「フェニックスの血か……たしか、ギドに買わされたのが残っていたはずだな」
スイエンを育てて飛炎にするために、オルコ族の知将ゴーマから提示された必需品は三つ。
ひとつは反発の木の実。
ひとつは火のフラグメント。
ひとつはフェニックスの血。
上記のうち反発の木の実が手に入り、火のフラグメントはゴーマに作成させる手はずを整え。
残りひとつはコラプ族の店にも見当たらず、さてどうするかとなったときだった。
ぽつりとつぶやいたダークのことばに、デルマは手を打ち、ヴォルクは首を傾げる。
「ギドとはなんだ?」
「ダークを育てて裏切った奴さ」
ダークが何か云う前に、デルマがはき捨てるようにそう云った。
侮蔑も露な解説に、ヴォルクも何かを感じたのだろう。
そうか、とだけ云ってそのまま黙り込む。
「しょうがない。とってくるから、おまえたちは先にスイエンの所に行っていろ」
「一人で平気か?」
「いいんだってヴォルク。行くよ!」
ため息の混じったダークのことばに、デルマたちは身をひるがえした。
教会跡の遺跡へ向かう後ろ姿を見送って、ダークは再びため息をつく。
正直なところ、あの場所へは戻りたくなかった。
ギドを殺してデンシモを殺して、オルコの族長の立場を確立した今になっても、それはあまり変わらない。
まだ、自分以外の誰かを信じられると思っていた、甘っちょろい過去の自分を、嫌でも思い出してしまうからだ。
けれど。
天駆ける伝説のモンスター・飛炎を得るには、フェニックスの血が必要。
フェニックスの血は、ギドの家にある。
それならば、多少の痛みは無視してしまうべきだろう。
しばし目を閉じて空を仰ぎ、ダークは、久しく寄り付かなかったギドの家へと足を向けた。
たゆたいまどろむ夢のなか、繰り返し、浮かぶのは大好きな彼ら。
アーク、ククル、エルク、アレク……
長い長い生のなかで、彼らと一緒に命をかけた日々のこと。
自分をおいていってしまった、彼らを見送ったときのこと。
ああ、そういえば。
こんなに長い時が経っても、自分をおいていかない子がひとりいた。
天真爛漫な、天界の魔王の娘。……ちょこ。
あれ?
そういえば、あの子どうして一緒にいないんだろう?
一緒にお昼寝しようねって誘われて――
うんいいよって頷いて――
それから?
あれ? なんだか記憶があいまいだ。
一緒にお昼寝しようってちょこが云って、わたしは頷いて――
――も一緒に、誰かが起こしてくれるまで待つのー!
……ちょっと待って。ちょこ。
あなたいったい、何を考えてたわけ?
「……なんだ、この壺は」
ギドの死によって、宝箱にかけられた妖力は、もはやほとんど消え失せていた。
重々しい金属のきしみとともに蓋を開けて。
中に目的のそれを見つけ、ダークはそれを手にとる。
あのとき、自分がギドに渡したフェニックスの血。
これで飛炎が手に入る――
そうしたかすかな喜びが、気持ちに余裕を生んだのか。
宝箱の底に石版と、隅に壺があるのが目に映った。
手にとりやすそうだ、と特に意識したわけでもないが、最初に手にとったのは壺。
ちょうど、ダークの両手におさまるほどの大きさだ。
が、その大きさにしては、妙に重量を感じた。
軽く振ってみるが、音はしない。
隙間もないほどに何かが詰められているのか、それともそういう材質なのか。
剥き出しになっている壺の口を覗いてみたものの、特に何かが入っているような様子も見受けられない。
「なんなんだ、これは?」
さすがにいい加減顔をしかめて、ダークはつぶやいた。
それまで口を上にして抱えていた壺を、ぐるっと上下逆にする。
これで何も出なければ、放り出して終わりにするつもりだった――が。
ぼん!
どさっ!
