Episode14.
「あーたーらしーい、あーさがきたっ」
夏休み、毎朝のように聞いてた歌は、すごく自然にわたしの口をついて出る。
どうやら、夜のうちに動物がきたりとかは、しなかったみたい。
すぅっと消えてった意識が戻ってきたら、もうお日様が木の向こうから姿を見せていて、今日がいいお天気だって教えてくれていた。
「♪」
お天気がいいと、嬉しい。
それに、ゆうべはあんまり気にする余裕もなかったけど、こういう、木がたくさんの場所っていうのは、どことなく、わたしがお世話になってたお山を思い出させてくれる感じがする。
わさわさと元気に生えてる木々の向こうには、青い空。そんでもって、お日様。
景色ははっきり見えるし、風も乾いてて気持ちいい。
それにもひとつ嬉しかったのは、探し始めてすぐに、小川が見つかったこと。これで、飲み物の心配はしなくても大丈夫!
……こんなお庭があるなんて、イルミさんちって、すごいお金持ちなんだろうなー。
水は、ちょっと舐めてみても、別に変な味とかしなかった。ノートには、ちゃんと煮立たせて消毒したほうがいいって書いてあったけど、火はあんまり無駄遣いしたくないから、そのまま顔突っ込んで飲んじゃった。
何分か経ったけど、別におなかが痛くなったりはしてない。わーい。
そうなると、あとの心配はご飯だった。
いざとなったら、草引っこ抜いてよーく煮込めば食べられるらしいけど、それは、本当に最後の最後ってときにしたい。だって美味しくなさそう。
でもそしたら、食べるものって、
「……」
茂みからひょっこり顔を出した、わたしの知らない動物を見て、わたし、小さくため息ついた。
やっぱり、ああいう動物を狩らなくちゃ、ご飯、食べられないってことだよね。学校の飼育小屋のうさぎさん、ごめんね。わたし、帰ったらしばらく、みんなのことがご飯に見えるかもしれない。
……あ。でも、毛皮とか持ってる子って、皮とか始末大変そう。
「……え」
なんて危ないこと考えてるっていうのに、茂みから出てきた動物――うさぎとクマが合体したような、小さな子――は、てってけて、と、わたしの方に走ってきちゃった。
う、うわあ。
反射的に、抱き上げちゃう。撫でてあげると、気持ち良さそうに目を閉じちゃった。
ふかふか。やわらか。あったかい。かわいい。
「うわあん」
やっぱり、狩りは難しいかも。
釣りにしようかな。
うん。そうしよう!
決めてしまったら、さっさと動かなくちゃ。
「じゃあね」
抱き上げてた子を放して、わたしは、さっき見つけた小川のほうへ歩き出す。
てくてくてく。
てけてけてけ。
てくてく。
てけてけ。
「……」
わたしが止まると、うしろからついてきてた子も止まった。
「どうしてついてくるの?」
もちろん、動物にことばは通じない。
その子もちっちゃく、首を傾げてるだけ。
……あれ?
そういえば、わたし、どうして、ここの人たちとお話できてるんだろう。
文字、違うし。異世界、だし。
でも日本語だよね。クロロさんたちが使ってるの。
……おかしいな。
日本って、あるのかな。世界共通、なのかな。
でもそしたら、文字も、日本語とかじゃないとおかしいよね。
「……あれれ?」
小さなウサギクマ(仮名)と見つめ合ったまま、わたし、じいっと考え込んでしまった。
「――って判るわけないもん!」
それで数分後。いさぎよく、疑問は全部投げ出した。
小学校五年生には、難しいことなんて判らないのです。
だから、言葉が通じてるからいいんだってことで、納得しておくんです。
そうでないと、頭、煮えちゃうもん。
……ね。
川へ到着したわたしは、とりあえずウサギクマを川辺に放してやってから、スニーカーと靴下脱いで、ざばざばと水の中に入ってみた。
さっき飲んだときも思ったけど、ひんやり冷たくて気持ちがいい。
よーく目をこらしてみたら、小さな魚が気持ち良さそうに泳いでるのも見えた。
……よし。
ええと、まず、川の流れをよく見て。魚たちが動いてくのもよく見て。
流れる線と、魚の点。
それが、交差する場所――
ぴん、と張り詰める空気。
「えい!」
それをやぶって、わたしは、手を思いっきり川のなかに突っ込んだ。
冷たく、ぬるっとした手触り。
「!」
触れたものを掴むんじゃなくて、指をくまでみたいに曲げて、川からたたき出すっ!
