ゼラムの南西あたりにある、住宅街。
メインの通りから少し外れた細い道に、その屋台はある。
風にひるがえる赤い暖簾、描かれた『あかなべ』の文字。そう、云わずと知れたシオンの大将の蕎麦屋である。
「たーいーしょーっ」
「おや、さんいらっしゃい」
そろそろ休憩にしようと思っていたんですよ。
るんたったと飛び込んだ、シオンのことばにふと時計を見れば、ちょうど人もはけ始めた、午後の微妙な時間帯だった。
「……おねえちゃん……?」
「あ、さんこんにちはっ」
「あれ、ハサハ。レシィ。ふたりでお出かけ? っつーかお昼ご飯?」
ひょっこりと顔を出した護衛獣ふたりを見て、は笑いながら問う。
レシィの前にはかけ蕎麦がひとつ、ハサハの前には、いなり寿司がふたつ。
……少食だな君たち。特に後者。
「ええ、それもあるんですけどね」
おごりですからどうぞ、と、蕎麦をにも差し出しながら、シオンが云った。
すでに昼食を食べてきた可能性を考えてか、味噌汁のお椀に約八分目ほど。
「そろそろ新しい味にも挑戦してみようと思いまして、おふたりに味見を頼んでいるんですよ」
ちなみに、さんにお出ししたものもそうですよ。
「へえ、そうなんですかー」
パキン、と、割り箸を割って、手を合わせる。
それから、一口。
――む。
「……出汁、変わりました?」
「ええ」
当てられたことが嬉しいのか、シオンの笑みが深くなる。
「少々手法を変えてみたのですよ。お口に合いますか?」
「ボクは大好きですー」
レシィのほうの蕎麦は、お椀じゃなくって丼である。
それを両手で抱えて幸せそうに云われたら、作った方としては本望だろう。
も、思わずお代わりをしたくなった衝動を押し込めて、大きく頷いた。
……いや、だってホラ、やっぱり食べ過ぎると晩御飯が逆に食べきれなくなって、夜におなかが空くしさ。
とか経験者かく語りきモードのを一瞥したシオンが、ゆっくりした動作でもうひとりの護衛獣を振り返る。
「ハサハさんは……」
との問いに、ハサハは、手に持っていたいなり寿司に目を落とした。少し考えるように首をかしげ、それから、おずおずと口を開く。
別に、彼女がシオンを怖がっているわけじゃない――そも、誰に対してもこんな感じの接し方。
それでも、最初の頃と違って、マグナの傍から離れても平気なあたり、やっぱり変化を感じないではいられない。
「……おいしいけど……」ちょん、と首を傾げ、「もうすこし、あまいほうがね、ハサハは、いいな……?」
「ええ、判りました。そうしてみましょうか」
とのことばどおり、破顔して応じたあと、シオンは次のいなり寿司を作り始める。
酢飯もおあげも用意は万端らしい。
問うてみれば、今日の午後は新たなる味の開拓に費やす予定だそうだ。営業再開は夜から。
「……ふたりとも、あんまり食べ過ぎないようにね?」
思わず真顔で云い添えたとき。
「――さん? もしかして、いらっしゃるんですか?」
外から見えたんだろう。それとも声か。の名を呼ばわり、暖簾をくぐってやってきたのは、赤青双子の青い方。
手に持った槍は、いつも彼が使い込んでいるやつではなくて、訓練用に穂先を潰してあるものだ。
「いらっしゃい。さんでしたら、こちらに」
入ってきた時点で彼にも所在は明らかになっていたんだろうが、とりあえず、ロッカを見やったシオンがを指し示した。
で、そのはというと、お礼を云ってお椀を流しに片付けたあと、
「どうしたの?」
と、ロッカの前に立つ。
「リューグを捜しているんですが……知りませんか?」
「リューグ? 見てないよ?」
ゼラムに戻って解散してからは、ギブソンたちと話してたし、そのあとはアメルに企み協力引き受けさせられてシャムロックに剣を預けて……
