- セイバーは、真っ直ぐに俺を見ている。 俺の答えを待っている。 その眼差しから目を逸らすのは、きっと失礼だ。 だって、理由や原因が判らなくても、俺がセイバーを喚び出したことに変わりはない。そしてセイバーは、戦いの勝者に与えられる聖杯を求めてその召喚に応じた。 だっていうのに、その召喚主は聖杯戦争のことなんて欠片も知らなくて、戦いたくないとか云ってるんだ。 いや、それを翻す気はない。ちっともない。まったくない。 だけど、サーヴァントなんてものになってまで叶えたい願いがあるっていうセイバーのことを考えると。「俺マスターにはなりませんからさようなら」なんてやってしまうのは、ただの責任逃れ。 ――いやまあ、正直。 遠坂やランサー、セイバーから突きつけられた現実を踏まえて、俺なりに考えてはみたのである。 つまりあれだ。 どうしてもこんなバカげた戦いが始まって、誰かと誰かが殺しあうっていうのなら。 それを知った、俺たちは。 この衛宮士郎と衛宮が、とるべき道など決まってる。 遠坂は云った。 勝つために戦うのだと。 ランサーは云った。 聖杯そのものに用があるわけじゃないと。 そうして、俺もも、きっと聖杯なんて要らない。 そんなふうな、誰かを犠牲にした先にしか得られないものなど――たとえそれが、魔術の領分にある人間にとってどれほどの垂涎ものだとしても――要らない。不要。 うん。 だったら。――だったら、さ。 この場に集うやつらがみんな、要らないって云ってるんだから。 もしかしたら、イケるかもしんないじゃないか。 「セイバー」 「はい」 呼びかけると、語尾に被せて応えられた。 むむ、もしかして待たれてたんだろうか。 「さっきの話。あれはおかしいと俺は思う」 「――――」 「聖杯が在って、一人にしか使えなくて、それを巡って戦うってんなら……それだけなら、こんなふうに考えなかったかもしれないけどさ。そのためにサーヴァントを引っ張り出して戦わせて殺し合わせて、それで最後の一組まで、っていうのが気に入らないんだ」 「……」 碧の双眸は、静かに俺を眺めている。 その眼差しからは、彼女がどんな感情を抱いてこれを聞いているのか読み取れない。 けど、これだけは伝えなくてはならない。 出来るだけの誠意をこめて、俺は、俺の考えるところをまず彼女に伝えねばならないのだから。 「……では、マスターは聖杯を求めて戦う気はない、と?」 「ああ。聖杯のためには戦わない」 「――!」 ざわ、と。 それまで凪いだ海のようだった瞳が、セイバーの周囲の大気が。大きく波立った。 ちょっとでも動けばそのまま噛み切られそうな。大型の肉食獣を前にしたような。――うちの猛虎はおいといて。 だが怯えるな。 だが退くな。 全部告げるまで、この目を逸らしたりはするな―― 「聖杯のためには戦わない」 繰り返す。 「俺は、こんな戦いを止めるために動きたい」 「……それはつまり、聖杯を求めないということでしょう」 「なら、セイバーはいいのか?」 聖杯のために誰かが死ぬ。 聖杯のために人が傷つく。 戦いの果ての結末ではなく、“最初から用意された”筋書き。 そんなのは、聖なるイメージからほど遠い。血と怨嗟の刻まれる、聖杯と名のついた呪いの壺だ。 この涼やかな少女はきっと、そんなことを是として受け入れたりはしないと思った。 「セイバーは。それを笑ってこなせるか?」 そうして。 思ったとおり、それまで微動だにしなかったセイバーの目が伏せられる。 「…………そういう云い方は、卑怯です」 「卑怯なもんか」 拗ねたようなことばが、やけに年相応に思えて。弛む頬を叱咤して応じる。 が、それは少し早かった。 「それでも、私は聖杯を必要と――」 「うん。だから、ちょっと譲歩してくれると嬉しい」 「え?」 頑なに云い募ろうとしたセイバーを遮って、提案する。 「この土地の聖杯、って遠坂は云った。だったら、聖杯には種類とか程度とかそういうのがあるんだと思う。だから俺は、ここの聖杯がいったいどんなモノなのか調べたい」 「……」 「まずはそれからだ。聖杯が、俺にもセイバーにも納得出来るものかどうか確かめたい。当然、生き抜くことが前提だから戦争の条件にも反さないだろ?」 「保留する、というわけですか? まずは聖杯の本質を見定めるが先、と?」 「ああ」 「だが、他のマスターはそうはいかないのでは? 彼らに襲われたときも、今のように云って戦わないのですか?」 「まさか」 それじゃあ意味がない。 云ったとおり、前提は生き延びること。 第一、仮に俺がそれでいいとしても、そんなことになったらはどうなる。 藤ねえや桜がいるって云っても、あのふたりにはあのふたりの生活がある。――衛宮さんちのは、ひとりになってしまう。 ……そんなことには、させたくない。 だって、衛宮士郎は衛宮の家族なんだから。 「身を守るための戦いは、する。ただ、事がはっきりするまで自分から打って出る気はない」 そして、生唾を飲み込んだ。 「セイバー。俺の云ったことが受け入れられないなら、今すぐ令呪を剥がして新しいマスターを探してくれ。何をおいても願いを叶えたいなら、きっとそうしたほうがいい」 ――それはもしかしたら、俺たちとセイバーが戦うことになるかもしれないだろうけど。 だって、衛宮士郎と衛宮は、そんなバカげたことが起こるって、知ってしまっているのだから。 でも。 「でも、もし、少しだけ譲歩してくれるなら嬉しい。納得することが出来たら、俺もセイバーの手に聖杯が握られるよう全面的に目いっぱい精一杯、協力する」 そう。 どうせ願いを叶えるのなら、誰にも背を向けることなく。 たとえば、戦いなんて起こさずに。 たとえば、誰の命も奪わずに。 「たとえば――もしかしたら、誰も殺さずに聖杯が現界することだって、あるかもしれない。俺はそのほうが嬉しいし、セイバーもそうであってほしいと思うんだ」 ぐ、と、セイバーが唇を引き結んだ。 険しい視線は、だけど俺に向けられたものじゃない。 自身と葛藤しているんだろう、裡に沈んだ感情の色。 ……よし。 これで何にせよ――セイバーがどうするにせよ、俺のことははっきりした。 それでふと。 あっちはあっちで話し込んでるとランサーが気になって、俺はちらりとそちらを振り返る。 |