ばしゃっ、と、魚が川辺に飛んでった。ぴちぴちはねて、水に戻りたいって仕草。
でも、ごめんね。
わたし、ご飯のためにそうしたから、水に戻っちゃダメ。
川でのお魚とりは、お山で一緒にお稽古してた人たちと一緒に、よくやってた。あそこも、きれいな川があって、特に夏は美味しいお魚がいっぱいいたんだ。和尚様をお手本に、最初は一生懸命がんばったっけ。
初めて、ひとりでちゃんとお魚が獲れたときはうれしかったなあ……
「あ」
いけないいけない。
ちょっぴり昔を懐かしんじゃう頭を振って、わたしはまた、川に目を戻した。一度成功すると、なんていうか、ツボを押さえきれた感じがする。
調子に乗って、二匹目、三匹目――と捕ったところで、川辺にちょこんと座ってるウサギクマが気になった。
「ねえ」
呼びかけると、長い耳ゆらして、首をかしげてくる。
「お魚、好き? 食べる?」
言葉通じるかなあ。ええと、ふいんきとか、そんなの、伝わるといいなあ。
なんて思いながら云ってみたら、その子は反対側に首をかしげたあと、ぴょこん! とジャンプ。わたしが捕ったお魚の一匹をとると、
「あー」
てってけてー、って、森の中に走っていっちゃった。
「あーあー」
……なんてしっかりした子だろう。
そうだよね。まだ小さかったし、川に入っちゃうと流されたかもしれないもんね。でも、一匹で足りるのかなあ。も一匹、持っていってもよかったのに。
もう茂みの向こうに見えなくなっちゃったウサギクマを見送るポーズで、少しの間、わたしはそんなことを考えてた。
で、そのあとも一匹お魚補充したわたしは、乾燥してる木の枝集めて、教科書一ページ破って火をつけて焚火をおこして、お魚焼いて、まるっと美味しくいただきました。
先生ごめんなさい。でも、もう習った部分のページだったから、あんまり怒らないでください。
「さて、と」
手を洗って、口をゆすいで、ご飯の後始末もおしまい。
一応、これで、ご飯と水と寝るところには困らないとは思うんだけど――ほんとうに、これだけで二日間、終わらせればいいのかな?
えっと、昨日の夜から始まったから、明日の夜までがんばればいいんだよね。
こんな感じでご飯食べてのんびりしてたら、がんばるのが終わりになるのかなあ。
「うーん」
川辺にぺったり座ったまま、わたし、ぽけーと空を見上げて考え込む。
今のわたしの様子って、きっと、あんまりがんばってるようには見えないよね。でも、今、誰かに見られてるってわけじゃないよね。テストとか、そういうんじゃないんだよね?
