Episode3.


 ズキズキ、痛む頭を抑えて、金髪お兄さんからも放り出されたわたしはそこにしゃがみこむ。
 眉なしお兄さんは「ケッ!」と地面につばを吐いて、
「迷子なら帰る家があんだろ? さっさと帰れ」
 ……と。
 とても当たり前のことで、とても出来そうにないことを、わたしに云った。

 だからわたしは、
「帰れません」
 ひとつ大きく頭を振って、痛みをむりやり払いのけて云い返した。

「あぁ?」
「家出?」

 とたんにすごむ眉なしお兄さんの横から、金髪お兄さんがまっ平らな声で訊いてくる。さっきまで、どこか優しい感じだったのに、そんなの捨ててしまったみたい。
「違い、ます」
「でもここには迷い込んだんだろ?」
「はい」
「なら家の場所くらい判るんじゃないの?」
「場所は判ります。でも、帰る方法が判らないです」
「歩けばどこかに出るよ。親切な奴でも探すがいいね」
 もう背中を向けたセミお兄さん。自分達は親切じゃない、って、真っ黒い背中が云っている。
 そして、最後までこっちを見ててくれた金髪お兄さんも、それを合図にしたみたいにセミお兄さんの後を追って歩き出そうとしてた。眉なしお兄さんもだ。
 わたしは大きく深呼吸してから、ランドセルに手を突っ込んだ。
「!」
 そしたら、どうしてだろう。
 金髪お兄さんが、驚いたように何かの構えみたいなポーズをとった。
 ぱっとこっちを振り返ったセミお兄さんと、眉なしお兄さんも。
 だけどすぐ、お兄さん達は「……」と、気の抜けたような顔でお互いを見て、ポーズをやめた。何やってんだおれたち、って感じ。

 そんなお兄さん達を見るのをやめたわたしは、ぱらぱらとノートをめくった。
 どうしてか、お兄さん達は、またわたしに目を向けて、じいっとこっちを観察してる。
 警戒っていうのかな、こういう空気は。何をするのか、何かしたら何かをする、そんな感じ。

「これ」

 そして、わたしは、適当なページでノートを……国語の漢字練習帳を開いて、お兄さんたちに見せた。
「なんだそりゃ」
「漢字練習帳です」
「……カンジ?」
「文字みてえだな。こんなんあったか?」
「いや、オレは知らない」
「シャルも知らない?」
「っかしいなあ……マイナーどころだって大抵押さえてるって自負してたつもりなんだけど」
 警戒のかたい空気を解いたお兄さん達は、その場から動かないまま、漢字練習帳を見てあれこれ話し始める。
「わたしの国の文字です」
「……それで?」
「こういう文字を使う国、ありますか」
「ないよ」
 考える時間もとらず、金髪お兄さんはそう云った。
「改めて見たら」、
 どこか呆れたような顔で、
「君みたいな格好してる人がいる国ってのも、ない」
 でもさっきみたいな平らな視線より、ずっとマシだと、わたしは思う。

「ファンタジックな質問をするよ」
「はい」

 ああ。
 やっと訊いてくれるんだ。

「君は、どこから来たの?」
「ここと別の世界からです」

「寝言は寝てから云うね」

 ぽつり。
 セミお兄さんが、冷たい視線と声でそう云った。
 そんなこと云うセミお兄さんに、わたしは、開いたままの漢字練習帳を投げつけた。
 ムッとした顔で、セミお兄さんは漢字練習帳を真っ二つにする。いったい何をしたのかわからないけど、かわいそうな練習帳は、ひらひらといくつもの白いちょうちょみたいにばらばらになって、風に吹かれて飛んでいく。
「やはり死にたいらしいね」
 ギロリ、強い視線が飛んでくる。
 怖い。
 けど怖くない。
 怖くない怖くない怖くない。

 ――お姉さんができたこと、わたしにできないわけなんてない。

「死にたくないです」

 それだけ、云った。
 視線がますます強くなる。

「寝言でもないです。本当のことです」
「シャル。これ、病院にでも投げてくるね。それともやはり、ここで殺すか」
 それがいちばん手っ取り早い、とばかり、セミお兄さんは金髪お兄さんへ投げやりに提案する。
「……マジなのか?」
 そんなお兄さん達に気づいてるのかいないのか、眉なしお兄さんが、すごく真面目な顔してわたしの方へ歩いてきてた。

