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車上の戦いその後 前編


 列車強盗は、軍部が予想していたよりも随分手早く取り押さえられたらしい。
 駅に向かう車のなかでその報を聞き、少々意外な顔になっただった。
「それはまた……早かったですねえ」
「ああ、鋼のが乗ってたからな」
 きょとん。
 あれ、云わなかったっけ? と、ロイが記憶を探るのと、

「エド君たちが!?」

 がばぁっ、と勢い良く立ち上がったが、

 ごいーん。

 金属作りの天井に頭をぶつけて、涙目でうずくまるのは同時で。
 その頭を撫でてやりながら、そういえば鋼のが乗っているのが判明したとき、こいつは暴れ疲れて果ててたなぁ、とようやく思い出した大佐だった。



 駅は、ようやく開放された人々と軍隊でごったがえしていた。
 そんななかを、の手を引いて迷いもせずに歩いていってくれるのはありがたいが、コンパスの差など全然考えていない大佐に文句を云いたくなりつつ、も必死に歩く。
 普段のロイならそれくらいの配慮はしてくれると知っているが、さすがに事件とあっては急いで現場へ辿り着きたいのだろう。
 その気持ちはにも判るような気がするから、結局黙って歩く。ほとんど小走り。
 その横に、こちらは平然とホークアイ中尉が並ぶ。
 傍から見ると、軍服を着た親子に見えなくもない。
 歩くことしばらく、ようやっと人込みを抜けて開けた場所に辿り着いた。
 そこでやっとの手を開放したロイが、きょろきょろと誰かを探す仕草をする。
 ――と。
 ひょっこり突き出たでっかい鎧を発見し、また手を引いて歩き出した。
 同時にもそれを発見し、負けじとロイに追いすがる。
 いや、手を引かれてるんだからどうしても同じくらいの速さになるんだけど。

 そうこうしているうちに、一般人より軍人の密度が高い一角に辿り着いた。
 件の鎧が立っている場所でもある。

「や、鋼の」

 しゅぴ、と手を上げて大佐が声をかける。

 その声に反応して、ごつい鎧の横に立っている赤いコートに金のみつあみの少年が、それはもうイヤそうな顔で振り返る。
「くあーっ、大佐の管轄ならほっときゃよかった!」
 そんな反応は慣れっこらしく、大佐も笑いながら、つれないなぁとか返していて。
 少年はわしわしと頭をかきむしっていたが、ふと。
 マスタング大佐の隣に立つ人影に気づいて、視線を転じた。しかめた表情はそのままで。
 が。
 その表情が見る間に変わって。
 両目に映るのはの姿。ぽかん、と、少尉を見たまま、鋼の錬金術師は微動だにしない。
「あ、大佐だ」
 一拍遅れて振り返った鎧が、こちらはフレンドリーに
「こんにちは」
 と、頭を下げる。
 外見からして屈強な男が中身かと思ったら、意外に声変わりも微妙な少年の声。
「アルフォンスくん、こんにちは」
 ホークアイ中尉も同じように頭を下げた。
「中尉もこんにちは。……って」
 やっぱり丁寧に頭を下げた鎧が、こちらはようやっとに気づく。
 隣の兄と同じように、しばらくを凝視して。

姉!!」
姉さん!!」

 異口同音の叫びは、まったく同じタイミングでエルリック兄弟の口から発されたのだった。
 だが、がそれに答えるよりも早く。


「ぐああぁぁっ!」

 絶叫が響いた。


 源は、少し離れた位置。
 列車強盗の首領が縄をかけられようとしていた場所。
 血にまみれて倒れる兵隊が、ふたり。
 左腕が機械鎧の男、たぶんあれが首領だろう。その男が、仕込みナイフらしきもので切り裂いたのだ。
「・・・うげ」
 さっきの反応に負けず劣らずな顔でエドワードがつぶやいた。
 ホークアイも、うんざりした顔になる。
 が、彼女は任務遂行に忠実である。
 音も立てずにホルスターから銃を抜くと、すっ、と、前へ。
「大佐、お下がりくださ・・・」
「待て」
 出ようとしたところを、声をかけた当の大佐に制される。
 で、部下を制した大佐殿は、懐から一枚の手袋を取り出して右手にはめた。
「これでいい」
 そうして、ちらりとを見る。
「?」
「久しぶりに逢ったんだから、いいところを見せておかないとね」
「・・・・・・大佐・・・まだそーいう趣味だったのかよ・・・」
 半眼で睨むホークアイの視線も、呆れきったエドワードのツッコミもどこ吹く風。
 雄叫びと共に突っ込んでくる首領と面と向かって対峙して、マスタング大佐は右腕を持ち上げる。

 ――バチンッ

 指を鳴らす。火花が弾ける。

 ヂッ、ヂヂッ

 生まれた火花は真っ直ぐに、首領の鼻先へと向かい、

 ゴガアァッ!