というか、ここで二日間って、これなら考えてたより簡単かも。
それなら、この世界で生きてくのって、がんばれば、出来ちゃうことなのかも。
「……お姉さんも、がんばってたのかな」
顔も知らない。
名前しか知らない。
いつかわたしが困ったときのために、ノートを残してってくれた、お姉さん。
たしかわたしと同じくらいの歳で、こことはまた違う世界に行っちゃって、あっちで生きてくって決めたって、一度だけ伝えに戻ってきたお姉さん。――その頃、わたしは、お母さんのおなかのなかだった。
……お姉さんは、今、いくつなのかな。
なんだか時間の進み方がずれてるかも、って、云ってたらしいから、歳とってないかもしれない。ずっとおばあちゃんになってるかもしれない。
それでもわたしは、いつかお姉さんに逢えたなら、お姉さんのこと、すぐに判ると思う。
だって、
「」、
の、お姉さんだから。
逢えたらきっと、お姉さんもわかるはず。
ちまちゃん。って。
呼んで、笑ってくれるはず。
そのために、わたし、がんばらなくちゃ。
ちゃんと、あっちに帰っておかなくちゃ。
お姉さんが逢いにきたとき、いなかったら、困るもん。
――ちまちゃん。
想像だけしてる、お姉さんの笑顔と声を、ちゃんと、わたしは、見たいもん。
「ん!」
ひとつ大きな声出して、わたしはすっくと立ち上がる。
そうだ、じっとしてちゃがんばってるってことにならない。
なんでもいいや、身体動かして、たとえばお山でやってたことをやるなら、ここはちょうどいい場所だし。学校があってる間は朝夕の基本だけだけど、そうだよ、ここは学校がないんだから、お山でやってたみたいにすればいいんだ。
そしたら、にぶったりする確率って低くなる。
殺すとかそういうの、普通に出てくる世界みたいだから、倒すのは無理だってしても、避けることとかは上手にならないと、いつ何があるかわかんない。
うん。まずは、生きてくことから。
で、生きてくことは、ご飯食べてのんびりしてるだけじゃない。
わたしはわたしのこと、ちゃんと、守れるようにならなくちゃ!
って、ぐぐっ、と、手を握り締めたときだった。
――その意気その意気。
ちーさいちーさい声が、どこからか、
「?」
聞こえたような気がして振り向いた、わたしは、
「きゃ――――――――――――――!!!!」
ごろごろごろごろごろごろごろー! と、わたしめがけて転がってきた大きな大きなまんまるい岩から、それこそ、転がるみたいにして横手に逃げた。
もちろん、岩は急に曲がったりしないから、そのまま真っ直ぐ転がって、木を何本か倒しながら遠くの方へ消えてった。
「……な、なに……?」
ぼうぜんと、わたしは、岩を見送って、ぺたんとその場にしりもちをついた。
あんなのにひかれてたら、きっと、死んでる。ぺちゃんこだ。
えっと、つまり。
イルミさんちのお庭って――こういう、トコロ?
――ぼーっとする時間はないよ。
ちーさいちーさい……空耳、かもしれない。
だけど、だれかが、そんなことを云ってるんじゃないか、って、わたし、思った。
だって。
「!」
足の下で、がさりっ、て、音。
あわてて飛びのいたら、ばさあっ、て、網がわたしのいたところの草とか絡めて持ち上げた。座ったままだったら、捕まってた。
「……っ」
飛びのいたはずみで転びかけた足を、がんばって持ち直す。動けるように。
何があっても、向かい合えるように。
ここが、こういうトコロなのなら、のんびり、座ってなんていられない。
そうだ。こんな大きいお庭だもの。きっとお金持ちなんだもの。悪い人が忍び込んだりしたら、そういうの、普通、おうちの建物に入られる前に退治しなくちゃだから、そういう、罠とかが仕掛けてあるんだ。
で、よく考えてみたりしなくても、わたしは、このおうちにとって怪しい人。
イルミさんが入れてくれたって云っても、仕掛けてあるものにはそういうの、関係ないもの。
で、ここでサバイバルっていうことは、
「そっか」
――動物とか、おなかが空いたとかじゃなくて、こういうのから、生き延びてみなさいってことなんだ。
「ん」
