Episode2.


 じーっ、と。
 お兄さんは額から血を流したまま、ウサギさんバンドエイドを睨みつけてる。
 わたしは、そろそろ手がしびれてきたなあなんて思いながらも、真っ直ぐにバンドエイドを差し出したまま、お兄さんを見つめ返した。

 根競べ?

「……あのさあ。ていうか君、何? どこから来たの?」

 ちょっぴり疲れた声で、持ってたガレキを放り投げた金髪のお兄さんが、わたしを覗き込んできた。
「――」
 丸っこい目。
 優しそうだなって思って、わたしは、バンドエイドの差し出し先を変えることにする。
「あの」
「うん?」
「これを、お兄さんに渡してください。お兄さん」
 怪我をさせて怒ってる相手からじゃ、受け取るのが嫌かもしれないって、今気がついたから。
「ああはいはい」
 すっごくどーでもよさそーに、金髪お兄さんはバンドエイドを受け取って、
「はい、フィンクス」
「こんなちゃちいもんでどうしろってんだ!」
 投げた。
 それを反射的に受け取ったあと、があ、と、どなる眉なしお兄さん。
「シャル。めんどくさい。ささと殺すよ」
 もっとどーでもよさそーに、さっきわたしがセミになったお兄さんがご機嫌斜めの声で云う。その指は、まっすぐ、わたしを指差してる。
 ……あれ。
 お兄さん、わたしを殺したいんだ。
 きょとんと首をかしげて、わたしは、
「めんどくさいと、殺しますか?」
 セミのお兄さんに、訊いてみた。
 そうしたら、セミのお兄さんは、細い目をほんの少しだけ見開いて、二秒くらいわたしを見て黙る。でもって、「当たり前ね」ってうなずいた。
「でも」
 わたしは云い返す。
「さっきは、めんどくさいから見逃すって云ってました」
「あれはあれ、これはこれよ」
 さらに、さくっと云い返すお兄さん。
「だけど男に二言はないでしょって、お母さんがいつもお父さんに云います」
「そんなの知たことじゃない」
 そもそもワタシは、オマエの父親なんかじゃないね。
 本当のことだから、それには、「そうです」ってうなずく。
 それから、
「じゃあ、お兄さんは」、
「?」
 云いかけて、急に口を閉じたわたしを、お兄さんたちは不思議そうに覗き込んできた。
 待って、と、手を挙げてお願いして、わたしはランドセルから、またお姉さんノートを取り出す。ブックカバーを外して、さっき初めて一通り目を通した、『困ったことがあったら』をめくった。
 ここ、さっき見たお手紙のほかに、『お約束事』ってなんだか色々書いてあるんだ。
「お兄さんは」
 そこの一部に視線を落として、わたしは、もう一度口を開いた。
「『きょげんとかんけいをもてあそぶだいあくまとかいうのにであったらそくにげ』……あれ、ここ長い」

「何ねそれは」
「悪魔って聞こえたぞ、オイ」
「いやまあ、悪魔ってのは云いえて妙だけど……」

 なんだかあきれ果てたお兄さんたちの声も上の空、わたしは、どこを切り出して読めばいいのかをまず見つけなくちゃいけなくて、ざーっと文章に目を通す。
 ――ああもー、めんどくさい。
「お兄さんは、うそつきの人ですか?」
「…………」
 お兄さん達は沈黙した。
 一瞬そうしてたかと思ったら、ばばっ、とお互い顔を見合わせて話し出す。

「なあ。あの子どうしよう?」
「だから早く殺すね。ワタシたち、あんなのに構いつけてる暇なんかあるか?」
「……暇だろ。暇人集合なんだから」
「集合時間、近いけどね」
「だから暇じゃないと云てるよ!」
「でもさあ」
「なあ」

 金髪お兄さんと眉なしお兄さんが、そこでちらっとわたしを見た。
 視線がごっつんこ。
 そしてお兄さん達はしゃがみこみ、頭くっつけて内緒話体勢。

「でもね、フェイ。オレは思うんだよ」
「何ね」
「盗むでもない、ハンターでもない。殺す理由がないんだよ」
「理由なんて要らないよ。理由が必要なら、ワタシの実験台てことで持ち帰てもいいね」

 じけんだい、て、なんだろ。
 あのお兄さん、日本語覚えたての外国人みたいな話し方するなあ。

「うん。でもさあ」
「おまえがためらうのも珍しいよな」

 ぽつりと呟く眉なしお兄さん。

「それはフィンクスもだろ。いつもなら、目の前に来た時点で殺るくせに」
「フェイもだよな。地面に叩きつけてりゃ早かったんだよ」
「……二人して何が云いたい?」

 にわかに凄むセミお兄さんの眼光を、他のお兄さん達はさらっと受け流す。
 きょとーん。
 急に始まった内緒じゃない内緒話。どうなるのか判らないまま、ノート抱えて見続けるわたしを、ちらっ、と、お兄さん達はまた振り返る。
「うわー」
 金髪お兄さんが頭を抱えた。

「だめ。オレだめ。なんか、すっごく既視感」
「だなあ。俺らがここに来たのも、あのくらいの歳だったっけか」
「…………」

 二人のお兄さんを見ていたセミお兄さん、何かに気づいたように、小さく身体を揺らしてた。

「絶対判ってないよ。ここがどこなのか、自分がどうなったのか」
「うわ、それマジでなんかこう記憶をえぐるっつーか!」
「おい、オマエ」

 ……
「はい」

 今度は、ちゃんとわたしに視線を合わせてくれたセミお兄さんの呼びかけに、お返事ひとつ。返して、つづくだろう言葉を待った。

「オマエ、自分が捨てられたの判てるか?」
「え!? そうなんですか!?」

 お父さんとお母さんがわたしを捨てた!?
 がーん。
 頭に岩石落としてショック受けるわたしを、お兄さんたちはかわいそーなものを見る目で見てた。

 え。
 でも。
 待って。
 落ち着いて。
 わたし、捨てられるわけないよ。

 だってお父さんとお母さんは、

「ここは流星街だよ」

 金髪お兄さんが、こっちに歩いてきながら教えてくれた。
「りゅうせいがい」
 聞こえたまんま繰り返すわたしを、お兄さんは抱き上げる。
「ここには何でも捨てられてくる」
 たとえばオレとかね。
 そう、お兄さんは云った。
 そしてわたしは、驚いた。
「人を捨てる街なんですか?」
「うん。そして、ううん。物も者もモノも、なんでもかんでも」
「おまえもな」
 ぽむ。
 わたしの頭を叩いて、眉なしお兄さんが云う。もう、額の血は止まってた。
「違……」
 捨てられる、なんてこと、ない。

「違います」

 お父さんとお母さんは、わたしを捨てたりなんてしない。
 わたしは、捨てられてここへ来たんじゃない。
 わたしは小さな子どもだけど、それくらいは、ちゃんと判る。
 だから声を大きくして、わたしは頭を横に振る。
「お父さんとお母さんは、わたしを捨てたりしません」
「じゃあなんで、おまえはここに独りでいた?」
 しかも、あんな場所に。
 と、眉なしお兄さんが指差したのは、さっきまでわたしが風に吹かれてた、高い高いガレキの山。

「それは」
「それは?」

「わたし、迷子なんです」
「帰れさっさと!!」

 ごいん。
 眉なしお兄さんは、たぶん結構力を入れて、わたしの頭を拳骨で叩いた。
 ………すっごく痛かった。
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