「……何するの、ちょこ! ……って、あら?」
「ッ!?」
非常にコミカルな音につづいて、何かが床に投げ出される音。
音だけではなく、実際に、床に投げ出されたのは――
「人間……!」
「どこの世界の人間が、壺に入ってるっていうんです!」
身構えたダークは、即行返されたツッコミに、剣を抜こうと腰に伸ばした手の行き場を失った。
一度気を抜かれてしまっては、再び戦闘態勢になるのも難しい。
やり場のない手をとりあえず戻して、ダークは、床の埃にむせている人間――どう見ても人間なのだ――の咳がおさまるのを待つことにした。
ふと、床に落ちているその人物の髪が気になった。
相当の長さを誇るらしく、当人が座り込んだ今の状態では、床にちらばって埃がまとわりついている。
――勿体無い。
「あぁ、埃がついちゃった」
その視線の先で、髪が持ち上げられる。
咳もやっとおさまったらしく、少し目じりに涙が残っているぐらいだ。
よいしょ、と。
軽いかけ声とともに、その人物は立ち上がった。
立ち上がっても、ダークからは変わらず見下ろすことになるのだが。
ぱたぱたと身体をはたき、人物はダークに向き直る。
屋内の弱い明かりと混じった、たぶん本来は薄い色彩なのだろう双眸がダークを映した。
――にっこり。
不意の笑顔。
魔族のなかにあっては当然の警戒心も、敵愾心も見当たらない。
かといって、追従するための笑みでもない。
純粋に。
その人物は笑って。
「えぇと――おさわがせしました。それから、記憶違いでなければ初めまして」
適当なのか不適当なのか判らない挨拶と共に、深々と頭を下げたのである。
そして次の瞬間。
「ところで、ちょこって子がどこにいるかご存知ありませんか?」
かーなーり。
背後に怒りの雷を発生させながら、そう問いかけてきたのだった。
当然、ダークがそんなコト知るわけはない。
「知らん。第一、おまえは何者だ? それにちょことはなんだ?」
そもそもなんだって、壺のなかになんかいたんだ。
「何者だと問われても、答えるのは難しいですが――わたしはわたしで、ちょこはちょこです」
「そうじゃなくてだ!」
実にあっけらかんと答える彼女に、理不尽な怒りを覚えて、ダークは半ば怒鳴りつけていた。
それから、戸惑う。
オルコ族のように、自分の怒声に怯える様子を見せないその人物の態度。
反抗するでもなく従順するでもなく、ただ立っているだけ。
正直、やりにくいとさえ思った。
これまで周囲にいたのは、敵か味方かどちらかで。
支配するか支配されるかの、どちらかで。
だけど、目の前の女性は、どちらでもなくて。
ただ、立っているだけ。
ただ、少し困った顔で頬に手を添えているだけ。
――まるで、癇癪を起こした弟をなだめようとしている姉のよう。
ダークが家族を知っていたら、そんな感想も抱けただろうけれど。
今のダークは、されたことのない対応にただ戸惑うだけだった。
そうして、ダークが戸惑っている間に、当人は考えがまとまったらしい。
ああ、と頷いて、添えていた手をおろした。
「名前でしたら、です」
おろした手を胸元に添えて、やっぱりにこりと微笑んで。
「わたしの名前は、と云います。姓はです」
「……俺は、ダークだ」
名乗られたのなら、名乗り返さねばなるまい。
そんな変なところで平等精神が頭をもたげ、思わず応じて。
直後。
「だから、おまえは何なんだ!」
「今名乗ったじゃありませんか!」
「そうじゃない! どうして壺の中になんか入っていたのか訊いてるんだ!」
しかも、よりによって、その壺がギドの宝箱のなかに後生大事に突っ込まれていたなどと。
自分が出さなければ、この相手はいったいどうなっていたのか。
考えるだに、洒落にならない気がした。
「……ちょこに」
あ、ちょこっていうのは、わたしの友達なんですけど。
ようやっと質問の意図を察したか、と名乗った女性は、少し眉を寄せてそう答える。
「ちょこにですね。お昼寝しようって誘われたんですよ」
「それで?」
「うんいいよ、って、わたし答えたんですよね」
「で?」
「そうしたらあの子、誰かが起こすまで一緒に待つの! って、人を壺のなかに押し込んでくれたんですよ」
「……」
「で、そんなこんなで、さっきあなたが起こしてくれ――って、ああああぁぁッ!?」
思い出し、思い出し。
ゆっくりしゃべっていたが、唐突に、血相変えてそう叫ぶ。
「どうした!?」
「今何年です!?」
「知らん。この辺では、暦をつける習慣はあまりない」
季節の移り変わりで、かろうじて年数を数えているくらいだ。
「えー!? そんな……えーとえーと、それじゃあなにか有名な……」
そうだ!