 ……いい人かもしれない。

「ほんとです」
「証明できるもんはあるのかよ?」
「漢字練習帳、切られたけど、学校の教科書あります」
「ん」

 ずい、と差し出される大きな手。
「破いたりしねーから。ほれ」
「はい」
 軽く上下に振られた手のひらに催促されて、わたしは、社会科の教科書を眉なしお兄さんに渡した。
「……」
 教科書を掴もうとした眉なしお兄さんは、わたしの手からそれを取り上げようとしたとき、ちょっと変な顔をした。
 でも黙って教科書を受け取って、ページをめくってく。
 あ。
 落書きとか、したままだった。
「なんだこりゃ」
 わけわからねえ、と、眉なしお兄さんはすぐに教科書を閉じてしまう。落書きは見られなかったみたい。
「ふーん?」
 その手から教科書を奪った金髪お兄さんが、眉なしお兄さんよりは長く教科書をめくって、なんだか感心したみたいにつぶやいてる。
 セミお兄さんは「たく」とかブツブツ云いながら空を見てる。
 で、教科書を離した眉なしお兄さんは、わたしの目の前にしゃがみこんだ。
「マジか?」
「ほんとです」
 さっきと同じような言葉のやりとり。
 だけど、眉なしお兄さんの表情は、ずっとやわらかく――ううん違う。何か心配するみたいに、なって……たらいいな、っていう、もしかしたらわたしのお願いが強くてそんな見えてるだけかもしれないけど。
「それなら尚更だ。さっさとどこかへ行け」
「……」
「おまえ、俺たちが何か知らないだろ。知らないうちに、行っちまえ」
「フィンクス、仏心出して後で何かあってもオレ知らないよ」
 ため息ついて教科書を閉じ、金髪お兄さんがそう云った。
「――パクみたいな能力者が他にいたらどうするね」
 目をこっちに戻そうとしないまま、何か注意するみたいにセミお兄さんも云った。
「なら、どうしろってんだよ」
 ちょっと機嫌悪そうになった眉なしお兄さんが、そんなお兄さんたちを振り返る。
 うん。と、金髪お兄さんがうなずいた。

「どうせ暇だし。持っていこうよその子」

 どこへ?
 訊く前に、わたしは、また、金髪お兄さんに抱えられる。
「……」
 そして金髪お兄さんも、どうしてだろ、さっきの眉なしお兄さんみたいな変な顔になった。
「君さ」
「シャル」
 ぴっ、と。
 セミお兄さんが、何か云いかけた金髪お兄さんの言葉を止める。
 金髪お兄さんだけでなく、眉なしお兄さんも、わたしも、セミお兄さんを振り返った。

「暇は暇でも暇じゃないと、ワタシあれだけ云たが?」
「…………」

 空を見ていたはずのセミお兄さんの視線は、いつの間にか、真っ直ぐ、わたしたちの後ろを見てた。
 それにつられるように、わたしたちも振り返る。

 そしてわたしは、セミお兄さんよりもっとずっと真っ黒い、大きなお兄さんを、自分の目に映してた。

「……どこで油売ってるのかと思えば。こんなところで何をしてるんだ」

 遠くはないけど近いともいえない、そんな距離からでもよく聞こえる低い声が、呆れたみたいにつぶやいた。

「よう、団長。珍しいな、迎えにきてくれたのか?」
 眉なしお兄さんが手を上げる。
「誰か出そうと思ったんだが、オレも暇だったからな」
「ゴメン! 変なの拾っちゃってさ」
 金髪お兄さんが、ずあ、と、わたしを目の前に吊り下げた。猫みたい。
 ぷらーんぷらーん。
 かすかに左右に揺れるわたしを、真っ黒いお兄さんは「?」と、首を傾げて足を止め、ながめる。
 あ。なんだか今の、猫みたいだ。
 近所の子猫が、こんな感じで首傾げて、たまにお空を見てたのを、わたしはなんとなく思い出す。
「何だそれ」
「迷子だって」
「放りだせ」
 わあー。
 そうそう、こないだ捨て猫拾っていったら、お母さんもそんなこと云ってたっけ。うちのお母さんは、動物の毛があると具合悪くなっちゃうから。友達が飼ってくれることになったからよかったけど。
 さくっと云い放った真っ黒いお兄さんは、用は終わったとばかりに来た道を戻ろうとして、
「シャル」
「何?」
 金髪お兄さんが持ったままだった教科書を指さした。
「それは何だ?」
「ああ、これ?」
 無造作に教科書を持ち上げた金髪お兄さん、やっぱり無造作に、それを真っ黒お兄さんへ放り投げる。
 うまいことキャッチした真っ黒お兄さんへ、金髪お兄さんは一言二言。
「この子の世界の教科書だって。いくら団長でも、それは読めないんじゃない?」
「……ふうん」
 ぱらぱら。
 しばらくページをめくっていた真っ黒お兄さんは、適当に走らせてた視線を止めて教科書を閉じ――なかった。
 適当な場所を開いたまま、お兄さんは、そこで初めてわたしを見る。
「世界?」
「らしいよ」
「国の間違いだろう?」
「いや。別世界」
「…………」
 はあ。
 真っ黒お兄さんは、とても大きなため息をついた。

