Episode13.


 ひととおり身体を動かして、わたしは、スニーカーの紐をきつめに縛りなおした。たぶん脱ぐようなことはないって思うから。
 川とかあればうれしいけど、そういうのは無いものねだりっていうんだ。
 だいじょうぶ。
 何日かお風呂に入れないくらい、生きるか死ぬかに比べたら、全然、どってことない。
 あと、座り込んだついでに、髪をほどく。
 かたっぽだけまとめて結んでた髪ゴムを手にかけたまま、きゅっと取り分け直して固めに、しっかり。
 ――そうして、深呼吸。
 準備はできた。
 さ、次は、

「……寝るトコ探しかあ」

 ふああ。
 あくび、ひとつ。
 なんだかんだで、目が冴えてたけど、たぶん、知らない人とたくさんお話したりして緊張してたわたしの神経、弛んできてるんだと思う。
 何が出るか判らない、こんな夜の森のなかで、普通だったらのんきにあくびなんかしないんだけど……けど、「ふわ」眠い。
 うん。一人になって、誰の目も気にしないでよくなって――だから、眠くなっちゃった。
 でもお昼もわたし寝てたよね。クロロさんちでも寝てたよね。うーん、今日、寝すぎかな。
 だけど眠いってことは、身体がそうしなさいって云ってるってことだもんね。
 きょろきょろ。
 あたりを見渡す。
 都合よく、人間が入れるような大きなうろがある木はない。
 そうなると、木の上に登って寝るのが安心かなあと判断して、わたしは、適当な木に手をかけた。足もかけた。でっぱりとか枝とか使って、五分もかかんないうちに木登り成功。
 えへへ、これくらいなら、朝飯前って感じ。――って。
「……明日になったらご飯探さなくちゃ」
 何か、食べれられる植物とか、あれば、いいなあ。
 そんなこと考えながら、大きめな枝に抱きつく感じで、わたしは、…………
 …………
 ……

 おやすみなさい。



 トルルルルルル。

 クロロが二度目のコールをとるのは、一度目より格段に早かった。
 暇つぶしも兼ねてカードゲームに興じていたフィンクスとフェイタンは、その速度を見て、コールをかけた相手が誰であるかをすぐに悟る。
「オレだ。まだ何かあるのか」
 口調こそ鬱陶しそうにしているが、それまで開いていた本のページが普段の数分の一しか進んでいないのを見れば、まあ、なんというか。一目瞭然?
 素直じゃねえなあ、団長。
 素直だたら団長なんかしてないね。
 目線で会話。
 たぶんクロロがこっちを見てれば気づいたろうが、あいにく、彼は電話に忙しそうだ。
「……踊ってる?」
 顔を見合わせる、暇もない。
「ぶっ」
「く」
 蚊帳の外でふきだす二人。
 ちなみにフィンクスの脳裏には専門用語でいうところの『阿波踊り』が、フェイタンの脳裏には『フラダンス』が浮かんだ――のかどうかは、さだかではない。
「……、それは、柔軟か何かだろ」
 正解。と、たぶん相手は云ったらしい。
「判らいでか」
 ため息とともにクロロは応じ、
「――それで」、
 少し間をおいてから、やっぱり淡々と切り出した。

「どんな調子だ?」

 ――フィンクスとフェイタンは、クロロとの付き合いが長い。今仕事に出ている、他の何人かともそう。
 それこそ、互いが少年のころからだ。
 だから、と一言でまとめられるようなものではないのかもしれないが、それなりに、互いの性質というか、そういうものを判ってはいる。
 だからして、
「……やっぱりなあ」
「団長、入手したものには愛着持つね」
 それが、これまで手にしたお宝のように期間限定のものなのかどうか――それはまだ、わからない(過去に数度、愛でる専用の『お人形』を傍に置いていたことはあった)けれど、たぶんどうやら、いや、きっと、これは間違いなく事実。
 唐突に、ぽーんと捨てられたように飛び出てきたちまっちい小娘を、その実クロロ、わりと気にかけていたりするらしかった。

 ここは流星街。
 彼らの云う本拠地(ホーム)とはまた別の建築物の内部だが、この街は――国は。彼らが彼らとして育った場所。
 たとえ普段どこにいようと、何をしていようと。
 彼らは彼らとして培った在り様を、なんら変えることはない。

 『我々は何ものも拒まない
  だから我々から何も奪うな』

 ――拒みはすまい。
 それがただの偶然で、手の中に転がり落ちてきたものであっても。

 ……まあ、とりあえず、飽きないうちは。

 気のない調子でクロロが応じている声をバックに、フィンクスとフェイタンはカードゲームを再開した。
「……ふうん」、
 あんまり凝視してると、追い払われそうだし。
 特にフィンクスは、これまた、これでもこれまた、わりと小娘を気にしてたりする。捨てられた動物とかって、なんかこう、ぐっときちゃうタチだし。
「そうか。寝たのか」
 寝たんかい。
 がくり、肩を落とすフィンクス。
 さっきここへやってきた人物の庭、そこは、彼らにとってはそれこそただの『庭』だが、一般人にとってはある意味ジャングルより厄介な場所のはずなんだけど。
「くくっ」
 似たようなことを考えたのか、クロロも小さく笑い声をこぼしていた。
「度胸はあるみたいだな。――何?」
 少し満足げにしていた声が、怪訝そうに、
「ノート?」
 相手のセリフを反復した。
 それからすぐに、反論している。
「いや。オレは持たせてない。少し待て。フィンクス?」
 通話状態そのままに、クロロがフィンクスへ呼びかける。
 会話の途中でなんとなく察していたフィンクスは「俺は違うぜ」とかぶりを振った。当然、フェイタンも返す答えは同じなので、ついでとばかりに類似の仕草。
 そんな二人の応答を見て、クロロは少し考え込んだ。ややあって、
「ああ」
 一人納得し、再び通話へ意識を戻す。
「たぶん、最初から持っていた分だろう。丈夫そうな作りじゃなかったか?」
 相手の応答は、肯定。
「それなら、本人の持ち物だ。思い出した。たしかに、取り出して読んでたな」
 ガレキの道を歩いた先、へたりこんだ場所だった。あの赤い背負い物から取り出されたノートを、大事そうに見つめていた。
 さて、あれは一体何なのやら。
 何やら、難問に当たったときに読んでいるようにも思えるが、そんな場合のノウハウでも書いてあるのだろうか。となれば、当人が書いたものでもなさそうだ。あの小娘自身は、少々身体がよく動くだけで能力自体はほぼ一般人と変わらない上に、修羅場にブチ当たった経験もあるとは思えないから。

 ……まあ、後で訊けばいいか。
 フィンクスは、そう結論付ける。

 もっとも、それは、あの小娘が無事に戻ってきたらの話ではあるのだが。
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