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流れる血の故に 5 |
「この、バカ兄―――――ッ!」 「馬鹿――――――!」 ふたつの絶叫が、でっかい穴ぽこの空いた、道路だった場所に響き渡る。 ひとつはアルフォンス・エルリックが、弟のためにむざと殺されようとした兄に対して。 ひとつはロイ・マスタングが、危険も顧みず崩れ落ちる道路の真っ只中に飛び込んだ少尉に対して。 そうして、それを半ば遠い目で見守っている軍部の人々。 「ちょ・・・ちょっと勘弁してください大佐・・・・・・頭に響くんです・・・」 よりによって『傷の男』に放り投げられたは、着地の際に体勢がうまく整えられなかったせいで頭を打ち、しばらく脳震盪を起こしていたのである。 そんな哀れな部下に、けれどマスタング大佐は仏頂面。 「私の寿命を縮めた罰だ」 「あああああ、怒ってる・・・」 「でも、今回はさすがにが悪いと思うけれど」 苦笑して、ぶつけた拍子に出来たらしいたんこぶに、濡らしたハンカチを当ててくれたのはホークアイ。 向こうの方では、エドワードとアルフォンスの盛大な兄弟ゲンカが繰り広げられている。 ハンカチで額を押さえながら、ちらりとエルリック兄弟を見て。 ああ、アル君腕がもげるよーなコトやるんじゃない、とつぶやいて。 それから。 「・・・・・・大・・・・・・ロイ兄さん」 「何だ?」 「心配かけて、ごめんなさい」 ぺこり、謝った。 「……判ればよろしい」 それでも明後日の方を向いたままのロイを、いつまでも拗ねないで下さい、とホークアイがどついている。 それを見やって、先ほど『デタラメ人間の万国ビックリショー』とかのたまってくれたヒューズ中佐に会釈して横を抜け、エドワードたちの元へ走った。 その頃にはとっくに仲直りしていたエルリック兄弟が、に気づき、表情を和ませて迎えてくれて。 「だいじょうぶ?」 「うん、俺は右腕だけだけど・・・」 エドワードが視線を向けた先には、半身が砕かれたアルフォンスの姿。 「やばかった……あとちょっと深くえぐられてたら終わってた」 「そうだね、一瞬覚悟しちゃったもの」 そのことばどおり、がらんどうの鎧のもう少し奥には血印が描かれている。 アルフォンスの魂と鎧を定着させるために、エドワードが自身の血を使って描いたものだ。 「うーん、正に」 下手に刺激してそれ以上崩壊したら事なので、そっと覗き込んでため息。 手の空いている憲兵に、そこらに散らばっているアルフォンスの鎧の破片を拾ってくれるよう頼もうと腰を上げ―― ぐい、と腕を引かれた。 「エド君?」 見下ろした琥珀の双眸は、真剣な光を宿していた。 「姉、あいつと知り合いなのか?」 「・・・ん、中央で今のエド君みたいな目に遭った」 苦笑して、そう云うと。 腕をつかんでいた手を外し、エドワードはすでにびしょぬれの髪をかきむしる。 それから、大きな大きなため息をついて。 ぎゅう。 「・・・生きてて良かった・・・」 それがに対してのものなのか、自分たちに対してのものなのか。 肩口に頭を押し付けているエドワードの顔は見えないから、彼がどんな表情をしているのか判らない。 だけど、少なくとも、エドワードがひどく安心しているのは判ったから。 視界の端で、なにやら余計に拗ねだしたロイとそれを呆れて見ているホークアイを捕えて、何をしてるんだろうと、この場で初めて笑みがこぼれる。 それから。 とりあえずのしたことは、エルリック兄弟の頭を普段どおりに数度、軽く叩くという、ただそれだけだった。 ――東部の内乱。 その詳しい情景をは知らない。年齢が年齢だったし、父親も教えてはくれなかったし。 内乱に招聘されたというロイも、それに関してはあまり話をしてはくれない。 エドワードやアルフォンスはどうだろうと思ったが、おそらく、あの様子では話してくれないような気がした。 「エド君たち、これからどうするの?」 話しこんでいた人々が、わらわらと出てきた横を突っ切って、エルリック兄弟のところへ行く。 今の今まで、他の憲兵たちと一緒に現場の後始末をしていたのだ。 戻ってきたのはたった今。 