「ぐおおおぉぉ!?」

 首領の叫びさえかき消す爆発が起こったのは、その直後だった。

「・・・うーん、さすが」
 ふざけた兄(もどき)だが、実力のほどはだって認めてる。
 感心して見ていると、てっきり黒焦げと思われた犯人が身動きした。
「・・・ぐっ・・・」
「手加減しておいた。まだ反抗するというなら、次は消しズミにするが?」
 さすがに今のは効いたか、首領は床に突っ伏してうめいている。
 が、その前に立ったロイと彼のことばに気づいたか、苦しそうながらも顔を持ち上げた。
「……何者だ、貴様……」
「ロイ・マスタング。地位は大佐だ」
 わざと手袋を相手の目に映るように首元に持っていくその仕草に、は思わずこめかみを押さえる。
 なんであの兄さんはいちいちかっこつけないと気がすまないのか、と、声には出さずとも表に出ていたらしい。
 ホークアイが苦笑して、鋼の錬金術師が同意するように頷いた。
 このあとに続くことばはなんとなく想像がつく。
 曰く、

「『焔の錬金術師』だ。――覚えておきたまえ」

 ほうらね。



 マスタング大佐の発火現象を初めて見た兵士にハボックが親切に説明している横を抜け、当の大佐がたちの側に戻ってきた。
「どうだった。かっこよかっただろ?」
「あーはいはいはいかっこよかったです(棒読み)」
「冷たいなあ。昔は『兄さんかっこいい』って抱きついてくれてたのに」
「そんな悠久の過去の話を持ち出さないで頂きたいです。しかも公務中に」
「・・・・・・姉」
 延々と続くかと思われた漫才を打ち切ったのは、何かを思い出そうと顎に手をかけていたエドワードのことばだった。
 頭に疑問符を乗せて振り返ったを見て、彼は琥珀色の双眸を細める。
 それは、大佐と中尉が思わず目を見張ったほどの。
 見た人間はたぶん、少ないと思われる――心底からの、エドワードの笑顔。
「本当に、姉だ・・・!」
「うん。どれくらいぶりかな、一年もないよね」
 こちらも負けじと笑顔全開になって、がエドワードに頷いてみせる。
 それからアルフォンスに視線を転じると、
「その服・・・やっぱり姉さん、軍部に入ったの?」
 と、の衣服を指差してアルフォンスが云う。(人を指差してはいけませんが)
「・・・どっかの誰かの陰謀でね」
 ふふふふふふ、と、引きつった笑みを浮かべて、がちらりと視線を動かした先には焔の大佐殿。
 事情をあらかた察したらしいエドワードが、じりっとロイににじり寄った。
「大佐・・・姉に何やった」
「何もしてないよ。失礼な。うちの姫さんの優秀さを、ちょっと上司に自慢しただけだろ」
「それが何かしたってことなんじゃあ・・・」
 思わずつぶやいたアルフォンスのことばをきれいに黙殺して、マスタング大佐はしれっと憲兵たちに向き直った。
 睨み付けるエドワードの視線が背中にびしばし突き刺さっているだろうに、素知らぬ顔で部下たちに指示を出している。
 いいかげん疲れたのか、エドワードは視線を大佐の背中からひっぺがし、改めてと顔を合わせて。
「ひさしぶり、姉」
「うん。エド君、アル君。ひさしぶり。元気そうで良かった」
姉さんも」
 幼馴染み同士の一度目の再会は、国家錬金術師として認められた日、総督府にて。
 二度目の再会は、今日、列車強盗の後始末で騒がしい駅の構内だった。



 後始末は下位将校に任せて、駅の一角で改めて自己紹介――というよりは、それぞれの事情の説明になった。
 ざっと聞き終えたエドワードが、ということは、と、実に鋭い目で大佐を睨みつけつつ。
「やっぱり、大佐が姉だまくらかしたようなもんじゃないか」
 うんうんうん、と、全力で頷く
 だが、ロイはどこまでもしれっとしたもので。
「かわいい姫さんとちょっとでも一緒にいたいと思って何が悪い」
「大佐。それは開き直りです」
「ボクもそう思う」
 さすがに聞き流せない発言にホークアイがツッコみ、アルフォンスが同意する。
 自分の部下からのそれにはさすがに答えるのか、マスタング大佐の首筋に冷や汗が流れた。
 が。
 でもさ、と、そんなやりとりどこ吹く風でが笑う。
「ふたりとも変わってないよね。一年も経ってないから当然といえばそうなんだけど」
「・・・変わってなくて悪かったなー」
「兄さん・・・姉さんは別に身長のことだけを云ってるんじゃ・・・あ。」
 仏頂面のエドワード、墓穴を掘ったことに気づいて冷や汗たらりのアルフォンス。

