Episode11.


 むう。
 でもせっかくくれたチャンス。がんばろう。
「……」
 とりあえず、また、門に手をついてみる。
 当然、開いたりはしない。
 この門がどんなもので出来ているのかわからないけど、お師匠様だって、力比べじゃ開けられないだろうって思う。

 うーん。困った。
 流れてくモノは感じられるんだけど、これを止めたり動かしたりする、そういうのって、わたし、まだ小さいからって教えてもらってなかったんだ。

 ……再挑戦のはずが、また、ダメっぷりを見せちゃうことになるのかなあ。
 う。
 それだけは、ヤかも。
 わたしの世界の人たちが、みんな、わたしみたいな根性なしだなんて、思われちゃうのって、なんだかすごくヤかも。

 うん。
 ヤなことは。
 全力で、良いことになるまで、捻じ曲げましょう―― これも、お姉さんの書置き。
 だから、がんばる。がんばろう。

「――ん」
「んー」

 どうにか、流れを掴もうと。だからどうなるってわけでもないけど、とにかく、それを出来れば何かとっかかりもできるんじゃないかって、わたし、手のひらどころか全身を、門に傾けてて。
 だから気づかなかった。
 イルミさんが、わたしのすぐ真後ろまでやってきて、肩越しに一緒に覗き込んでたこと。
「どうしても、門、自力で開けたい?」
 だから、すごく近くで声がするなあとは思ったけど、あんまり気にしないで答えてた。
「――がんばりたい、です」
「そう」
 いつか。
 顔も知らないお姉さんと、逢うために。
 そして、家に帰るために。
 わたしは、この世界でわたしだけの力で生きていけるふうに、なりたいと思う。
 だって、この世界で、わたしは、わたしだけなんだから。

「何をがんばるか、ちゃんと考えようね」
「――え?」

 急に方向転換した言葉にびっくりして、わたしは、声のするほうを振り返る。
 そして目に入ったのは、イルミさんの大きな眼、の、ど、どアップ……!
「わわわわわわ!」
 あわてて飛びのくわたしなんて知らん顔して、イルミさんは、「よいしょ」と門を押してしまった。
 ずごご、と、鈍くて大きな音がして、わたしなんかじゃ全然だめだった巨大な門は、あっさりと、イルミさんに道を開けてしまう。
 ……く、悔しいって思うのは、きっと、お門違いってやつなんだろう。けど、正直、悔しいです。

 わたしは何も出来ないんだと、云われてるみたい。

 ここは異世界。遠い場所。
 わたしを知らない、わたしが知らない世界。

「とりあえず、二日間サバイバル。がんばるのなら、まず、これから」

 そんなイルミさんの言葉に、「あ」、と。ひとつつぶやいて、
「はい!!」
 わたしは、肩の力を少しだけ抜いた。


 ここは異世界、遠い場所。わたしが知らなかった、わたしを知らなかったとこ。
 ここで、これから、がんばるために――うん。まずは目の前のこと、ひとつずつ、できるようになっていこう。




 トルルルルルル

 不意に鳴り出した携帯電話。
 発信者を見たクロロの目が、いぶかしげに細められた。
「誰からね?」
 フェイタンの問いに、
「イルミだ」
 簡潔に答えながら、彼の指は通話ボタンを押している。
 はあ? と、フィンクスが、サッカーボールに見立ててリフティングに興じていたコンクリートの欠片を床に落とした。
「何だ何だ、あいつに何かあったのか?」
 あいつ、とフィンクスが称するのは、数時間前、某死火山に住む一家の所有地でサバイバル生活を行なうために連れて行かれた少女のことだ。
 異世界からの来訪者だという、ちまっちい小娘。
「フィンクス、黙るね。電話の邪魔」
 そう云うフェイタンの顔も、クロロの方へ向いている。
 一日も経てば経過報告くらいはあろうと思っていたが、さすがに数時間で向こうからコンタクトがあるのは予想外だった。
「オレだ。どうした」
 二人分の視線を受けながら、クロロは受話器向こうの相手へ問いかける。
 早々にあの少女がリタイアしたのかという彼の予想は、だが、外れる。

「…………」
「どうした団長」
「黙りこくてるが、もう電話終わたか?」

「…………」
「おーい、団長? なんかどんどん渋い顔になってるぞー」
「受話器の向こうから何か云てるよ」

「…………」
「ちっ。カメラどこだカメラ」
「何する気ねフィンクス」

「…………」
「おもしれーから、記念写真だ。みんなに見せてやれ」
「オマエも大概命が惜しくない男ね」

「……却下だ」
「お」
「動いたね」

 とても苦々しい声で電話の向こうへ応じるクロロを、フィンクスとフェイタンが見つめる。カメラ探しは、その時点でお流れになった。

「念を起こすだと? 馬鹿を云うな」

 念?
 顔を見合わせる、取り残された二人組。
 なんだって、あの、どーしよーもなく右往左往していた小娘の件で、念がどうだの出てくるんだ。
「――とにかく、それはまだだ」
 まだ何か云ってるらしい電話向こうの相手の発言をさえぎって、クロロは断固とした調子で云いきった。
「そこで生き延びるだけの力があれば、どのみちそうするつもりだった。おまえが手を出す件じゃない」
 いや、普通に考えりゃ無理な話だよなあ。と、目線でフィンクス。
 無理を通して道理を引込める器なら使えると思てるよ、きと。と、目線でフェイタン。
 使うって何に? と、問う三人目はここにはいない。
 だが問われればきっと、二人とも、そして電話中の一人も、同じように答えただろう。

「つまらないとかいう問題じゃない。とにかく生身で二日間。オレが見たいのは、それに耐えられるかどうかだ」

 とりあえずフィンクスとフェイタンは、はあ、と、ため息をつくクロロと電話向こうのやりとりをそのまま眺めておくことにした。
 ――他にやることもなかったし。
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