「寝言は寝て云え」

 そして、セミお兄さんとそっくり同じセリフを云った。

「ほんとです」

 二度目になっちゃうと、わたしもちょっと悔しい。むっとして云うと、真っ黒お兄さんが逸らしてた視線をわたしに戻した。
 わあ。
 真っ黒い。
 格好とかじゃなくて、眼が、真っ黒。
 すごい。
 すごいすごい。
 綺麗。
 夜みたい。夜より濃い。なんていうんだろう、この色。
 絵の具じゃ出せない、真っ黒い、黒。クロ。

 ――黒。

 なんだか感動しちゃってじーっと真っ黒お兄さんの眼を見てたら、お兄さんは「変な奴だな」と眉をしかめた。
 あれれ。怒らせちゃったかも。
 やっぱり、捨てられるかなあ、これって。

 うーん、でも、それならそれでいいかって気がしてきた。
 動けるうちにどうするか決まらないと、わたし、けっこう辛い感じ。

 うーん。
 うん。
 しょうがないよね。

 お姉さんみたいに、いつもそうそう迷子が親切な人に逢えるわけなんて、ないんだから。

 うん。
 決めた。

 大きくひとつうなずいて、わたしは、金髪お兄さんの腕から飛び降りる。
「あれ?」
 あっけにとられたような声を後ろに聞きながら、真っ黒お兄さんの方へ歩く。
 たぶんこれくらいなら平気、って位置で足を止めて、わたしは、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。ええと、おさわがせ、しました。捨てられてきます」
「…………」
 たぶん真っ黒お兄さんと何か約束してたんだろう、三人のお兄さんを遅らせてしまったことのごめんなさいと、もう行きますって意味をこめて、そう云った。
「それで、教科書返してもらっていいですか?」
 社会科が特別好きってわけじゃないけど、わたしの大事な荷物のひとつだから。
 お願いしますと差し伸べた両手と、持ったままの教科書を、真っ黒お兄さんは見比べた。
「……」
 黙ったまま差し出されたそれを、わたしは受けと
「あ!」
 れなかった。

 真っ黒お兄さんが、もう少しでわたしが取ろうとした教科書を、そのまま上に持っていっちゃったから。

「返してください」
「……」

 こんな大きなお兄さんにとられてしまうと、わたしには絶対届かない。
 それでもぴょいぴょい跳ねてお願いすると、真っ黒お兄さんは少し考えるように視線を動かして、また教科書をおろしてくれた。

 手を伸ばす。

 ひょい。

「ああー!」

 また、教科書が逃げた。
 真っ黒お兄さんのせいで。

「団長ー?」

 後ろから、なんだか苦しそうな声がする。
 こういう声、わたし、知ってる。
 笑い出すのを我慢してる声だ。

「いや。暇なんだ」
「暇人集合って、何かあるんじゃなかったのかよ?」
「暇つぶしのネタに不自由していてな……」
「つまり人数集めて暇つぶしのネタを考えようとしていたか?」
「まあ、平たくいえば」
「たしかに最近、めぼしいものもないしね」

 あははははは。
 朗らかな笑い声は、金髪お兄さんの声。
「よかったね、団長が暇で」
「よくないです。返してください。捨てる人で遊ばないでください」
「でも暇じゃなかったら、君もう死んでるよ?」
「今か先かが違うだけです」
 そう。
 結局、どことか何とかわからないままのこの場所、どこでどうすれば何が動くのかもわからないこの世界。
 ふりだしに戻って、もしも何もなかったら、ご飯も飲み物も寝る場所も持ってないわたしがどうなるかなんて、すぐに想像できるんだ。