「あ、大将」
そこまで思い出して、は、ぽん、と手を打って振り返った。
「リューグさんでしたら、私も見ていませんねえ……」
「そうですか? ――えっと、それもですけどお願いが」
「はい?」
ロッカには悪いと思ったが、そもそもの目的はそれだった。蕎麦にくらんだ己の目は、なんとも欲望に忠実だ。
口早に、さっきシャムロックに剣を預けたコトを説明し、
「よかったら、ええと――苦無か小太刀か、貸していただけると嬉しいなあって」
「ええ、構いませんよ」
案の定、シオンはにっこり微笑んで二つ返事でOKをくれた。
なんでしたら、手裏剣や鎖鎌や爪付手甲もお貸ししましょうか、とのお申し出は、ありがたく辞退させていただきましたが。
いくらなんでも、そんな専門的な道具は使えません。
……パッフェルさんなら、ともかくさ。
定期連絡は欠かしていないつもりだったが、直接に逢って報告をするのは久しぶりだった。
とはいえ、直接雇い主までコンタクトをとる時間はなかったため、直属である彼に報告する形ではある。けれど、この、今眼前にいる男性にしても、やはり最後に顔を合わせたのは結構以前のことであるので――久しぶりという気持ちは、全然減じることもない。
そんな気持ちを代弁するかのようなうららかな昼下がり、ゼラムの王城付近の一角。
傍から見れば、親しげに会話している店員と客、というふうを装ってみてはいるが、どこまで通用するものやら。
『仲間』たちが通りかからないことを祈りつつ、自然と早口になってしまうのは――ま、しょうがないですよね、と、彼女はちょっぴり己に呆れる。
そんなこんなで彼女はたった今、
「――とまあ、こんな具合になっておりまして」
頭にある情報から、要点のみを取り出して口頭で伝え終えたところだった。
文書にして渡しても良いのだが、やりとりをしている証拠を残すわけにはいかない。
たとえ、すぐ処分されるものだとしても。
今はまだ、明らかになってしまっては困るからこそ。
「……」
報告を聞いている間、目の前の男性は、顎に手を当ててなにやら考えていたけれど、報告がひと段落したと見るや、つと、パッフェルに視線を移す。
「なるほど」ひとつうなずき、「では、当面のところ懸念する必要はない、ということだな?」
「ええ、そう思います」
強調するように、にっこり、にっこり、彼女は微笑む。
「……あの御方も、私と同じ考えなのではないかと思ってるんですケド」
「そのとおり、下手に介入すべきではないとのことだ」
その笑みの意味を正確に知っている彼は、かすかに苦笑を浮かべてそう云った。
ならば、この件はそれでいい。
まだ、この道を辿る、主たる権利は彼らの手にある。
それでいいと思うし、彼ら以外の誰も、その権利を手にすることはならないと、彼女は思うから。
それから――ふと。
気になったのは、もうひとつ、彼女が以前から情報収集のため走り回っていた方だった。
――気になるとはいえ、これも決着は近いはずだ。
ファナンでの例の件が、おそらく決定打になるだろう。なにせ、奴が直接術を教えた男を捕えることが出来たのだから。……そろそろ、こちらも大詰めではなかろうかと。
「うむ。証言はとれた……充分すぎるほどにな」
問えば、返されるのは予想どおり。確たるものを伴なったことば。
「でしたら、あとは実行に移す時期だけが問題ですね」
大仕事のうちがひとつ、なんとか片付きそうな予感に、ほっとしてそう云い――
パッフェルは、つと、表情を切り替えた。
それまでは目の前の相手にだけ届く程度だった声も、周囲の人々の耳を軽く打つ程度に張り上げる。
「では、本日はこれにて。また御用があったら、いつでもお呼びつけくださいませ」
「そうだな。では、また……」
