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流れる血の故に 1


 次の日、というには実に微妙な時間だった。
 違法錬成を犯した、ショウ・タッカーの身柄を確保した午後。
 エルリック兄弟を宿まで送り届けてきたが帰宅して数時間後。
 事後処理と中央への連絡とその他の雑務をようやく片付けたロイが帰宅してほとんど間もなく。

 時計の長針と短針が、12で重なるほんの数分前だった。

「――ショウ・タッカーとその娘、及び警護に当たっていた憲兵が本日未明、殺されました!」

 寝ぼけて受話器をとったの目を覚まし、疲れきってソファに身体を沈めていたロイを跳ね起きさせるくらいに衝撃的な報がもたらされたのは。



 ばたばたばたばたばたばたばたばた。

「今度は行きますからね兄さんがなんと云ったって喰らいついてでもついていますからね!!」
「はいはいはいはい判った判った。だがいいのか? 話では相当むごい状態だそうだが」

 がちゃがちゃ、ばたん、ばん。

「……国家錬金術師として、東方司令部の軍人として、その義務はあると思ってます」
「・・・その立場の人間としては、まあ、いい心がけだ。だがあまり自分を追い詰めるなよ」

 ブォンブォンブォン

「それに、今の話のとおりの殺され方なら、わたしにはもうひとつ義務が出来るんです」
「・・・それはなんだい?」
「まだ確証が持ててなくて……はっきりしたら、話します」
「やれやれ、うちのお姫様の秘密主義は健在か」
「ロイ兄さんの機密主義もね」

 ブロロロロロオオオオォォォォ・・・・

「鋼のにはどうする? 報せるかい?」
「・・・見せない方がいいと思います」
「同感だ。云っておくが君にもそうしたいんだぞ、本当は」
「お心遣いだけありがたく頂きます、マスタング大佐」
「・・・・・・やれやれ。飛ばすぞ、少尉。しっかりつかまっておいてくれ」



 結局、その日も朝から雨だった。
 早朝から東方司令部に到着したホークアイ中尉は、雨に濡れた髪がまだ乾かぬうちに再び外へ出るため、部屋の扉を押し開け――
「エドワード君!」
 さっきから、入ろうかどうか迷っていたんだろうか。
 こちらに背を向けて歩き去ろうとしている鋼の錬金術師が、弟と共にいたのである。
 知った人間の声に、エルリック兄弟は再び扉の方に戻ってきた。
 湿気で蒸し暑さを感じるためだろうか、いつも重ね着している黒い上着を、今日のエドワードは着ていない。
「どうしたの? こんな朝早くから」
 なんとなく、用件の察しはついていたのだけれど。
 果たして、エドワードは視線を床に落とし、しばらく迷って。
 それから恐る恐ると云ったふうに、訊いてきた。
「・・・あのさ・・・、タッカーとニーナはどうなるの?」
 予想どおりのその質問に、ホークアイはどうしたものかと眉根を寄せる。
 けれど、まさか昨日マスタング大佐が少尉にしたのと同じようにするわけには、いかず。
「タッカー氏は資格剥奪の上、中央で裁判にかけられる予定だったけど――」
 そこまでは予測していた範囲なのだろう、エドワードは小さく頷いて。
 けれど。

「だけど、ふたりとも死んでしまったの」

 ――正確に云えば、殺された。

 琥珀の瞳が見開かれる。
 ホークアイは、その横を通って歩き出した。
 我に返ったエドワードが、追いかけてくる。
「ど・・・どうして!」
「詳しいことは判らないわ。私もこれから現場に行くところなのよ」
「俺も連れてってよ!!」
「だめよ」
「なんで!?」
 足を止める。
 口を開く寸前、思い返したのはタッカー邸の殺人事件についての報告書。
 それから、その書類を届けるためについさっき司令部に戻ってきて、それから再び出て行ったの青ざめた顔。

「見ないほうがいい」

 強い口調でそう云うと、鋼の錬金術師は、ぐ、と詰まり、それ以上を追求しようとしなかった。


 奇しくも、中央からタッカーの身柄を引き取りにきた中央からの人間が東部に到着したのも今朝だった。
 東方司令部に着いた途端、タッカー殺害の報を知らされ、そのまま現場に赴いてきたふたりは当然、中央にいたとも顔見知りで。
「ヒューズ中佐! アームストロング少佐!」
「よお、! 何日ぶりだ? お兄ちゃんにいじめられてないか?」
少尉、変わりなさそうで何よりである」
「ヒューズ、おまえ、私をどーいう目で見てるんだ・・・」
 ぐりぐり、と、勢いよくの頭を撫でるヒューズ中佐に、うむうむと笑って見ているアームストロング少佐。
 そうして失礼千万な発言をかました親友に、真顔でツッコむマスタング大佐。
 そんな和やかな雰囲気も、いざ現場に辿り着けば一蹴される、実にはかないものではあったが。

 部屋中に漂う、濃厚な血の臭い。
 これだけで戻しそうになったなど、断じて云えない。
「おいおい、マスタング大佐さんよー・・・」
 聞かされてはいたものの、さすがにこめかみに手をやって、ヒューズ中佐はその場にしゃがみこんだ。
「俺たちゃ、生きてるタッカーを引き取りに来たはずなんだが・・・死体連れて帰って裁判にかけろってか?」
 ったく、こっちは検死のためにわざわざ中央からきたんじゃねぇっつーの。
 判りきっていた反応だが、マスタング大佐はうんざりした顔で、額に手を当てた。
 あまりに予想どおりなせいか、それともここまであからさまに責められると響くものがあるせいか。
「こっちの落ち度は判ってるよヒューズ中佐。とにかく見てくれ」
 自分の娘を実験に使った天罰が下ったんだろう、とかぶつぶつ云いながら、ヒューズが、タッカーの死体の上にかけられている布をめくった。
 は思わず目をそらす。
 たしかに着いてきたのは自分だが、あんなもの一度見れば充分だ。
 案の定ヒューズさえも、『うええ・・・』と云いながら再び布を元通りにした。
「やっぱりか・・・」
 そうしてつぶやかれたことばに、ぴくりと肩が震える。
 『やっぱり』。
 ――そう。最初にタッカーの死体を見たとき、自身も思ったことば。
 外の憲兵の死体の様子を大佐に確認し、手についた血をぬぐいながら、ヒューズがアームストロングに目を向ける。
「・・・どうだ?」
 そうして、アームストロング少佐は頷いた。
「ええ。間違いありませんな。『奴』でしょう」
 そうして。中央からやってきたふたりの視線が、同時にに向けられて。

「少尉」
 これまで、『奴』と相対して、おそらくひとりきりの生還者と思われる錬金術師は、それを受けて首を上下させた。

「……わたしもそう思います」

 額に大きな十字の傷を持つ、褐色の肌の男――『傷の男(スカー)』と呼ばれる、国家錬金術師連続殺人容疑者。



■BACK■



えー、原作で『傷の男』と初対面あたりの話です。
一部初対面じゃない人もいますが。セリフまわしとかところどころ比べたらおかしいかもです。
大目に見てやってくださいませ(ぺこり)
何にせよ、この話が一区切り...に、なるのかな?