『傷の男』についての話は、自分も一度殺されたかけたことがある縁で(嫌な縁だな)、その素性も目的もだいたいを知っている。 だから、先に戻ろうかということばには、あえて首を横に振って現場に残ったということもあるのだけど。 声をかけられたエドワードは、何やらアルフォンスとアームストロング少佐と話していたけれど、つ、とを振り返って。 ひらひら、と、無事な方の左手を振ってみせた。 「いや・・・腕がこんなんなっちまったからさ、一度リゼンブールに戻ろうと思って」 「ああ、ウィンリィのトコ?」 「そ。このままじゃ、アルを直してもやれないしな」 視線を転じた先には、もげた身体の部分を布で覆ったアルフォンスの姿。 痛みは感じないはずだろうが、見ているの胸が、小さく痛んだ。 「姉さん、そんな顔しないでよ。ボクならだいじょうぶだから」 よほど泣き出しそうな顔をしていたんだろう、アルフォンスにまで慰められる始末である。 血印は抉られなくてすんだんだから、兄さんの腕が治ればちゃんと元に戻るんだから、と。 「・・・うん。そだね。ウィンリィならきっと治してくれるもんね」 「少尉、少尉の故郷もたしか――?」 ふと、横からアームストロング少佐が顔を出した。 「あ、はい。エド君たちと同じですよ」 「幼馴染みだしな」 「ふむ」 「こら、待て。少佐。何考えてるかだいたい判るぞ」 何やら腕を組んで考える素振りを見せたアームストロング少佐に、これまたいつ戻ってきたのやら大佐が苦い顔で告げる。 「大佐?」 どうしたんですか、と、問うより先に。 にやり。 そうとしか形容できない笑顔を浮かべたのは、唐突な少佐の発言に、やっぱり不思議そうな顔をしていたエドワード。 「やっぱ少佐が護衛してくれるっつってもさあ、管轄である東方司令部から誰もついてこないってのも外聞悪くねえ?」 「仕方がないだろう、『傷の男』に対抗出来るような人材が、そうごろごろしていると思うのか」 「しかし大佐、先刻彼奴は少尉を殺さなかったばかりか、崩壊するあの場から助けさえしましたぞ」 「・・・それとこれとは別だ」 「あ、なるほど」 ようやっと、少佐とエドワードの意図がわかって、はぽんっと手を打った。 「つまり、わたしが一緒に行ったら、『傷の男』への……少なくとも、牽制にはなるということでしょうか?」 そのとおり。 「あ・・・でもなぁ・・・」 ふと苦い顔になって、エドワードはつぶやいた。 少佐の意図も判るし、ついでに大佐からを取り返せるなら、その案はたしかに有効だと思う。 国家錬金術師ばかりを狙う『傷の男』は、その立場の人間の手強さを熟知しているだろう。 つまり、手傷を追っている自分を狙いやすしと定める可能性も、なくはない。 けれど、それは、イコール、を危険にさらすということだ。 守りたい人を、危地に引き連れていってしまうということだ。 男のプライドとして、それはかなり、回避したいことではあった。 だけど。 「――そっかぁ、リゼンブールかあ」 ウィンリィにも逢うの久しぶりだなあ、と、顔をほころばせてつぶやくの声に、がくりと身体の力が抜ける。 「姉姉、俺たち単に里帰りするんじゃないんだぞ?」 しかも、今の発言内容。 すでにエドワードたちに同行する気でいるらしいことに、二重の脱力を感じた。 「うーん、そうだけどね・・・」 とりあえず考え直してみてはくれたのか、顎に手を当てて思案顔。 大佐は何も云わないが、行ってくれるなとばかりに苦い顔。 中佐や少佐は黙って、の決断を待っている。 アルフォンスは、ちょっとおろおろして一同を見渡して。 そうしてエドワードも固唾を飲んで、の口が開かれるのを待ったのである。 「わたしは――」 |
ここで。行くか行かないか。決められませんでした。今も(ヲイ 長々と悩んで、結局答えが出ないままであります。 東部に残るかエドワードたちについていくか。残ればアレに繋がります。いつか訪れる終焉、に。 残らなければ......あの場所で、再会することになるんでしょうね。 いずれにしても、どんな決断が下されたかは、この続きをアップしたときに。 第一幕、勝手ながら、これにて幕といたします。 |