ぐっ、と、わたしはおなかに力を入れる。
足開いて、手は軽く握ってすとんと落として、じーっと周りに神経をこらす。
流れ。
何か動くのあれば、風が流れてくるのが少し壊れたりするはず。見えてから動いてたら間に合わないってこともきっと多いから、最初から、ちゃんとけいかいしておかなくちゃ。
……うん。今は、まだ、何もないみたい。
一歩、足を動かしてみる。
それから気づいて、ランドセルから定規をとった。
……ナイフ、用意はしたけど、わたし、こんな大きな刃物、お母さんのお手伝いや家庭科の実習で使ったくらいしかない。図工の授業で使ったのはカッターだし、あれとはたぶん、全然違う感じなんだと思う。
だいいち、包丁もカッターも切るのはかたっぽにしかついてないけど、このナイフ、ドラマとかで見るみたいな両方切る部分がついてるやつだ。
そういうの、落ち着いてるときじゃなくて、自分が危ないときにいきなり使うのは危ないかなって思う。反対に自分がケガしたりしたら、バカな子だもの。
じゃあ定規が何の役に立つんだって云われたら――ちょっと、困るけど。でも、自分がケガしちゃうよりは、いいかなって、思うんだ。
それに、これは、罠にたちむかうっていうより、何か持ってたら落ち着くかなって、そんな感じだったりもするから。だから、定規でいいの。
……あ。
それなら笛でもよかったかなあ。
でも音立てたら危ない動物とか、来ちゃうかも。
うん。やっぱり定規。
そういえば、体育服と給食エプロン、クロロさんたちのところに置いてきちゃったんだっけ。……残念。体育服のが、動きやすかったのに。
昨日――じゃないや。もう、一昨日だ。
その日から――ううん、三日寝てたから、それも含めてずっと着っぱなしでいたトレーナーとジーパン見下ろして、わたし、ちっちゃくため息ついた。スカートじゃないだけ、よかったかもしれない。
「てい」
持ったついでに、とりあえず腕のばして、目の前の地面を定規でつついてみる。
……とくに、変なことはないみたい。
ヒュ、
安心したわたしの右後ろで、空気が大きく揺れた。
「わ!」
身体ひねって、地面に倒れる。
わたしの頭があったところを、ちっちゃな小石が飛んでった。――すっごいスピードで。
え、えと。今の、当たったら、頭突き抜けてたんじゃないかな……!?
もしおうちの人がひっかかったらどうするんだろう……!?
「え」
なんて考えてる間に、
ヒュヒュッ、
また石。
今度は二つ!?
風を切り裂いて飛んでくる石は、真っ直ぐ、わたしへ向かってる。
立ち上がって逃げる暇なんかないから、そのまま、身体を半分だけ転がした。全部転がしてもっと移動したかったけど、背負ったランドセルでひっかかっちゃったから、無理。
で、今度こそ、飛び起きる。
ヒュヒュヒュッ、
三つ!
「もー!!」
三度目の正直っ!
こんなに続けば、わたしだって、こうなるかなって予想くらいできる。予想できれば、心構えだってできる。
だから今度のは、ちゃんと、風が切り裂かれた始めのを、感じ取れた。
だから今度のは、ちゃんと、余裕持って避けきれた。
――そしたら。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!
数え切れないくらいの数の小石が、前から上から右から左から、そしてたぶん後ろからもわたし目がけて飛んできた――
ちょ、っと。
「これ」、
避けるの、無理。
瞬間移動でもしなくちゃ、できない。
打ち返すのなんて、もっとできない。
石のひとつひとつはすごい速さで、その分、力もすごいはず。定規で打ったら定規が折れるし、たとえ笛とかナイフ出してたとしても、同じ結果になっちゃうはずだ。
だいたい、打ち返せる腕力なんて持ってない。
『おまえはまだちっこいんだから、無理に力勝負に持ち込まなくていいんじゃぞ』
急に思い出しちゃう、和尚様の言葉。
でも。でもです、和尚様。
力勝負に持ち込まなくてもすむようなこと、わたし、来年教えてもらう予定だったけど、それ、ちょっと今無理矢理自分で見つけなくっちゃいけないみたいです――!
