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陽だまりの記憶 前編


 まだ夜も明けていない早朝から大佐にたたき出されたエルリック兄弟は、運良く宿を見つけて転がり込むことが出来た。
 今日は軍部の人間が直接待ち合わせ場所に迎えに来る約束で、ほんとーに良かったと思ったものだ。
 主にアルフォンスが。
 もし東方司令部に行って大佐を目の前にしたら、戦いを挑みたくなる心を抑えられる自信がない。
 主にエドワードが。

 思い出しては怒りに煮えたぎるエドワードをアルフォンスがなだめつつ、ふたりは時間に間に合うよう宿を出て、待ち合わせ場所に向かった。
 今日はハボック少尉の都合が悪いと聞いていたので、誰が迎えにくるんだろうと思いながら。

「こんにちは、エド君アル君」

 だけど。
 目の前に止まった車の運転席から、が顔を出して挨拶してきたときには、目玉が転がり落ちるほど驚いた。
姉ェ!?」
「他の誰に見えるの」
 気分を害したように云いながら、顔は笑っているという器用なことをしつつ、は車のドアを開ける。
「ほら、乗って乗って」
「あ、うん」
「お邪魔しまーす」
 再度の手招きに、ばたばたとエルリック兄弟は車に乗り込んだ。
 ばたんと扉が閉まり、停車のために止まっていたエンジンが再び駆動しだす音がする。
 同時に始まった振動が伝わってくるのを感じながら、エドワードは身を乗り出してに尋ねた。
「なんで姉が?」
「あれ、聞いてない? ハボック少尉の予定が悪くて、わたしが代理なんだよ」
 いやそういうことを訊きたいんじゃなく。
 判っていて云ったのだろう、力の抜けたエドワードの反応に、が笑い出す。
 ハンドルを切りながら、本来すべき回答をしようと口を開いた。
「大佐の気遣い。兼、伝言。久々に逢ったんだから水入らずで楽しんでおいで、って」
「・・・へー」
 ちょっとは大佐にもいいトコロあるじゃん、と、エドワードが感心したのもつかの間。
 それから、と付け足されたのことばにまた怒髪天することになる。
 曰く、
「自分は午前中充分楽しませてもらったから――・・・って」
 云わなきゃ丸くおさまるのに、とアルフォンスは思ったが、こういう馬鹿正直なトコロもの持ち味だ。
 とりあえず、

「下ろせ――――――! 大佐にどっちが上か今日こそはっきり思い知らせてやる―――――!!」

 走行中の車から飛び降りかねない勢いで騒ぐ兄を抑えるために、アルフォンスは苦心することになるのだった。
 この場合上も下もないんじゃないかと思っても口にしなかったのは、とりあえず、エルリック弟が少尉ほど馬鹿正直ではないせい・・・だろうか?



 ショウ・タッカーの家は大きい。
 ひとところに留まって研究を続ける錬金術師には当たり前の、山のような資料を納める部屋に実験室に。
 ただ、その広い家のそこかしこにクモの巣が張ってたりするのがいとあはれ。
「でも姉いいの? 軍部の仕事は?」
 家の門から少し離れた場所に車を止めて(通行の邪魔になる場合はタッカー邸まで、と但し書きも貼り付けて)、おとないをたてているに、エドワードが問いかける。
「今日の仕事はエド君とアル君の付き添いなんだよー」
 ちゃんと大佐直々のご命令だから、後ろめたいことはありません。
 胸を張って云うに、エルリック兄弟が揃って笑う。
 しばらく待つうちに、家の奥からぱたぱたと足音が響いてきた。
 ひょっこり顔を出したのは、長い髪をふたつのみつあみに結わえた女の子だった。
 エドワードの顔を見て、にぱっと笑う。
「お兄ちゃんたち、いらっしゃい!!」
 それから、を見て、きょとんとして。
「あれ、昨日来た人と違う・・・」
「初めまして。わたしはです。このお兄ちゃんたちの友達なの」
 かがんで、少女と視線を合わせて、自己紹介。
 にぱ、と。エドワードたちに向けたのと同じ笑顔が返ってきた。
「ニーナです! はじめまして、お姉ちゃん!」
「タッカーさんはご在宅ですか? ご挨拶していきたいんですが」
「うん、こっちだよ!」
 どうやら、ニーナはあっさりに懐いたらしい。
 むんずと腕につかまって、彼女を引っ張っていこうとする。
 それを見て、エドワードは慌てて待ったをかけた。
「ちょっと待てニーナ、俺たちは勝手に資料室に行っていいのか?」
「あ、そうだった」
 はた、と止まるニーナ。
「お父さん今日忙しいから、お兄ちゃんたちが来たら資料室に行ってもらいなさい、って云ってたよ」
「ああ、判った」
「あとでアレキサンダーと一緒に来るから!」
「おー、連れて来い連れて来い」
 昨日の息抜きを思い出して、ちょっと遠い目になりつつ答えるエドワードを見てアルフォンスが笑う。
 も笑いながら、
「かわいい彼女じゃない、エド君」
 ・・・・・・・・・
 思考停止。
 ・・・・・・・・・
 思考再開。
「ん゛な゛ッ、違―――ッ!!」
「慌てるトコロがまたまた怪しいなぁ♪」
 真っ赤になって大慌てのエドワードが面白いのか、明らかにからかう口調の
 だけど動揺しまくったエドワードは、そこまで気づかない。
 うぐ、と詰まると、
「違うッ、絶対違う、姉! 第一俺は――」
 はっとして口を押さえるも、時既に遅し。
「俺は?」
 してやったり、という顔になって、エドワードのことばじりをとらえたが迫る。
 両手で口を押さえたまま、ずりずりと後ずさるエドワード。
 何が楽しいのか判ってないんだろうが、につられてニーナもエドワードに迫っていく。
(・・・兄さん・・・不憫だ・・・)
 ひとり離れた場所で傍観していたアルフォンスは、タッカーさんの研究の邪魔になってないといいけど、とのんきに考えながら、兄のピンチを哀れんでいたのだった。