心得たもので、男性もまた、不意の変化に動揺も見せず頷くと、ゆるやかに身を翻した。
よく知っている、その視線に気づかないふりをして、笑顔で、立ち去るその人に手を振る。
それから、近づいてくる足音が、すぐ傍に聞こえるまで、心地好く耳を傾ける。
――ぽん、と、
肩を叩く手のひらと同時に、
「パッフェルさん。何してたの?」
元気に。陰なくてらいなく。
途端に、自分の周囲の空気が、闇から陽光に換わる。
それを心地好くさえ思いながら、今しがた気づきましたというような表情をつくって、パッフェルは声の主を振り返った。
「あら、こんにちは、さん。ギブソンさんたちのお話は、もう終わられたんですか?」
振り返った先には、濃い焦げ茶の髪と夜色の目を持つ少女。
彼女から一歩下がった場所には、同行しているらしい、レルム村の双子の兄。
「うん、リューグを捜しててきちゃったんだけど、見ませんでした?」
「……うーん、あいにく私は存じ上げませんねえ……」
答えを差し上げられず申し訳ない、との意を笑みににじませ、パッフェルは応じた。
彼との会話に集中していたとはいえ、かの弟が通りかかれば気づくはずである。なにせ、彼は、気配をふりまいて歩いているようなものだ。
闇に属する自分たちのように、そこにないように振舞うすべを知らないのだから、それも当然。
……それ以前に、知って欲しくはないけれど。
仲間の彼らもさることながら、目の前の少女には、なおさら。
だけど。
闇を知り、絶望を知り、それでもなお、落ちたままで留まらず、光を望んでいけるのなら――
「そういえばパッフェルさん。今の方は?」
ふっ、と。逸れた思考を引き戻したのは、ロッカの問いだった。
やはり、不思議には思っていたのだろう。少しだけ、眉宇がひそめられている。
――グラムス様、今度からはもう少し、一般市民の格好で出てきていただけるとこちらも楽なんですけどねー……
そう思うパッフェルの格好も、一般市民とは少しばかりかけ離れているのを、本人果たして判っているのか。
「えっとですね」
どう云ったものか、と、考えて。ちょっとしたからかいを、思いつく。
「あの方は、私のパトロンのおじさまなんです」
「……パトロン?」
聞き慣れないことばに、とロッカがそろって首をかしげた。
どうやら意味は知っているらしいけど、いきなり出てきた単語に戸惑っているようだ。
心中こっそり苦笑しながら、だけど、それが微笑ましい。
「そうです。私、いろんなバイトしてますでしょ?」
「してますよねー……」
なにかっちゃあケーキ屋のバイトに引っ張り出されているが、遠い目をしてつぶやいた。
「それで、ある仕事のときのご縁で、いろいろとお世話してくださってるのが、今のおじさまなんですよ」
「へー、そうなんですか」
「……ある仕事って、何です?」
うーん、ロッカさん。そのツッコミはちょっといただけませんねえ。
はおぼろげに察しがついたらしく、じっとパッフェルを見ている。
そうですよ、と、視線だけで肯定を返した。
パッフェルがかつて闇に身をおいていたことを、は知っているはずだった。
ケルマ・ウォーデンに雇われた折、口にした記憶もある。
……たしか、この双子と聖女はそろっていなかったから、果たして誰かが話したのか、いやさ話してはいないのか、そのあたりは判らないけれど。
「うっふっふ〜」
ま、それは別にどっちでもいい。
だからしてパッフェルはにっこり笑い、ロッカの耳に口を近づけた。
「そ・れ・は・で・す・ね?」
……
…………
「――――」
「な……ッ!?」
パッフェルが何事か囁いた瞬間、それを聞いたロッカは、傍目に見えるほど狼狽しまくり飛び退った。
「ロッカ?」
いったい何云われたの?