「あ、それよりさ」

 別の話題の糸口を見つけたらしいエドワードが、手を打ってに話しかけた。
「何?」
「『朱金の錬金術師』ってのは、姉だけの称号だよな? 他に似たような奴、いないよな?」
 こくり、頷く
「うん、そうだよ」
 にっこり笑って彼女がそう云うと、
「兄さん!」
 と、何故だか大喜びしているアルフォンスの声が耳に入った。
 なんだなんだと視線を転じれば、今度は背中を向ける形になったエドワードが、
「やったな弟よ!」
 とか、似たような発言をするし。
「なんだ君たち、うちのお姫様に何か用事なのか?」
 そこに、ずい、と、割り込んでくるマスタング大佐。
 表情は笑ってるけど、目が笑っていません。
 通常人ならそこで退くが、そこは12歳にして国家資格をとるほどのエドワード・エルリック。
 大佐の眼光にも負けず、逆に伸び上がるように睨み付ける。
「ああ、ちょっとな。話を聞いてみたかったんだよ」
 ってか、姉をだまくらかしといてえらそーに割り込んでくんな。姫姫連呼すんな。
「何の?」
 別にいいだろ私の勝手じゃないかはかわいいんだから姫さんて呼びたくなるんだよ。

 言外に、不毛な戦いが繰り広げられているよーに見えるのは気のせいでしょうか。
 ちらりとアルフォンスを見れば、なんとなくと同じようなことを考えているのが判ってしまって。
 同じようにホークアイも、ため息混じりに鋼と焔の錬金術師を眺めていて。
「エドワード君、それで、少尉に何の話を聞きたいの?」
 どうにも収拾のつかなさそうなふたりに、ホークアイが割って入る。
 振り返ったエドワードは、ちらりとを見て云った。

「こないだ、軍の上官の皮膚を金に変えたってときの話」
 

 ぶぴ。

 ちょうどホークアイが持ってきてくれたジュースを飲もうとしていたは、思いっきりそれを噴いた。
 が、ロイはそれで納得がいったらしい。
「ああ――そういうことか」
「そういうこと」
「ふたりだけで納得してないで、姉さ・・・少尉にも話してあげようよ。兄さん」
 唯一周囲を慮ってくれているらしいアルフォンスがそう云わなかったら、は延々とむせていたに違いない。
 背中を撫でてくれたホークアイに礼を云って、まずはアルフォンスに向き直る。
でいいよ。エド君とアル君に少尉なんて呼ばれるの、変な感じ」
「何を云ってる。この間まで中尉だった人間が」
「中尉!? すごい!」
「へー、大佐より出世早いかもな」
 素直に感動するアルフォンス、にやりと笑うエドワード。
「……ってか、人が左遷されるきっかけになった話なんぞ聞いて楽しい?」
「あ、いや違う違う、その、人の皮膚を金属に変える練成っていうのに興味があるんだ」
「・・・え?」
 ちらり。
 目を向けた先は、周りで仕事に勤しんでいる憲兵さんたち。
 すなわち一般人の皆様。
 別に話すのはいいんだけど、だって幼馴染みの頼みだし。
 でも、
「あー・・・そっか。ごめん姉」
 こちらが何か云うよりも先に、察したエドワードが、へこっと頭を下げた。
 それから、マスタング大佐に目を向けて。
「大佐、どっか落ち着いて話せるトコないか?」
「ん? それだったら司令部に来るかい? 私の部屋なら、他人はまず入らないよ」
 心得た感じで、大佐もあっさり頷く。
 私用で執務室を使っていいのか、というホークアイとのダブル疑問の視線には、問題ないよと笑ってみせながら。
「そうだな。アル、そうするぞ。姉も、いい?」
「ボクはいいけど。姉さんは?」
「わたしもいいよ」
 そのやりとりを見ていた大佐が、では、と、手のひらを打ち合わせた。
 発火布の手袋をはめたままで。

「ま、だいたい立ち話もなんだしな。事後処理もあるし、司令部に戻ろう」



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2つ目にして続きモノになる罠。
ただ単にさんと皆の関係説明するだけなのに、なんでこんなに長くなる?
とりあえず、後編につづきまーす。エンヴィーが出てきまーす。(何故)
でもってやっぱり加筆修正した罠もあったりします。