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流れる血の故に 2


「よっしゃ終わり完了満了満員御礼ぱーへくと。じゃそーいうことで」
「待ちなさいエンヴィー」
「ぐげ。」
 見事に血の紋を大地に刻んだその街を見届けて、さっさと去ろうとした仲間の髪を思いっきり引っ張ると、首が変な方向に曲がる実にいい音がした。
 そのまま逝ってしまっていたら、グラトニーのいい餌になったかもしれないが、生憎その程度で逝くようなやわな仲間を持った覚えはない。
 まあ、グラトニーもつい今しがた食事したばかりだから、しばらくは黙っててくれると思われるが。
 わざとらしくゲホゲホ云いながら睨んでくる視線を軽く流して、ラストはエンヴィーの前に立つ。
「ひとつ訊いていいかしら。どこに行くつもり?」
「どこって・・・決まってるじゃんそんなの」
 えらく上機嫌なエンヴィーの表情に、ラストの口からこぼれるのは巨大なため息。
「決まってる……のなら、向かう先はイーストシティなのよねぇ?」
「当たり前でしょ、朱金の姫さん東方司令部にいるんだから」
「・・・で、スカーって男は東部のショウ・タッカーを殺したのよねぇ?」
「そだよ。だからラストおばはん、そっち見てくれるんでしょ? 候補の焔の大佐と鋼のおチビちゃんと朱金の姫さん狙われると困――あ。」
 ようやく察したエンヴィーに、ラストはにこりと笑ってみせた。
「つまり行き先は同じって訳ね」
 そのラストとは対照的に、ぴきっと引きつるエンヴィー。
「げー! やだ! こっち仕事じゃないじゃん休暇みたいなもんじゃんこんなときくらい勘弁してよ!」
「人聞きの悪い。あなたが朱金のお嬢ちゃんに変なちょっかい出さないよう、見張っててあげるって云ってるだけじゃないの」
「それが余計なお世話だって云ってるのにさー・・・そういうの、年増のデバガメって知ってる?」
 ぴくり。
 先ほどのエンヴィーに比べれば微々たるものだが、たしかにラストは引きつった。
 す、とグラトニーに向き直り、エンヴィーを指し示す。
「・・・グラトニー。あれ食べて構わないわよ」
「え? いいの? ラスト?」
「ちょっと待ておばはん。」
「ええ。もう骨も残さず食べちゃいなさいな」
「わーい、いただきまーす!」
「本気で来るなグラトニー! おばはん何考えてんのさー!!」
「それじゃエンヴィー。生きてたらまた逢いましょう」
「こら待ておばはんッ! あんたえげつなさすぎッ!」
「あら、エンヴィーにそう云われるなんて私も精進したものね」
「エンヴィー止まっててよー、食べられないよー」
「誰が止まるかー!」