問えば、彼は珍しくうろたえた様子でを見、なんとも云いようのない顔で首を振るばかり。
では云った方はというと、
「うふふふ〜、ちょぉっとロッカさんにはオトナなお話でしたかしらねー?」」
ロッカの反応が思惑通りで楽しいのか、パッフェルは含み笑いをもらすばかり。
……純粋な青少年に何を云ったんですか姉さん?
疑問の視線に気づいてないはずはないだろうに、パッフェル、それに答えるつもりはないようだ。
すちゃっと片手を持ち上げると、
「でわでわ、わたくしはお先に失礼いたしま〜す」
と云い残して、それはそれは楽しそうに去っていったのだった。
「……で、ロッカ……何云われたの?」
「……」
「ロッカ〜?」
「からかわれたのかな……でも、あの人ならあり得そうな気も……」
「ロッカ? ロッカってば」
「……あ。すみません。……ええと……聞かないほうがいいです、さんは」
「……そう……?」
「ええ」
そうどきっぱり云われると、よけい、気になるんだけどなー。
としてはもう少し突っ込んで追及してみたかったのだが、ロッカはそれで話を切り上げるつもりらしく、
「さ、リューグを捜しましょう!」
……なんかやけに、何か振り切るように威勢よく、さっさか歩き出してしまってた。
それからはまあ、ロッカの宣言どおりリューグを捜して、しばらくそこらへんを歩いてみたのだけれど。
行き違いにでもなっているのか、それとも全然見当違いの場所にいるのか、足跡も髪一筋も見つからず。
結局疲れきって、とロッカは、導きの庭園で一休みすることにしたのだった。
「すいません、せっかく付き合ってもらったのに」
「いやいや、ロッカこそ。訓練するつもりだったのに、お散歩になっちゃってごめんね」
入り口にあった露天から飲物と軽食を買って、ベンチにふたり並んで座った。
お菓子は、食べやすいようにふたりの間に設置する。
飲物は両手で包むように持って、重心は背もたれに預け、くつろぎのお時間。
シオンから借りた小太刀は、背中につるすのも大仰だし、かといって腰に下げるにはが慣れてないしで、そのまま手に持っていたものを、すぐとれる場所に置いておいた。
こんなときでも自衛は忘れないのだ。……最近、世の中物騒だし。
「でも、なんか、こういうのも久しぶりだよねー……」
穏やかな気持ちで、空を見上げる。
デグレアに往復してきたばっかりだし、立ち向かおうとしてるものやら明らかになった真実やら……
誰も、何も、にデグレアでのコトをつっこんで訊こうとしないのは、気遣ってくれているからだろうかと思う。
あの召喚師たちの思惑もさることながら、最後の最後で顕現した、あの白い陽炎も。
正直、まだ気持ちの整理がついたわけじゃない。
だけどはっきりしたのは、これで、ルヴァイドたちと戦う必要はなくなったということだ。
国家のためにその剣と命を捧げるのならばともかく、あんな邪な目的のためと知れば、ルヴァイドも今度こそ、手を引いてくれるだろう確信はあるから。
それと。
正直、こちらも全部把握できたわけじゃない。
あのとき怒涛のように流れ込んできた、意識。記憶。感情。誰のものか自分のものか。
白い陽炎。優しく、苛烈な白い輝き。
……そうだね。
あたしはそれを知っていた。知っている。きっと。
今も、それが何かと問われれば、膨大すぎる情報をもてあまして、まだ何も拾えてないんだけど。
忘れていたと云われればしょうがない。あのときのビーニャのセリフも、今なら納得してしまえる。
けど、けれども、だ。
自分が生まれる前のコトなんて、普通、覚えてるもんか。
「ん?」
ふと視線を感じた。
隣にロッカがいるのに、自分の世界に入りかけていたコトに気づいて、あわてて意識を引き戻す。
「……もしかして、黒騎士たちのこと、考えてますか?」
そうして顔を向ければ、ロッカは、やわらかく微笑ってそう云った。
責めるでもなく哀しむでもなく。だから――ああ、と思ってしまった。