「大災害はご存知ですか?」
唐突な話題転換に、ダークの思考回路がついていくまでに時間を要すること、しばし。
記憶の奥底にひっかかるものがあったため、それを表に持ってくるまでに、しばし。
その間、は不安やら期待やらが混じったまなざしでダークを見つめていた。
そんな視線に、ダークは少しだけ居心地の悪さを感じる。
こんな真っ直ぐに、自分を見る存在にはついぞお目にかかったことがなかったからだ。
デルマは、兄の死や自分を殺しかけたことを引きずっているのか、まだぎくしゃくしているし。
ヴォルクは、あくまで従う者としての目をしか向けられたことがない。
あのリリアとて、初めはダークに怯えていた。
それなのに。
人からは忌むべき対象だろう、魔族に。
こんな、静かに。真っ直ぐな。
視線を向けられたのは、ダークにとって、ほとんど初めての経験だったから。
「おまえの云う大災害かは知らんが、俺の知っているのは、千年前、闇黒とやらが世界を一度滅ぼしたと――」
勇者と聖母が命をかけて、それを封じ込めたと――
そう口にするより先に、がへなへなと床にくずおれる。
「……せ……せんねん……?」
「俺はそう聞いてる」
呆然と。
鸚鵡のように繰り返す彼女に事実を告げる以外、ダークには出来ることがなかった。
「…………って……ことは……みんなを見送ったのが……――――だから……ン百年、眠ってたってこと……?」
なるほど、人間ではない。
第一ただの人間が壺に入って眠って数百年も生きてられるなど、聞いたこともない。
が虚言を弄している可能性もあったが、ダークはそれを除外した。
ここまで混乱していて、それでも嘘を生み出すことが出来るのなら、それは天性の役者だろう。
ふらり。
相当ショックだったらしく、の身体が一瞬揺れる。
反射的に伸ばそうとした手を恥じているダークの様子などつゆ知らず、なんとか床に突っ伏さずにすんだは、ぎゅっと拳を握りしめていた。
心なし、身体が小刻みに震えているような気がする。
……周囲の空気が、小さな火花を散らしているようにも、見える。
ああ、これは怒りの前兆か。
妙におかしな気持ちで、ダークがそう察したときだ。
「……あっ……の、莫迦娘――――――――!!」
こんな何百年も眠らすなら眠らすと、先に一言くらい断りなさいよ――――!
怒りのポイントが、微妙にズレている気がしないでもない。
あきれ返って見下ろすダークを尻目に、がばっとは立ち上がった。
埃が舞い上がるが、今度はそんなものに構ってもいられないようだ。
数百年眠っていたにしては、妙にこぎれいに見える服の懐をさぐって髪紐を取り出し、髪を手際よく三つ編みにしていく。
最後にバッと埃を払って、彼女は視線を巡らせた。
ダークの背後に位置する出口を発見したのか、そのまま身をひるがえす。
「おい?」
「あ、すいません。起こしてもらったのにお礼も云わないで」
どこへ行くのか問おうとしたらば、振り返った彼女が先にそう告げた。
「本当に、ありがとうございました。これからちょこ探してとっちめてきます、またご縁があったらお逢いしましょうね」
にっこりにっこり。
浮かべた表情こそ笑顔だが、その実かなり本気で怒っているようだ。
「あ……ああ」
それに気圧されて頷いたダークに、今度は友好的な笑みを見せて。
今度こそ、は振り返らずにギドの家を後にした。
そうして、ひとり残されたダークはというと。
「……なんだったんだ、あれは」
などとつぶやきながら、気にかかっていたもうひとつ、石版の方を手にとったりなんかしたために今度はキルアテがわいて出て。
おまけに石版探しを頼まれてしまい、大変不機嫌になったのであった。
それだけなら、まだ、変な奴に連続で逢っただけ、という話で終わったかもしれない。
が。
二度あることは三度ある。
三度目は、一度目の人物本人なわけだが。
とりあえず目的のもの(余計なものまで)は手に入れたのだから、と、ダークがギドの家を出たときだ。
階段の下に、途方に暮れて突っ立っている先ほどの女性を見つけて頭を抱えたのは。
「ちょことやらを探しに行くんじゃなかったのか?」
「えーと、あのですね。……ここ……どこですか……?」
「…………」
云われてみれば、そのとおり。
数百年眠っていたというのだから、彼女の記憶と現在の地形が一緒だという保障はどこにもない。
実際、外に飛び出たはいいものの、自分の今いる位置が把握できずに呆然と立ち尽くしていたらしい。
「アルド大陸だ。魔族の縄張りで、近くにオルコ族の町がある」
「……判らないです……」
って、あれ?