 がんばるけど。
 がんばってがんばってがんばるけど。

 最悪のひとつは、いつも考えておかなくちゃ、それよりは大丈夫なんだって唱えておかなくちゃ――おかないと――

「……ん?」
「…………」

 おかないと。
 ほら。
 がんばれ。わたし。

 つよいひとでいなくっちゃ。

 歩く。
 強い気持ち持って、歩け。
 いつも、いつでも。どんなときも。

 そこがわたしの立つところなら。

 お姉さん。
 わたしは、がんばる。

「わかりました。教科書、いるならもらってください」

 ほら。

「……、いや、欲しいわけじゃないんだが」

 ちょっとつまらなさそうに云う真っ黒お兄さんへ、わたしはもう一度頭を下げた。
「あーあ、団長大人げねー」
「どちらが子供かわかりやしないね」
「よっぽど退屈してたんだね」
 どの方角へ行こうか少し考えて、真っ直ぐ右に折れることに決めた。
 体の向きを変えて、積み重なったガレキがトンネルみたいになってるところへ歩き出す。
 後ろから、お兄さん達が何か云ってるけど、やっと頭がぐるぐるしだして聞こえない。

 ぐるぐる。
 頭がまわる。
 目がまわる。
 耳がうなる。

 ……ああ。やっと。

 わたし、怖いって思っていい。

「は」

 歩いて歩いて。
 お兄さん達の声なんて全然聞こえなくなったのを確めてから、わたしは、まだまだ続くトンネルの中で座り込んだ。
 ランドセルを背中から外して、ぎゅうっと抱きしめる。
 さしたままだったリコーダーが、変な音をたてた。筆箱のなかで、がしゃんとシャープペンや消しゴムが踊る音。教科書が、ばさばさ倒れる音。
 いつも聞いてた音なのに、初めて聞く音みたいだと思った。

「うう」

 自分の声なのに、まるで犬がうなってるみたい。
 変なの。
「――う――」
 こみあげる熱いモノを、喉から上にいくなって念じて押し戻す。
 泣くな。
 泣かない。
 ここはまだ、泣いてもいい安心できる場所じゃない。

 やらなくちゃいけないことは、ちゃんと、お姉さんが教えてくれてる。

「……」

 ランドセルからノートを出した。
 ブックカバーを外して、ページをめくる。
 ……ペンで書いててくれてよかった。えんぴつだと、こすれて汚れちゃう。
 そんなことを考えながら、お手紙の先のページを読む。

 『帰れない場所で迷子になったときの心得』

 っていう文字の下。

 『安心できる場所を、探すこと』
 『安心できるひとを、見つけること』
 『それまでは、へこたれないこと』
 『そのあとは、へこたれてもいいよ』

 右上がりの文字。
 たかが文字かもだけど、今はなにより頼りになるって思う。

「うん」

 しゃがれた声で、わたしは、ここにはいないお姉さんに答えた。

「がんばる。へこたれない」

 がんばる。

「帰るために、がんばる」

 ノートをしまって、ランドセルを背負いなおす。
 強く目を閉じたその瞬間。ふっと、あたりが暗くなった。夜?
 思わず見上げたわたしの頭上いっぱいに、その原因は『落ちてきていた』。
「あ――」
 大きなガレキ。

 そういえば。このへんは壊れやすいって、眉なしお兄さんが云っていた。

 地面を蹴る。
 伊達や冗談で、小さい頃から身体きたえてきたわけじゃない(これもお姉さんが言い残していったんだって。何があるかわからないから、42.195キロ笑って完走できるくらいの基礎体力つけさせておけって。すごいむちゃくちゃ)。
 でも、わたしが一歩でかせげる距離なんて、たかが知れてるってもの。
 大きなガレキの面積から抜け出すには、ぜんぜん足りてない。
 ガレキは落ちてくる。
 もう一歩は進める。でも、それでもまだ足りない。あと、せめて、二歩!

 歯をくいしばる。

 がんばる。
 がんばれ。
 限界ぎりぎり、もうだめって思っても、このわたしが消えちゃうまで、がんばれ!

「お約束だなって思ってるけどさ」

 のんきな声が、わたしを捕まえた。
 金色が、揺れた。

 ずうん。

 ずっとずっと後ろで、ガレキが落っこちて砕ける音がした。
「…………」
「あ。呆れてるだろ」
 ぽかーんとしたわたしの頭を、金髪お兄さんの拳骨が軽くつつく。
「びっくりしました」
「あはは、それはそうだね」
「ついてきてたんですか?」
「うん」
「おうち、こっちのほうなんですか?」
「ううん。全然逆方向」
「じゃ、なんで」
 ごまかすためにぽんぽん質問をつづけていたら、金髪お兄さんはちょっと別の方向を指差した。
「団長がね、さっき君が云ったことに文句をつけたいらしいんだ」
「……文句?」
 並んで立つ、真っ黒お兄さんと眉なしお兄さん、それにセミお兄さんを、やっぱりぽかーんとして見るわたし。
 わたしが見てる視線を真正面から見返す真っ黒お兄さんは、すたすたとこっちへやってきた。