本当に自分は優しい人たちに恵まれてるなあ、と。
仇の身内だったと知っても、くれる表情を変えない彼らの強さの少しでも、自分にあればいいのにな、と。
――眠るそれを、自分で引っ張り起こす、根性があればな、と。
「うん」
だけど、口にして答えたのはそれだけ。
結局、今、あたしは、でいることを選んでるんだからと――さざめく心の奥津城へ、なだめるように告げて。
だけど。それでも。
いつか決着はつけねばならない。
自分のまま、のまま――抱いた遠い想いや記憶を、そして――
ロッカが、何事か逡巡するように、視線をめぐらせた。
足元からを見て、それからそらして、頭上を見上げて。
きち、と、手にしている飲物のカップがきしむ音を、の耳が拾う。
「――リューグと、いつか、話したんですけど」
「え?」
「黒騎士との。……きっと、決着は、つける。……と」
単語単語で区切られて、淡々と――だけど、だからこそ、絶対の意志を伝えることば。
ドクン、と、大きく心臓が跳ね上がる。
いつか覚えた喪失の予感は、まだ根強く残っていた。
それは彼らにとって正当な権利であるのを知っていながら、それでも、そうしては欲しくないという矛盾も強い。
「迷っていたんです。いつかあなたと話してから」
ゆっくりと、ロッカは告げた。
「先日……デグレアの真実を知ってから」
死した街。
死した民。
死した――彼らの帰るべき場所。が故郷と親しんだ地。
「黒騎士を――哀れだとさえ思うようになりました」
「……」
それでも、と、ロッカは小さくかぶりを振る。
「彼のしたことは許せない。でも……」
「でも?」
「命を。絶つ以外に、償わせる方法があるのなら――」
村人たちは、なすすべもなく殺された。
女もいた老人もいた病人もいた子供もいた。
みんな、生きていくために頑張っていた人たちだ。
それをそのまま、同じように返すのなら、自分たちも同じになってしまうのではないかと。思ったら、背筋が寒くなった。
いつかリューグが。操られた夜、己に凝る闇を育てたらこうなるのだと、そんな未来を垣間見て、良い気分はしなかったように。
ロッカもまた、そんな黒いものは育てぬに越したことはないと。知っているし、積極的に育てる気もない。
それに、何より。
「……さんを、哀しませたくないですから」
自分たちと同じような闇を、教えたくない。
大切な人たちが殺される喪失を、味あわせたくない。
――もう。いつか大平原で、自失してた、あんな彼女を、見たくない。
怒ってもいいし、泣いてもいいし、もちろん笑ってくれるほうがずっといいけれど。
前を向いて歩いていく気持ちを、この人から奪うようなことだけは、したくない。
抱えていた昏い感情さえ払拭する、この気持ちを――なんと云うのか、たぶん、自分は知っている。
きっと、ずっと前から。
――そうして。
きょとんと見返してきていたの目が、みるみる丸くなっていった。
徐々に驚きが広がり、次に頬に赤みがさして――あっという間に笑顔になるそのさまは、まるで花が咲くよう。
「ほんと?」
無防備に、身を乗り出して、目を輝かせて。
「……ええ」
頷くと、ますます、彼女のまわりの空気が晴れやかになる。
それが自分に向けられているという、それだけで、満たされる気持ち――えもいわれぬ幸福。
し損ねた弟との訓練など、頭の隅に押しやって余りあるほど、それは強くて大きくて、心地好い。
だけど、ちょっとだけ物悲しいのは、本当に、全然、警戒心皆無ってトコロ。
いや、信用してくれているのは嬉しいんだけど。
……目の前にいる相手の性別とか、その可能性とか、全っ然考えてないんだからなあ……
ぼやくのは小さく、心のなかで。
――だけど。
不意に聞こえてきた声に、の表情がとたんに固まった。
「……守るためだ。黒騎士の野郎を倒して、村の連中の仇をとるためだ」
いやというほど馴染みのある、それは、双子の弟の声だった。