 覚えてる? 幼い頃のリゼンブール。
 まだ自分たちが、闇を知る前。地獄を見る前。
 エドワードとアルフォンスとウインリィ、それから
 覚えてる。遠い昔の日々を。
 陽だまりのなかの光景を。
姉!」
「あれ。エド君、どうしたの?」
 いつもみたいに4人で遊んでいたときだ。
 が忘れ物をとりに家に帰って、また遊び場所に戻る途中――エドワードが迎えに走って。
「これ!」
 走っていったままの勢いで、まるで体当たりするようにに手渡したもの。
 それは、幼い子供がもってくるにはちょっと不似合いなほど綺麗な髪留め。
 だけどその淡い色彩には覚えがあって、だからは問い詰めるより先に首を傾げていた。
 いつか同じように遊んでいたとき、道で拾った石の色だ。
 が拾ったのだけど、エドワードがねだったらいいよって渡してくれた石。
 これ、どうしたの?
 赤色がかった金色の眼がそう訊いていたから、えっへんと胸を張った。
「僕が錬成したんだよ!」
 そう云ったら、はきょとんとして、エドワードと髪留めを見比べた。
「・・・これを、エド君が!? すごい!」
「えへへー」
 前にがアクセサリーが欲しいって云っていたから。石を見た瞬間、この色なら似合うなって思ったから。
姉にあげる!」
「え、いいの?」
「うん!」
 ありがとう、そう云って。
 髪留めをつけて、似合うかなって照れたように笑って訊いてきたの姿を、ふと思い出した。
 陽だまりのなかだった。
 まだ自分たちが、闇を知る前。地獄を見る前。
 幸せな思い出。
 ――その象徴。



 家の中で持ち歩く資料類や、合成獣を刺激しないようにだろうか、あまり窓の少ない家のなかを、ニーナに教えられたとおりに歩く。
 軍服に身を包み、きびきびと歩くその姿は、を実年齢より年上に見せていた。
 扉の前で立ち止まり、身だしなみチェック。
 それから、ノック。
 ほどなくして、応答が返ってきた。
「ニーナかい? 今日はお父さん忙しいから――」
「申し訳ありません、タッカーさん。エドワード・エルリックの付き添いですが」
 いぶかしむ気配。
 ガタゴトと音がして、ガチャリとドアが開いた。
 ちょっとくたびれた感じのする、壮年の男性が姿を見せる。
「えーと・・・?」
「初めまして。です。わたしも一日彼らの付き添いでお邪魔しますので、ご挨拶に」
「ああ、これはご丁寧に。綴命の錬金術師、ショウ・タッカーです」
 お互いぺこりと頭を下げる。
 タッカーは、しばらく記憶をさぐるようにしていたけれど、
「もしかして、さんは朱金の・・・?」
「あ、はい。国家錬金術師のお役目も頂いています」
 はあまり、自分から錬金術師とは名乗らない。
 別に隠すことではないと思うけれど、あけっぴろげに云うのも好きではないから。
 けれどそれを聞いたタッカーは笑みを浮かべると、
「やあ、それは――どうです、良かったら少し話をしていきませんか?」
 こもりっきりの研究ですから、他の錬金術師と接する機会もあまりないんですよ。
「エドワード君とも話してみたいんですが、彼はああして資料に夢中ですから」
「ああ――そうですね。彼は何かに集中するとすごいですし」
 としては純粋に、エドワードの集中力を誉めたつもりだったのだけれど。
 どうしてか、タッカーは苦い顔になった。
 丸眼鏡の奥の表情までは判らなかったけれど、微妙に、まとう空気が硬質なものになっていて。
「・・・天才、って奴ですかね・・・」
 つぶやかれたその声は、ひどく無機質。
「……タッカーさん?」
 一瞬鳥肌がたったように感じたのは、気のせいだったろうか。
 の呼びかけにも、タッカーは反応せず、しばらく何か考えているような素振りだった。
 それから、困ったように笑ってみせて。
「いやすいません、こちらからお願いしておいてなんですが、査定が迫っているのを忘れていました。――研究に戻らなくては」
 頭をかきつつ謝るそれは、いかにも、人のいいおじさんといった感じ。
 も小さく笑って、頷いた。
「いえ。頑張ってくださいね」
「ありがとう、頑張りますよ。――もう後がありませんから」



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あいたー......先の展開が判ってる状態でタッカー氏と話してると、なんだか痛いです。
ただ、動物なら実験に使って良くて人間はダメなのかってゆーのも、
わたしとしては引っかかりがあったりなかったり。博愛主義ってわけじゃないんですが。
......でなくて。これエド夢ですから。エド夢。(のつもり)
ではでは、後編に続きまーす♪<またかい。