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prologue05
- 物語のはじまり -



 去り行く海賊カイル一家とその客分の背を見送って、彼らの姿が消えたのを確認して、少女もくるりと踵を返す。
 すたすたすた、と、足早に歩く先は、教えられた酒場のあるほうではなくて、人気のあまりない桟橋のほう。
 すれ違う人々の怪訝な視線を受け流し、歩くこと数十秒。
 桟橋の先に立って、少女はまず、空を仰いだ。
 雲がひとつふたつ浮いているだけの、爽やかなお天気。
 次に、海を見た。
 波が、寄せては引き、引いては寄せる、穏やかな海。
 最後に、真正面を見た。
 空と海の境目、水平線がゆるく弧を描く、蒼と藍の境。

 ――すうっ、と、息を吸い込んだ。

 急激に大量の酸素を送り込まれた肺は、当然膨張する。
 心なし後ろに沿った身体を支え、少女は、それまでぺったり張りつけていた笑顔をここでかなぐり捨てた。
 ギン! と、養い親譲りの眼光が、世界を睨みつけた。

 ガマンしてたのだ。
 ずっとずっとガマンしてたのだ。
 この衝動だけは、絶対に、一度は発散したかったのだ。
 ヤードやカイル一家の人々は、本当に親切にしてくれたから、そんなところ見せられなかったけど。
 だから、自分でも不気味なくらい、この数日、にこにこにこにこしてたけど。

 ……ずっと。ガマンしてたのだ。

「青い海の……ついでに白い雲の……でもってリィンバウムの……」

 ぎちぎち、と、骨のきしむ音をたてて、こぶしを握りしめて。
 溜めてた息を――


「超ッ絶! 極大ッ! ッばかやろおおぉおぉぉ――――――ッ!!」


 ……吐き出した。



 上空で賑やかに鳴いていたウミネコが、驚いて逃げていく。
 近くの樽の上で惰眠を貪っていた猫が、やっぱりすたこら逃げていく。
 あまつさえ、そこらにいた地虫までもが、わらわらとその場から姿を消した。
 そして。
 偶然その場に通りかかった人は、顔を真っ赤にして、ぜぇはぁと荒い息を繰り返す少女の姿を目撃し、目を丸くしていた。

 そんな周囲の騒動など知ったことではなく、は、ひとしきり呼吸を繰り返すと、そのままぺたりと地面に座り込む。
 叫びの名残か別の理由か、目じりに浮かんだ涙をぬぐい、切ない表情で空を見上げる。
 たった今八つ当たりされた空は、それでも、変わらぬ青さでそこに在った。
「……ルヴァイドさま」
 ぐす、と、鼻をならす。
「イオス……」
 ぬぐったはずの涙が一筋、頬を伝った。
「バルレル……みんなぁ……」
 ぽた、と、のすぐ下の地面に、水滴が落ちた。
 俯いた拍子に、真っ赤な髪が、はらはらと流れる。

 青い、青い空の下――青い、青い海の傍で。
 ただひたすら、は途方に暮れる。
「……どうしよう……」
 どうにかこうにか、狭間からリィンバウム側に出てこれたはいいけれど。

「これから、どうすればいいんだろう……?」

 どうやれば、帰ることが出来るんだろう――?




 ・・・こつん、と、ひとつ、足音がした。

「……どうかしたのかい?」



――――さあ、物語の始まりだ――――



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