んでくれたことに、子供たちは喜んだ。

 ならば叶えよう。
 ならば頑張ろう。

 それがどれほどに遠いものであろうとも、それがどれほどに儚いものであろうとも――

 そうして、彼は、子供たちの身体を抱き寄せてつぶやいたのだ。

“君たちは、君たちの心が目指すゆめを目指してほしい”

 ゆめみるように、うたうように。
 ああ、そのときはこれこそが、まごうことなきかれののぞみ。

“正義じゃない正義を、そして見つけきれると”

 そして、置いていく子供たちへ。

“僕の描いたゆめを、悔いなく越えてくれると”

 いのるように。ねがうように。

“……僕が信じているから”

 ――そのことばの意味を。
 ――そのときの彼の思いを。

 はきと掴むことのないまま、今、ただ時間だけが流れて過ぎて。

 ただ心がけてきたのは。
 いつか振り返ったとき、いつかきょうだいと話すとき。
 互いが互いの心にけして、恥じることなく生きてゆこうと――

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