 ・・・・・・これもある意味、血の紋を刻んだりするんでしょうか。



「『スカー』?」
 どうやらほとんど初耳に近いらしく、おうむ返しにその単語を繰り返したマスタング大佐に頷いてみせる、中央からの派遣ふたりと、左遷ひとり。
「その目的も素性も獲物さえもはっきりしない奴でな」
 ヒューズのことばに続いて、アームストロングが額をつついて示しながら、
「――額に大きな十字傷があるところから、我々はそう呼んでおるのです」
「今年に入って、中央だけで5人やられてます。――国全体だと、10人は行くかもしれません」
「・・・国家錬金術師の連続殺人か……噂は東部にも流れてきていたが」
 マスタング大佐も難しい顔になる。
 そこに追い打ちをかけるように、ヒューズが云った。
「ここだけの話、実は数日前にグランのじいさんもやられてるんだ」
「『鉄血の錬金術師』グラン准将がか!?」
 軍隊格闘の達人だぞ!?
 まさかと予想もしなかったらしい人名を挙げられ、大佐は素直に驚愕を示した。
 そうしてその横で、はきゅっと胸を押さえる。
 閉じたまぶたに鮮明に浮かぶ、グラン准将だった死体。
 タッカーと同じように、外の憲兵と同じように、内側から破壊され、ぐちゃぐちゃになった・・・・・・
 中央で何かと目をかけてくれていた、厳しくも優しい准将の、最期の姿。
「・・・?」
 不思議そうにこちらを見下ろすロイに、小さく首を振ってみせた。
 ちらと視線を移すと、心得たヒューズが頷いて。
「実は、グランのじいさんが襲われたときに、こいつも現場にいたんだよ。東方左遷が決定した前後だったっけか・・・」
「――! 私にはそんなこと一言も・・・」
「大佐に心配はかけたくなかったんでしょうな。実際、少尉が生き延びたのは殆ど奇蹟のようなものでしたから」
「・・・・・・
 人目があるのを判ってるんだろうか。
 ロイが、身体をかがめて、ぎゅうっとを抱いた。
「頼むから・・・そういうことはちゃんと云いなさい。こういうふうに後から知らされる方が、よほど心臓に悪い」
「・・・はい」
 だけど話そうとすると、どうしても、今日のタッカーのようなあの光景を思い出さずにいられなかったから。
 とりあえず頷くと、一応は安心してくれたのか、ロイの腕が解かれる。
 そうして再び中佐と少佐が大佐に向き直る。
「・・・信じられんかもしれんがそれくらいやっかいな奴がこの辺をうろついてるってことだ。悪いことは云わん、護衛を増やして大人しくしててくれ」
 これは親友としての頼みでもある、と。
 普段は飄々としているヒューズ中佐の真面目な表情に、もアームストロングも、軽く息を飲んだ。
 けれど。
 それ以上に厳しい顔になったのは、そのことばを告げられた、当の大佐だ。
「ま、ここらで有名所って云ったら、こいつとあとはおまえさんぐらいだろ?」
 が中央から左遷されたのはある程度有名でも、その行き先までは公になっていないはずだった。
 軍の機密として扱われているその情報を、易々と持ち出せる人間がいるとも思えない。
 ・・・人間でなければ、保証は、し難いが。
「だから、おまえさんたちさえ大人しくしててくれれば――」
「・・・まずいな」
 ヒューズがそう付け加えたのと、顎に当てていた手を外したロイがつぶやくのは、同時だった。
 それから。
「お、おい? どうした?」
 大佐の反応をさすがにいぶかしく思った中佐が問うのと、
「・・・少尉?」
 不意に硬直したに、アームストロングが呼びかけるのも、同時だった。
 大佐がぐるりと身体の向きを変え、大佐が、現場の検分をしていた憲兵たちに呼びかける。
「エルリック兄弟がまだ宿にいるか確認してくれ! 至急だ!」
「あ・・・大佐」
 憲兵が動くより先に、ホークアイ中尉がそれに反応する。
 彼女が告げるには、今朝本部を出るときにエルリック兄弟が訪ねてきていたと。
 その後、大通りの方に歩いて行くのは確認したと。
 そう聞いた瞬間、マスタング大佐は盛大な舌打ちをし――
「こんなときに・・・! ってこら、待ちなさい!!」
「行ってきます!」
 命令もないのに駆け出したに向かって呼びかけるものの、果たしてそれは意味をなさず。
 数瞬遅れた形になったが、改めて、大佐の命令が他一同に下った。

「車を出せ! 手の空いている者は全員大通り方面だ!!」

 それから、当の大佐の抑えた声が周囲の人間に届く。
「・・・・・・本気で軍法会議にかけるぞ・・・!」
「命令違反で、ですか? ですが大佐が今しがた出された命令に、反しているようには思えませんでしたが」
 すでに踵を返しながら、ホークアイ中佐が律儀にツッコんだ。
 マスタング大佐が苦々しい顔になったのは、云うまでもない。が。
「『待て』の命令違反だ」
 と、反論して、それを聴いた一同を遠い目にするのは忘れなかったけれど

 



■BACK■



エンヴィーたちがユカイなやりとりをしています。
こんなんだったら本当に楽しいのになぁ(笑)
そして大佐、やっぱり兄莫迦です。
次にはエルリック兄弟も出るでしょうか...さて、騒ぎの始まりです。