 べち。

 そして顔面にたたきつけられる教科書。
「痛」
 思わずつぶやいたわたしの言葉なんて知ったことじゃないとばかり、真っ黒お兄さんはこう云った。

「オレたちは、捨てない」

「え」

「撤回しろ」

 何をですか。
 訊こうとして、わたしは、さっきの自分が云ったことを思い出す。
 『捨てられてきます』って。
「でも放り出せって」
「それと捨てるとは別だろう」
「意味は同じです」
「言葉が違う」
 金髪お兄さんが、そっと耳元でささやいた。
(団長の拘り。オレたちの拘り。そんな感じ)
「…………」
 わたしは、心に、しっかりしなさいと怒鳴りつける。

「わかりました」云い直す。「放り出されます」

「それもなしだ」

 どうしろと。

 ご機嫌斜めな感じの真っ黒お兄さんは、わたしの手に教科書を押し付けた。
「暇なんだ」
「はい」
「手持ちの本も読み飽きた」
「はい」
「その文字を教えろ。見返りに、おまえが生き抜くすべを教えてやる」

 どこの少年マンガだろう、ここは。
 時は世紀末でここはよどんだ街角だったりするのかな。

 なんて、考えてるうちに、眉なしお兄さんが、わたしのそばまでやってくる。

 ぽん、

 頭に置かれる大きな手。

「っつーことだからよ」
「はい」
「ガマンすんな」
「……」
「バレバレだし」

 ずうっと小刻みに震えてた足をちらりと見て、ぴくぴくと痙攣してる肩を一度だけ叩いて、眉なしお兄さんはつぶやいた。

「かわいくねえガキは早死にすんぞ」
「その筆頭だた奴が何云うね」

 ひとう。ひっとう? 筆頭のことかな。

 ぼそりとぼやいたセミお兄さんにくってかかる眉なしお兄さん。
 あーあ、まただよ。って云って、眺める金髪お兄さん。
 誰にこれをたしかめればいいだろう。迷うわたしと、真っ黒お兄さんの目がかち合った。

「あの」
「なんだ」

 違うって云われても、別にいいや。
 なんだか、さっきより、この人たち怖くない。

 だから、わたしは思ったよりも普通の声で、真っ黒お兄さんに尋ねきれた。

「安心してもいいですか?」
「利害が一致する間はな」

 むずかしいです。
 そう云ったら、「その分含めて鍛えてやる」とお兄さんは云い、

「安心しろ」

 と、付け加えて瞼を伏せた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


■閑話・ただいま追跡中■


 左へふらり。
「おわ」

 右へよろり。
「あ」

 後ろへつっかけ。
「……」

 瓦礫に躓きかける。
「アイツ、全然足元見えてないね」


 フェイタンのことばに、三人は一様にうなずいた。
 前を行く小娘は、震えながらぬかした己の言葉そのままに、どこへとなく進んでいっている。
 で、その後ろを、何故かついてく男が四人。
「捨てられるって……どこまで行く気だよあいつ」
「さあ。おおかた、体力が尽きるまでかな?」
 そして衰弱死するか、強盗に殺されるか。
 流星街ってそんなところだ。
「異世界というのは本当らしいな」
「何いまさら云ってんだ」
 唐突につぶやいたクロロの声に、フィンクス、小さく舌打ち。

「うん、おもしろい」

 なんかこの団長、楽しそうに云ってるし。
 教科書とやらを、軽く丸めて持ったまま、クロロはフィンクスとシャルナーク、フェイタンの視線をさらりと流す。
「暇つぶしに子育てでもするつもり?」
「まさか」
 淡々と否定。それから続けて、
「この文字が気になってな。他にも持ってるようだし、異世界の書物なんてなかなかお目にかかれないだろ?」
 盗むにしても、読み方はあの子どもしか知らないわけだし。
「育てるとか、そんなのはフィンクスに任せるさ」
「なんで俺が!?」
「情移したのオマエよ」
 冷たく言い放つフェイタンのそれで、う、とフィンクスが言葉につまった。

 彼が捨てられた小動物に弱いのは、わりと周知の事実だったりする。


 そんなあれこれ絡み合って、ガレキ圧死を逃れたのだと。
 ちまちゃんが知るのは、『安心できる場所』へ連れて行かれた後。要するに、まだもうちょっと先のことだった。
Back // Next


TOP