Episode9.


 そして結果は出た。
 わたし、米俵状態を半日耐えることもできませんでした。

「…………」
「苦しいなら苦しいって云えばよかったのに」

 がたんごとんがたんごとん。
 列車の座席に腰かけて、おなかおさえてうずくまるわたしの横には、イルミさんが座ってる。
 気分転換させてくれようとしたのか、ほんとうならイルミさんのほうが座るべき窓際にわたしがいて、通路側にイルミさん。
 片方の腕を肘掛に置いたイルミさんのことばに、わたしは、ゆらゆらと頭を左右に振った。
 そしたら、
「あら。お連れさんが酔われましたか?」
 通路を挟んだ向こうに座ってた上品そうなおばさんが、そう、イルミさんに話しかける。
「ううん。さっき食べ過ぎただけ」
 薬を渡してくれようとしたらしいおばさんへ、イルミさんはそんなふうに答えてた。
 わたし、よっぽど具合悪そうにしてるんだなあ。思うけど、ぎゅうっと圧迫されてた胃のなかで踊ってたご飯が、まだ、腸とかに抜けてない。ぐるぐる。
 ……うーん、ある意味、食べ過ぎて苦しい、で正解かも。
 おばさんは、「あらあら」って笑って、自分のお隣さんとお話することに戻ったみたいだった。
 さらさら。と、黒い髪が揺れる。
「乗ってる間に治りそう?」
 小さな声。
 云ってることは心配してくれてるふうなんだけど、うーん、イルミさんの話し方って、クロロさん以上にまっ平らだなあ。
「たぶん、治ります。――じゃない、治します」
 そう。
 人間根性さえあればどうにかなる。
 お姉さんだってそう書いてた。
 ぐっと力入れて答えたら、イルミさんは「そう」と、寄せてた顔を離してった。それで会話は終わるかと思ったけど、まだ、言葉は続いてる。
「ならいいか。それくらいじゃないと、うちの庭で二日生き延びるなんて無理な話だし」
「…………」
 イルミさんちの庭って、いったい、どーいうところなんだろう。
 そういえば、獣とかクロロさん云ってた気がするし、フィンクスさんなんか死ぬ気で生き延びろとか云ってたし――
 あれ?
「三日じゃないんですか?」
「ん?」
 たしか、クロロさんは、三日とも云ってたと思う。
 自分が寝ぼけて何してたかもよく覚えてないわたしだけど、それは、間違ってないと思うんだ。
 問いかけたそれに、イルミさんは、数度、ぱちぱちとまたたき。
「――ああ。うちに着くまで時間がかかるから。それ込み、三日」三本指が立てられて、すぐに、一本おろされる。「だから、君が庭で生き延びるのは実質二日でいいんだよ。どう? 少しは気が楽になった?」
「…………」
 笑おうとしたわたしの顔は、たぶん、すごーく変なものになってたと思う。
「あれ? 嬉しくない?」
 ぱちくりした目のまま――というか、このひとは基本的に目が丸っこくて大きい。瞳孔いっぱい開いた猫みたいで、なんだかかわいいと思う。なんというか、どろーっとぺたぺたした黒いものがなければ、だけど――こちらをのぞきこんでくるイルミさん。
 てっきり喜ぶと思ってたんだけどなあ。
 とか、云ってる。
 でも。でも。
「一日の違いで、……ええと、生還率。大きく変わったり、しますか?」
 きっとあんまり、変わらないと思う。
 そんなヤな予感むき出しで訊いたら、イルミさんは「うん」とうなずいた。

「そういえばそうだ。変わるわけないや」

 あはははは。

「……」

 目を開けたまんまの、まっ平らな笑い声が、ほんのちょっぴり、うらめしかった。
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