と。
わたしがここまで考えてた時間、石だって止まってくれてたりはしない。
いちばん近いとこにある石は、もう、目の前。直撃したら、きっと、ピストルで撃たれたみたいになっちゃうんだろう。
それは、ヤ。
死ぬのもいやだし、帰れないのもいや。
クロロさんたちやイルミさんに面倒かけたことちゃんとお礼とお詫び云えないのも、ヤ。
じゃあ、がんばれ。
せめて探すの。
少しでもひとつでも、たとえば、針の穴くらいのちっちゃなちっちゃなものでも、何か。わたしが石たちをどうにかできそうな、そんな手がかり、見つけるの――!
そんなふうに、目を開けてたおかげ、かもしれない。
それが、見えたのは。
「、」
たくさん、たくさんの石の向こうに、誰かがいた。
イルミさんかと思ったけど、違う。黒じゃなくて、銀色。少し紫とか青が混じってる感じの髪の色。
身長、わたしと同じくらい。たぶん男の子。
その子が、
「なあ」、
誰かに話しかけながら、
「ミケに食われてないってことはさ」、
ほとんど隙間がなかったはずの、わたしと、石の間に入りこんだ。
「きゃ……!」
そして、たてつづけに響く音。
男の子の背中が目の前に来て、ふっと気がゆるんじゃったわたしは、頭抱えてしゃがみこんでしまう。
その目の前に、石が、ぼとぼとぼとって落ちてきた。
「うちの客、だよな? 大丈夫?」
「……わあ」
もしかして、この子、石、叩き落としちゃったんだ?
じゃ、なくて。
話しかけてる相手って、もしかして、わたし?
――おそるおそる、顔を上に向ける。
そして見えたのは、やっぱり、どこか青色のまじった銀色の髪と、おんなじような色した、猫みたいな目をした男の子だった。
「わあ、じゃくてさ」
ぽかーんとしてるわたしを見て、男の子は、ちょっと呆れた様子。
「なんで、あんたみたいなとろいのが、こんなとこいるんだよ」
たてつづけに、しゃべりだす。
「うちの屋敷はあっち。こっちは、野外訓練の幼児期向けコース。ちゃんと案内されなかったのか? ってか執事の誰かに止められなかったわけ? どうやったら迷って来れるんだ?」
「え、あ、わ、」
質問、いっぱい。
頭、ぐるぐる。
「いや、その前に――」
丸っこいつり目を、くりっと動かして、男の子は首をかしげた。
「あんたって客? 依頼人? だよな?」
「あ、」
これは、答えられそう。
「ち、違います」
――たぶん。わたし、サバイバル二日間のために、ここ来たんだから。まねかれた、お客様じゃないもん。
「へえ?」
きゅう、と、細くなる男の子の目。……わ。そうなると、少し、こわい。
「じゃあ侵入者?」
「あ、それでもないです」
「……だよな。ミケに食われてないしな」
……ミケさんて、そんな、すごい犬なのかなあ。なんだろうなあ。
そんな、ミケさんに食べられてないっていう事実はとても強い証拠みたいで、男の子は、あっさり納得しちゃったらしい。
「でもさ。じゃあ、あんたって何?」
細めてた目を元に戻して、さっきの石を投げたり受けたりしながら、わたしに向かって訊いてきた。
「ええと」、
なんていえばいいのかな。
名前じゃないのはわかるんだけど、でも、他に、わたしがどうこうって云えるもの、ここで、わたしは持ってない。
迷子っていうのもなんだか今になっちゃうと変だし、だからってここのお客さんでもないし――クロロさんたちの家の子、なんて、それこそ嘘の大炸裂。
わたし。何なのかな。
うわ。なんだか、とても寂しい気持ちがする。
「――、って。いいます」
きゅうっと熱くなった目の裏の感じをおさえつけて、結局、わたしは名前だけ答えた。
「? 変な名前」
あ。
シャルナークさんと同じこと云ってる。
「です」
「」、男の子は、それなら納得って顔でうなずいた。「か」
何回かつぶやいて、口になじませてる感じ。
それから、男の子は、
「じゃ、オレはキルア」
って云って、笑った。
「キルア=ゾルディックね」