うなだれたが、きょとんと顔を持ち上げた。
目をまん丸にして、ダークを覗き込む。
「な、なんだ?」
「魔族?」
「……俺は魔族だ」
こいつも、自分を魔族モドキと云うのかと。
そんな嫌な考えがよぎり、ダークのことばは必然、少し冷たくなる。
が、が問題にしているのはそこではなかったらしい。
「え? でも? え? アクラやセゼクさんとは違う感じ……あなたたち、異世界からきたの?」
「異世界? なんだそれは?」
「だって、魔族って。え? え? えーと?」
『……精霊の言祝受けし……最後の娘……』
とダークが、頭の前後左右上下に、ぐるぐるうずまきを発生させたときだった。
ダークの懐の風霊石が、涼やかな輝きを放ちだしたのは。
「風の精霊!?」
「風の御方!」
同時に叫び、ふたりは顔を見合わせる。
「精霊を知っているのか!?」
「風の精霊さんと知り合いだったんですか!?」
ほとんど意味の違わない問いを発し、相手からは答えを得られないと判断するや否や、またしてもふたりは同時に、視線を精霊へと転じた。
「御方! 今何がどうなってるんです!? 魔族の皆さん地上にやってきたんですか!?」
「風の精霊! こいつはいったいなんなんだ!!」
『…………』
殆ど叫びのような、ふたりの問いを、風の精霊はその一言だけで打ち消した。
ふわり、宙を舞い、のすぐ横へと位置を変える。
『我らの愛する、恵みの愛し子――』
「御方……?」
『世界は変容した……我らが、力を精霊石に封じて去り、そなたが眠ったのちしばらくしてのことだ』
精霊石に刻まれた、精霊の力を用いて。
ことばを操り、魔力を使い、かつて以上の力を誇る。
そんな存在へと、一部のモンスターが進化し、魔族は世界を人間と二分した。
『ここは、……そんな彼らの……生きる地だ……』
「あららー……眠ってる間に、そんなことがあったんですね」
そんな変革を見逃していたなんて、勿体無い。
こうなったら、是が非でもちょこを見つけてお仕置きしなくちゃ!
と、実に変な方向に怒りを燃え立たせているを見て、呆れた魔族が約一名。
『』
そんな彼女に、風の精霊は静かに語りかける。
『我らの愛する子よ……世界に再び…迫る……』
「え……? あの、よく聞こえな……」
『……我らは……そのために、戻ってきた……』
選ばれし者が、再び、眠りし力を目覚めさせ――
『世界……希望を……託すために……』
「選ばれし者?」
小首を傾げたに、風は囁きかける。
話している途中から薄らぎはじめていた姿と同様、その声もとても小さかった。
にでさえ、聞こえるかどうか。そんな、ぎりぎりの声だった。
『――ふたつに分かれた風の片割れ――』
「風? 分かれた?」
『……甦り……』
「あの……起き抜けの人間に、何気に無茶なこと云おうとしてません?」
「おい、いつまで話してる」
そこはかとなしに感じた、嫌な予感は当たったらしい。
眉をしかめてダークがそう云った直後、風の精霊は風霊石へと吸い込まれるように姿を消した。
残されたのは、とダーク。
そうしてそのは、実にいぶかしげな顔でダークを見つめている。
沈黙が、ひらひらと舞い下りる。
それが過ぎたのち、最初に行動を起こしたのはだった。
「……どうしましょうか」
「俺に訊くな」
「風の御方、そうとう弱ってるみたいで……。最後のあたりなんか、殆ど聞き取れなかったんですが」
「……それがどうした」
「いまいち、事情が飲み込めないんです。とどのつまり」
せっかく出てきてくれた、風の精霊さんには悪いんですけど。
口元に指を軽く曲げて押し当てて、は何事か考える素振りを見せる。
もうこうなったら最後まで付き合ってやる、と、半ばやけくそ気味の覚悟を決めたダークが待つことしばし。
