Episode4.


 連れて行く前に、と、真っ黒お兄さんは云った。
「おまえの名前は?」
です」
? 変わった名前だなあ」
 首を傾げる金髪お兄さん。
 あ。と気づくわたし。
「名前は、です」
」セミお兄さんが復唱し、「、か?」と、眉なしお兄さんが続けた。
 はい、とうなずく。
 ここは、アメリカとかと同じで、名前を先に云うようになってるみたい。『』じゃなくて『』なんだけど、まあいっか。読み方は合ってるから。

 ひとり納得するわたしに、今度は真っ黒お兄さんが名乗ってくれた。
「クロロ。クロロ=ルシルフル」
「フィンクスだ」「オレはシャルナーク」「フェイタン」
 それにつづけて、眉なしお兄さん、金髪お兄さん、セミお兄さんの順で教えてくれる。
「クロロさん」
 なので、わたしは、お兄さん達の名前を繰り返す。
「フィンクスさん、シャルナークさん、ふぇいさんさ、じゃない、ふぇいたんた……ごめんなさい」
 ぎろりと睨んでくるフェイタンさんにごめんなさいと頭を下げて、もう一度挑戦。
「フェイ、タン、さん」
 区切って、区切って、これで精一杯。
 一生懸命なのに、フェイタンさんはまだ機嫌悪くなったままみたいだ。シャルナークさんとフィンクスさんは、後ろでお腹かかえて笑い出す寸前。肩震えてる。
 わたし、口ちゃんと動かなくなったのかな。
 どうしよう。変な呼び方するの失礼だと思うけど、でも。
「――フェイ」
 すごく苦い、たとえば沖縄のゴーヤとか生齧りしたような顔して、フェイタンさんがわたしに云う。
「それでいいよ。変になまられるより、マシね」
 ごくり。
 つばを飲み込んで、一拍。おいて、二度目の挑戦。
「フェイさん」
「うん」
 仕方ない、って少しにじませて、でもフェイタンさんはうなずいてくれた。
 そんなことをやりとりしてる間、クロロさんは何か考えるように顎へ当ててた指を外して、フィンクスさんたちをぐるりと見渡す。
「驚いた。本当に何も知らないな」
「だろ」
「信憑性アップしたかも」
 クロロさんの言葉に、フィンクスさんとシャルナークさんがそれぞれ答える。
 なんだろう。
 有名な人たちだったりするのかな。
 でも、それ、わたしの世界でまで有名じゃないと思うんだけど。

 有名っていえば、わたしたちの間だったら幽×白書とかかなあ(あ、伏字入った)。
 でもあれ、マンガだから実在じゃないもんね。……アニメ楽しみにしてたのに、もう見れないのかな。