「……キルアさん?」
「げろ」わあ。嫌そうな顔。「キルアでいいよ。同い年だろ、敬語もやめようぜ」
「……キルアくん、じゃだめですか?」
「だー! 敬語やめろってば!」
君でもいいから! って、キルアくんは叫んだ。
くん付けより、敬語の方がダメなんだな、きっと。そうだよね、クラスの男の子に敬語とか、わたしだって使ってなかったもの。そんな感じなんだ。
「……あはは」
懐かしい。
ほんの一昨日まで、わたしの周りには、こんな男の子や女の子がいっぱいいたんだ。
――そうだよね。
ここは大人だけの世界じゃないんだから、キルアくんみたいに、同い年くらいの子とかだって、まだわたしが逢ってないだけで、たくさん、いるんだろうな。
懐かしい。
……そんなふうに、懐かしいって、思っちゃうのが、少し、寂しかった。まだ、二日三日くらいなのに、そんなふうに思うくらい、遠いところに来ちゃったんだって実感しちゃった。
「……どしたの」
「あ」、
困った顔して、キルアくんがわたしを覗いてる。
しまった。
また、自分の考えてることだけに集中して、周りのこと忘れてた。
「な、なんでもない、よ」
敬語になりかけた言葉を、あわてて云い直す。切れ目がおかしくなったけど、キルアくんは別に気にしなかったみたい。
「ならいいけど」
って云って、「じゃ」と、わたしに手を伸ばした。
「?」
「とりあえず、うちに用があるんだろ? 連れてくよ、危ないから」
なんでもないみたいに、そう云ってくれる。
けど、
「あ――わ、わたし、ここじゃないとだめなの」
「は? 何それ?」
「あの、お客さんでもないの。依頼、とかでもないの」
「それは判ってっけど」
なんだなんだなんなんだ。
今のキルアくんの表情を説明するなら、そんな感じ。
でもいいチャンスだから、全部、話しちゃおうって思って、わたし、また口を開いた。
「わたし、ここで、二日間サバイバルなの」
「――」
キルアくんは、すごく、すごーく、変てこりんな顔をした。
そして云った。
「死にに来たわけ?」
「違うよ!」
「いやでもさ、死ぬよあんた。普通に」
「し、死なないためにここに来たの」
やりとりしてるうちに、キルアくんの顔がどんどん変になっていく。
「――来ないほうが死なないと思うけど」
「で、でも、わたし、生きてかないといけないの。ひとりで」
「……はあ」
「だから、そう、強くならなきゃ、だめなの。危ないことあっても、自分でできて、帰れるまで、誰かに迷惑かけたりしないで、ひとりで、がんばらないとだめなの」
ここは、違う世界だから。
ほんとうなら、ぜんぜん関係のなかった人たちだから。
そんな人たちに、今だってもう、返せないくらいの迷惑かけてる。
弱いから。
子供だから。
自分たちのことで忙しいだろう大人の人たち、クロロさんやフィンクスさん、フェイタンさん、シャルナークさんにイルミさんに、たくさん、お世話、焼かせてる。
……最初、あのガレキの山の上にいたときは、おろしてもらえればどうにかなるって思ってた。それだけでいいって考えてた。
でもそんなの、無理な話だった。
落ちてくるガレキから助けられたり、ご飯をくれたり、寝かせてくれたり、お話をしてくれたり、こんなふうにがんばるための場所を出してくれたり、そんなの、あの人たちがいなかったらだめだった。
今だって、キルアくんがいなかったら、結局わたし、だめになってた。
何回も何回も、わたし、もう、この世界で死んでておかしくない。
そんなのだめ。
強くならなくちゃだめ。
立つの。歩くの。そして帰るの。
そのためのちからを探すことに、もう、誰かの手を使わせたりしちゃだめ。
ほんとうなら、みんな、そんなことしなくてよかったはずの人たちなんだから。
「だから――」
もうこれ以上、
「ひとりでいることが、ちゃんと、平気にならなくちゃだめなの」
……ひとこいしい気持ちが強くなるのは、つらい。