Episode10.


 特別サービス。
 って、イルミさんは云った。
 バスに乗って辿り着いた超絶おっきな扉を目の前にして、人差し指たて内緒話のポーズだ。
「まあ、いくらなんでもミケに当たったら速攻死ぬの判りきってるしね」
「……ミケさんですか」
「ん。うちの番犬」
「……そぉですか」
 きっと、こう、どーんとばーんとスゴイ生き物に違いない。
 ちょっぴし棒読みで答えるわたしを見たイルミさん、「うん、慣れてきたみたいだね。いいことだ」なんて云っている。

 コレが慣れた成果なら、わたし、慣れないままのほうがいいような気がする。

 でもたぶん、慣れないと、生きてけないんだろうな。
 生きてけないと、家に帰ることもできないんだろうな。
 お父さんとお母さんにまた逢うことだってできないんだろうな。

「…………」

 なら、慣れなくちゃ。
 がんばらなくちゃ。

「とりあえず、試してみようか。これ開けてみて」
「は、はい!!」
 ひとりで力んでいたら、イルミさんはいつの間にか門のまん前にまで移動して、ぺしぺし、それを叩きながらわたしに云った。
 あわてて、がしゃがしゃうるさいランドセルを弾ませてそこへ向かう。
 向かって、
「…………」
 絶句。

 超絶おっきな門は、ぶつかるまで後一歩の距離にまでなってもやっぱり大きかった。近づいた分、ますます、どーんとわたしを押しつぶしそうな感覚が強くなる。
 で。
 ええと。
「こ、これを開けるんですか」
「うん」なんでもなさそにうなずくイルミさん。「サービスはするけど、その前に一応試したいんだよね」
「この門を開けられるかどうか、ですか?」
「そうそう」
「む」、
 無理です!
 って叫びたかったけど、ぐっとこらえる。
 だって、そんなことしたら、イルミさん怒るかもしれないし。クロロさんのお願い、きいてくれなくなるかもしれないし。そしたら、わたし、返される――どころか、ここで「もう知らない」とかって放り出されるかもしれないし。
 ……それは、だめだ。
 クロロさんとイルミさんの仲が悪くなるのも嫌だし、せっかくクロロさんがお願いしてくれたことを無駄にしちゃうのも嫌だ。
「……」
 とりあえず、手を当ててみる。
 ぐっと押してみる。
 ――当然のよーに、門は、ぴくりともしないまま。
「……」
 ぱちぱちぱちぱち。
「はい、よくがんばりました」
 そうなることが判ってたよーに、イルミさんのかわいた拍手。褒めてないお褒めの言葉。

 う、うれしくない。

「じゃあ」
「ま、待ってください!」

 つい、と、わたしを押しのけて門に手をかけたイルミさんに、しがみつく。
「?」
「も、も一回! お願いしますっ!」
「いや、無理だと思うけど」
「でもなんだか悔しいです!」
「…………」
 イルミさんは。
 ほんの数秒くらいかな。まるでまたたきも、呼吸も。忘れたみたいに止まってしまった。
 その間、じい、と、しがみついたわたしを見下ろして、――それから、
「驚いた」
 やっぱり平らな声でそう云った。

「君、あそこにいたときと、けっこう印象違ってない?」

 あそこ、というのは、たぶん、クロロさんたちといたところだ。
「そ、そうでしょうか」
「うん」
 印象っていうのは、たぶん、クロロさんたちと向かい合ってるときのわたしと、今、こうしてるわたしを比べてのことだ。
 ――だって。
 言い訳がましく、思ってしまう。
 だって。

 イルミさんはまだ一度も、わたしに、『殺す』って云ってない。

 怖いことになるよって、予言してるけど。でも、わたしのことを、殺すとは、イルミさん、云ってない。

 だって。

 『殺す』って。

 それはとても怖い意志がこもった、とても怖い言葉――



 紡がれる、息吹は力。
 綴られる、言葉は力。



 マラソン42.195キロ笑顔で完走体力。
 お姉さんが言い残してった、とっても無謀な目標のために、わたしは、歩けるようになるとすぐ、幼稚園生活も含めまるまる、学校に入っても、長いお休みのたびにそこへ――お山へ、預けられてた。
 ちょっぴりうぬぼれちゃってもいいなら、わたし、そこで修行してる人たちと一緒にがんばったおかげで、体力ってずいぶんついてると思う。マラソン自力で完走できるかは、まだ、どうかなって感じだけど。
 とはいえ、一日中体力づくりしてたわけじゃない。
『体力だけでは足りんのじゃよ』
 わたしのお師匠様になってくれた和尚様は、80歳越えても筋肉の塊ーって感じの人だった。そのお師匠様の口癖が、それ。

『大事なのはな、ハートじゃ!』
『…………』

 和尚様が横文字云うのって、とても不自然な感じがして楽しかった。

『力があれば無理も通る。だが、それより強い力にぶつかれば、押し返されて痛い目に遭う』

 だから、と、和尚様は、よく、みんなに云っていた。

『どうせ人間の力にゃ限界があるんじゃ。ならば引き時をよく見極め、以降は流れを導くがよほど賢いと思わんか?』

 流れを導く。

『この世界のあらゆるものには、あらゆる何かがあらゆる形で流れとる』

 それは誰かの生命だったり、何かの息吹だったり、いつかの思いだったり。
 こうしてる呼吸も。
 さっきからしてる会話も。
 何にもどれにも、流れが宿る。
 何かに向かう。
 どこかに向かう。
 意志とか思いとかエネルギーとか。

 ――その最たる根源を、和尚様は、竜脈って云ってた。

『それはな』、

 誰かの、何かの、放った流れが。集って、添って。まるで川が大河になるように。

『さしずめ、世界自体がひとつの大きな川なのだと、考えればいいかのう――』



「つまり、世界そのものにも念があるってこと?」
「はっ。」

 い、いけないいけない。
 また、考えがどこかに飛んでっちゃってた。
 ぱたぱた首を左右に振るわたしを、イルミさん、見てる。
「君の故郷はそういう考え方なわけ? けっこう面白いけど、聞いたことないな。どこの辺境?」
「へ、変、今日?」
「……どこの“田舎”?」
「あ。す、すいません! 小さい町です……!!」
 ――じゃなくて。
「あ、あれ。イルミさん、あの、もしかして、わたしが今考えてたの」、
「考え事するときに口動かすの、やめたほうがいいかもね」
「……う、うわああん」
 がくぜん、と、頭抱えてしゃがみこむ。
「……」
「はい?」
 そんなわたしを、じー、と見下ろすイルミさん。
 ……別に、あきれてる様子でも、怒ってる様子でもない。なんだろう。
「クロロたち」、
 突然、その名前が出て、びっくり。
「は、はい」
 あわてて立ち上がると、
「クロロたちが、妬くんじゃないかなあ」
「あ! 今日もらったご飯はたしかに炒めたご飯でした!」
 うん、フィンクスさん、たしかにご飯焼いてたし!
「……」
 あ。
 眉しかめられた。

 ぽーん。

 首根っこつかまれて、門に投げられる。
「はい、チャンスもう一回。そこまで云うなら、がんばって」
 うわー、なんだかとっても投げやりだあ。
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