 少し、しょぼんとしてしまう。
 何もないまま歩き回るよりは、今がずっと良い状況なんだってわかってるけど、わたしはここの世界の人たちにとっては全然よその場所から来た、よそ者ってものなんだ。
「じゃ、詳しい話は戻ってからするか」
 あーあ、と伸びをしたフィンクスさんが、わたしがぐるぐると考えてた流れを打ち切った。
「行こうか」
 さっさと歩き出したクロロさんたちの横で、わたしを持ったままだったシャルナークさんが笑ってくれる。
「あ、はい」
 だから急いで降りようとしたら、
「?」
 不思議そうな顔して、シャルナークさんは手に力を入れた。
 がっちり、捕まえられて、これじゃ降りれない。
「逃げる気?」
「ち、ちがいます」
「ならなんで降りるのさ」
「だって、行くんですよね?」
 歩くためには降りなくちゃ。
 と、云うより先に、シャルナークさんはわたしが何を考えたのか判ったみたい。
 笑い出そうとして目を細めて口を開いて――でも、それはすぐに、別の表情に変わってしまう。なんだろう、わたしがまだ見たことない表情だ。
 こんないろいろ混じったみたいな顔、クラスの子も先生も、したことない。
「……君さあ」
「は、はい」
 シャルナークさんは、結局、わたしを捕まえたまま歩き始めた。おろしてほしいなって思いながら、わたしは、とりあえず返事する。
「遠慮しすぎも、かわいくないよ?」
 えんりょ、って。
 あ。そうか。親切を断ることだっけ?
 ……じゃあ、シャルナークさんは親切でわたしを運んでくれてるんだ。
「で、でも」
 一瞬、お願いしますって云いそうになった口を、がんばって別の形にする。
「歩いてた方が、寝てめんどうかけなくてすみます」
 だってなんだか、そうなのだ。
 シャルナークさんは生きてる人だから、体温があって、あたたかい。それに大人の人だから、手とか大きくて捕まえられてても落ちる心配とかなくて、それに、さっきガレキから逃げようって思ったわたしは、あれでとても疲れたから、ちょっと気を抜くと寝てしまいそう。
 だから気を抜かないためには、自分で歩くくらいしないといけないって思う。
 運んでもらうのはとても嬉しいけれど、そこで寝ちゃうのは甘えすぎだって思う。
 とか、そういった考えもこめて云ったわたしの顔を覗き込んだまま、どうしてか、シャルナークさんは何も云わない。
「…………」
 そして、シャルナークさんは、それまでよりもっともっと、難しい表情をつくった。視線を、わたしから外す。何か迷っている、ううん、探すみたいにあちこちを見て、
「えーと」
 やっと、わたしを見下ろして、
「団長――あ、あのクロロって人ね。団長が云っただろ?」
「はい?」
「『安心しろ』ってさ」
「あ、はい」
 云われたことばに、とりあえずうなずくわたし。
 利害が一致する間は安心していい、って、うん、クロロさん云った。
 ところで利害が一致ってなんだっけ。
 お父さんが好きで見てる刑事ものドラマで、なんだかそんなこと云ってたような気がするけど。
「だから」、
 シャルナークさんは、ゆっくりと口元を持ち上げた。

「今のところは、安心していいよ」

 この世界で。

「オレが、ちゃんと、連れていってあげるから」

 この場所で。

 安心していいよって、云うそのために、笑顔を見せてくれた人は、シャルナークさんが初めてだった。
 さっきまでの平らなのじゃなくて、なんていえばいいんだろう、『安心』って伝えてくれてるっていうのが、わたしでもよく判る。そんな笑い方。
「……」
 いいんですか、って。訊くと、また熱いのがせりあがってきそうで、わたしはその熱を、シャルナークさんにしがみつくための力に変えることにする。
 ぎゅう、と、胸のあたりの服をつかむと、シャルナークさんは満足そうに「そうそう」と、わたしの頭の上でつぶやいた。
 とどめみたいに、ぽん、と、背中を叩かれる。
 一回じゃなくて、ぽんぽん、ぽんぽん。まだ幼稚園くらいのころ、お昼寝のとき、お母さんや幼稚園の先生とかが、そうしてくれたみたいな。優しい、あったかい、手。
 ――でもどうして、シャルナークさんは、そんな急に親切にしてくれるんだろう。
 さっきまで迷惑そうだったのに、そう思ってちらりと見上げると、丸っこい目は、わたしが考えてることをあっさり読んじゃったみたいだ。
「団長が決めたことだからね」
 だから、団長に感謝すること。
「はい」
「あと、もう一つ」
「……はい」
 あ、まずい。
 安心していいんだって判ったら、だめだ。急に、身体がどどっと重くなった。すうっ、と、何かに引っ張られていく感じがしてる。
 待って。もう少し。
 シャルナークさんがまだ、何か云って

「オレたちね、これでも、捨てられたものには優しくしたいんだ。ほんとだよ――……って」

 る、から。

「あれ」
 寝てる?

 聞こえました。
 もう、ずっと遠くから聞こえてくるような声に、ぎゅ、と、服を握ってる手に力を入れた。
 くすくす、笑う声がする。
 判ってくれたんだと思う。

 おやすみ。

 ぽん、と。
 も一度大きな手のひらが、わたしの背中をあやして撫でた。
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