が手を口元から離し、首を傾げたまま口を開く。
「……えーと……要するに、今は大災害から千年近く経ってるんですね」
「ああ」
「精霊がいなくなってから数えても、何百年以上。その間に、モンスターから進化した、あなたたちのような魔族が生まれて、世界を人間と二分している」
「いずれ、すべて俺が支配するがな」
「……うーん……だいたいは、飲み込めたかな……」
と、いうことで。
「やっぱり……ちょこ探して、叩き起こすのが早いかも……」
「……何故そこに戻るんだ」
「何があるか判りませんが、わたしとあの子と……ヂークさんがいればもっと心強いけど、まあ、揃ってれば、だいじょうぶだと思いますから」
ピクリ。
誇張も虚構もない、真実の響きを、ダークは敏感に感じ取った。
事実の、自信。
揺らぐことのない、自分の力に対する自信。
誇示するでもなく偉ぶるわけでもないけれど、その静かな自信は、おそらく一番確実に思えた。
この、と名乗る娘は――強い――?
ヒュッ、と、風を切る音が響く。
「!」
キンッ、と、金属のぶつかる音が響く。
刹那の攻防だった。
不意打ちの形で繰り出されたダークの剣を、が、持ち上げた左手の手甲で防ぐ形。
ダークは殺すつもりで剣を揮ったのだけれど、それは、きれいな姿勢で受け流されていた。
そのままの状態で、ふたりともしばらく固まっていたけれど。
やがて、がため息をついて腕を下ろす。
「……何いきなり、物騒なことしかけてるんですか」
が、今のダークは、そんなことばを聞く耳なんぞ持っちゃいない。
「俺とこい」
「は?」
「ただでとは云わん、オレたちはこれから大陸を出る。その旅ついでに、ちょことかいう奴の手がかりがあるかもしれんぞ」
――この世界の右も左も判らないおまえには、充分取引材料になるだろう?
最近の自分にしては、珍しい譲歩。
それどころか、剣呑なものさえ視線に乗せる。
断れば、力ずくでも――
だが、視線を向けられた相手はというと、そんなダークの思惑など知ったことじゃないとばかりに、
「いいんですか!」
疑問符を浮かべた表情を、一瞬にして笑顔に変えて。
陰湿なはずのギドの家の周囲の空間が、とたんに花咲き乱れる野原に変わった錯覚さえ覚えた。
「ありがとうございますっ! 大口叩いたのはいいけど、どうやって探そうとか思ってたの……ありがとう、ほんとうにうれしい!」
ぶんぶんと。
ダークの手をとり、上下に振って。
素晴らしく大喜びしているということを、全身で表現して。
「礼など要らん。俺は、魔族を支配するために、強い力を持った手下が必要なだけだ!」
そう。それがたとえ、魔族ではなくても。
強い力の持ち主が目の前にいる。そして当人はまだ、誰のものにもなっていない。
それならば。
ここで出逢ったことさえも、オレは利用してみせる。
そうして、彼女はやっぱり、にこにこ笑って手を振り続けた。
「いえ、それでもいいです。ちょこが見つかるまでお世話になりますねっ」
起こしてくれた恩も合わせて、がんばってご奉公しますから。
捨て猫か捨て犬か、おまえは。
間の抜けた感想を抱いて、脱力したダークの腕を、は、止められるまで振り回していたのだった。
そして数時間後。
オルコスに、『壺から出てきた壺娘がダークの手下になった』とかいう話がまたたく間に広がったのは、とりあえず別の話。
壺娘とか不名誉なあだ名をつけられたが、怒って何人かのオルコ族をどつき倒したのも、また別の話。
ふたつに分かれた風の片割れの覚醒から、遅れることほんの少し。
大災害から、長い長い時を経た、精霊の黄昏の時代に。
――物語は紡がれ始める。
3.短気が揃えば刃が交わる