Episode15.
「……」
キルアくんは、黙ってしまった。
目を足元に向けてしまったわたしは、キルアくんがどんな顔してるのか、わからない。でも、確めようって気持ちはなかなか起きない。
「あんたさ」、
ぽつり。キルアくんが云う。
「変」
「うん」
「オレんちは、色々特別だからしょうがないけど。これくらいの子供って、もっと、こうさ。アレだろ」
「――特別?」
ああ。そうなのかも。
大きなおうち。怖い罠。そういうのって、この世界でも、やっぱり特別なものなんだ。
「いや注目すんのそこじゃないから」
ちょっと力の抜けた声。
「だからさあ……」考えながら、云ってる。「変だよ、あんた」
「うん」
「なんでそんな、ひとりになりたがるんだよ。親とかどうしたんだよ、サバイバルなんて。オレんちの家族ってしょうもないやつばっかだけどさ、でも、ちゃんと家族してるぜ」
「……」
お父さん。お母さん。――お姉さん。
手が届かない、わたしのうち。
異世界がどうしたこうしたなんて、クロロさんたちは一応信じてくれたかもしれないけど、普通、たぶん『何それ』って頭おかしいって云われそう。
だから、わたしは、頭を左右に振るしかしない。嘘は云いたくない。
そうして、自分でもよく判らないことをよく判らない感じで否定してから、
「今、たくさん、他の人にお世話かけてるの」
さっきのキルアくん以上に、考えながら、言葉をつくった。
「うん」
「でもほんとうは、わたしのことはお世話しなくていい人たちだったの」
「うん」
「だから早くちゃんと住むところとかお仕事とか見つけて生活して帰る方法探して帰れるまで、そんなふうになれるまで、あんまりお世話かけないようにして、なれたら、もうお世話かけないようにしたいの」
「――それ、オレも?」
「……うん」
石、落としてくれたのは、嬉しかった。でも、もっと申し訳なかった。わたしとキルアくん、初対面なのに、そういうことさせちゃったのが。
「ありがとう。だから、ごめんなさい」
「世話?」
「うん」
「でもオレ、大人じゃないぜ」
「大人じゃなくても」、わたしはまた、頭を左右に振る。「キルアくんも、ここの世界の人だから」
「……?」
キルアくんは、少し、考えるように首をかしげたみたいだった。空気が、さわりと揺れる。
さっきは、わたしが全然気がつかないうちにやってきてたのに、今は普通に動いてる。そういうの、意識して切り替えたりしてるのかな。だとしたら、キルアくんも強い人なのかな。
――そうなのかも。
オレんち、って、キルアくん云ってるし、じゃあ、イルミさんの家族なんだって思う。で、イルミさんもなんだか凄そうな人だから、キルアくんもきっとそうなんだろうな。
うらやましい。
わたしも、強くなりたい。
「あのさ」
頭の上から、キルアくんの声が降ってくる。
キルアくんは、わたしより、ちょっとだけ背が高い。わたしたちくらいの歳だと、女の子の方が高いことが多いんだけどな。わたしがもともと低いってこともあるのか、キルアくんが高めだからなのか。
「世話とかさ、気にするなら。気にしないでいいようになりゃ、いいんじゃないの?」
「でも」
「たとえば友達だったらさ、そういうの、気にしないもんじゃん?」
「――――」
ともだち。
とてもなじんだ、身近な単語に、わたし、それまでの気持ちも忘れて目をぱちくりさせてしまった。
……少し冷たさが増えた風を背中から受けながら、落としてた目をキルアくんに戻す。
「ともだち?」
「うん。友達なら気にしないだろ」
だから、と。
猫みたいな目で、ちょっとわたしとはずれた場所を見ながら、キルアくんは云った。
「あんた見てたら思い出しちまった」
ちょっと照れくさそうに笑って、
「オレ、昔、友達ほしいって思ってたんだよな」
「…………」
「なのにあんた、そういうのも要らねーみたいなこと云うし。でも寂しがってる顔だし」
だから、と。
続くんだろう、キルアくんの言葉は。
わたし物分り悪い方かもだけど、それは、判った。
「だから」、
――ほら。
「キルアくん」
「ん?」
ちょっと拍子抜けした顔のキルアくんに、わたし、あわてて云う。
「えっと」
でも、その先に続ける言葉を考えてなかったから、少し困った。
ちゃんと言葉を止めて待っててくれてるキルアくんから目をそらさないよう一生懸命になりながら、頭の中にあるものをまとめて形にしていく。
「キルアくんは、お外に出たりする?」
「は?」
「門から出て、街に行ったりとか。するよね?」
「――あー。ああ、うん。仕事の時は出かけるな」
仕事ってなんだろ。
同い年くらいなのに、もう働いてるんだ。お金持ちっぽいって思ったけど、ううん、だから、社会勉強とかいうものなのかな。
すごいなあ。
ともあれ、うなずいてくれたキルアくんを見て、わたしの声にも力がこもる。
「あのね、わたしね、今は、がんばるためにがんばらなくちゃいけないの」
「それ聞いた」
「だからもし。もしも、がんばらなくてもがんばれるようになって、それからどこかで暮らして出逢ったら、『こんにちは』から始めてもいい?」
「…………」
キルアくんは、少し首をかしげて、口元に手を当てて、何か考えるように目を細めた。
「つまり、今日のこれはなかったことにしようってこと?」
「うん」
つまるとこにしなくても、そういうこと。
こっくりうなずいて、わたし、もう少しだけ続けた。
「お世話になってる場所じゃなくて、わたしが生きてる場所で逢うの。そしたら、『こんにちは』って云えると思うの」
「……よくわからないんだけど」
うーん、と、うなるキルアくん。
でも、わたしもこれ以上、うまく言葉を作れない。
どうしよう、て、また頭を動かそうとした――けどそれより先に、キルアくんは「まあいいや」って考えてる姿勢をくずした。
「要するに、にとって、今オレは命の恩人で、世話になってる家の子とかって感じ?」
「うん」
「で、そういうのがないところで逢えたら、『こんにちは』?」
「うん」
「ああ」、
キルアくんは、笑ってくれた。
「その時は、ちょっと、オレ汚れてるかもしんないけどさ」
ちらりと自分の手を見て云うキルアくんに、わたし、首をかしげてみせる。
でもキルアくん、そのことに答えてくれるつもりはないみたい。すぐに目を戻して、つづけた。
「そしたら、『こんにちは』な」
「うん」
それをきっかけみたいにして、わたしとキルアくんは、お互い相手の表情確めながら、ゆっくりと笑った。
――でもきっと、そんな日は来ないって、わたしは、思ってた。