Episode23.

 
「チッ!」
 乱暴な舌打ちをして、電話をかけてた男の人は、やっぱり乱暴に受話器をおいた。がっしゃん! って大きな音。わたしはびくりと身をすくめる。
「家族にも使用人にも、そんなガキはいねえってよ」
「とぼけてんじゃねえのか?」
「さーな。執事長だかひつじ調だか知らねーが、動揺もクソもしてやしねえ」
 相当いらいらしてるらしい男の人たちは、大きな声で話し合ったあと、同時にぎろりとわたしを睨んだ。

 ……お父さん、お母さん、それから、お姉さん。
 わたし、こっちに来てから結構神経丈夫になったかもって思ったけど、それ、思い込みだったみたい、です。
 えっとそれから、ごめんなさい。
 帰るの、すごく、すごーく……難しそうに、なりました。

 ひとつずつ、順を追って思い出す。
 クロロさんとイルミさんと別れて、わたしは、イルミさんの云ってたとおり待っててくれたちょっとおなかの出たおじさんに門を開けてもらって、イルミさんちの外に出た。
 途中でいろいろ時間とられちゃったけど、壁とか木とかの邪魔がなくなった山の上から見たら、街がどの方向にあるかはちゃんと判ったから、おじさんにお礼を云って、山をおりはじめた。

 うん。
 ここまでは、別に、なんでもなかった。

「ち。じゃあ使えねーじゃねーかよ。どうすんだ」
「人質にもならねえんなら、どっかそのへんに捨ててくっか?」

 でも、道の途中で変な男の人たちがたくさん、武器持って、山を登ってきてた。それが、いま、目の前にいる人たち。
 それで、えーと……どう、なったんだっけ。記憶、ちょっといい加減。
 なんか、ずるいっけがどうとか。男の人たち、わたしを見て、騒ぎ出して。いきなり、怖い顔して向かってくるから、逃げようって走り出したけど、あっというまに捕まっちゃったんだ。

 それで――おなかなぐられて。
 気が付いたら、変な部屋の中。つまり、ここ。

「いや、殺そう」

 ――――

「はあ? おい、おまえ、そりゃいくらなんでもまずいんじゃねえ?」
「考えてみろよ。こいつ、オレらの顔見てるだろう」
「別にいいじゃねえか。ガキに何が出来る」
「世の中にゃどんな能力者がいるか知れねえぜ? たとえば――たとえばだ。記憶を読むような奴がいて、ゾルディック家んなかにそんなのがいたら、こいつからオレたちの情報を引き出せる」
「…………」
「そしたらその後は? オレたちがどうなるかは? 考えなくても判るだろうが」
「…………」

 ……ええと、ええと。
 そう。今の、状況。狭い、部屋。

 電気はあるけど、窓もドアも締め切られてる。判るのは、まだ今が夜だってことくらい。
 たぶん、今の電話の声で目が覚めたんだと思う。
 ……おなか痛い。イルミさんに担いでいかれたときのと全然違う。頭も、ぐらぐらしてる。気持ち悪い。吐いたら少しは楽かもしれない、けど、口を布でふさがれてるから、それも無理。さるぐつわ、って、いうんだよね、こういうの。
 ……ええと。今の電話。
 家族、しつじちょう、使用人、……わたしが歩いてきてた方向、と、合わせて、考えてみる。
 殺し屋。
 イルミさん、自分たちのことそう云ってた。
 ええと。
 この人たちは、じゃあ、警察か何かで、イルミさんたちを捕まえに来てた、のかな? でも、そうしたらどうして、わたしまで、捕まるのかな。
 もしかして、あの家の子なんだってかん違いしてる? ええ? それ、ちょっとむりが大きい。
 だってイルミさんもキルアくんもすごいのに。わたしみたいな子供、この人たちから逃げ切ることもできなかった子供があの家の子だって、そういうの、それは、ないよっていうか。

「……だがよぉ。このガキの親とかがうるさく云ったらどうすんだ」
「国際人民登録機関がってか? そんなのに登録されてたって、行方知れずになる人間なんて年に何千といるだろが」

 ……本当に、それはないよって、いうか……この人たち、本当に警察なのかな。
 口悪いし、わたしのこといきなり殴るし、今だって。
 なんで。こう、誰も彼も、簡単に、殺すとか云ってしまえるんだろう。
 なんで。こう、誰かをいなかったことにする言葉を、あっさり、云えるんだろう。
 わたしよりずっと、長く生きているのに――誰か大切な人がいなくなって、何か思ったりしたことは、ないのかな……

「……そうだな」

 ――うなずくし……!

 結局、電話してた男の人が、他の人たちを説得してしまった。最後のひとりがうなずいたのと一緒に、全員、わたしを振り返る。
「聞こえてんだろ? そういうことなんでな」
 無造作に立ち上がる男の人たち。
 大きな手。太い腕。あんなのに首しめられたら、あっという間に、わたし、死んじゃう。
 ……どうしてかな。
 今まで、この世界に来て、これまでで、いちばん、今が怖い。
 フェイタンさんに睨まれたより、殺すって何度もかわされてた言葉より、あのガレキが落ちてきたときより、こんな、なんでもなさそうに、集団でわたしに向かって歩いてきてる人たちが怖い。
 ――わたしに食べられた魚とかも、こんな気持ちだったのかな。
 怖い。
 やだ。
 手が一本伸びてくる。
 やだ、
「っ!」
 髪の毛掴んで、持ち上げられた。
 痛い。ぶちぶちって、何本かちぎれた。でも、全部じゃない、髪って意外に丈夫なんだ。ううんそんなのどうでもいい、痛い、おろして。
 手は縛られてて動かせなくて、足ばたばたさせる。
「おっとっと?」
「――!」
 どすん、って、わたし、床に落ちた。違う、落とされた。
「おお、悪い悪い。暴れるからだぞ」
「「はははははは!」」
 わざとだ。なんで。ひとひねり、できるのに。なんで、こんな、持ち上げたり落としたり、嫌がらせみたいなことするの。
 聞いてて嫌になる笑い声が周りから響いて、頭が、がんがんする。
 でも、そうしてうずくまってたって、だめだ。逃げなくちゃ。死ぬのだめ。殺されるのはだめ。

 わたしは、家に帰るんだから。

 立ち上がる。
「お?」
 足は動く。手でバランスとれないのが、こんなに不便だって思わなかった。でも一生懸命、起きて、走り、
「こらこら」
 伸びてきた足にひっかかる。
 ばたん! 顔から床に転んじゃう。鼻打って、痛い。
「「はははははは!」」
 また笑い声。
 もうやだ。この声。
「逃げちゃだめだろ? おじさんたちもな、命がおしいんだよ?」
 また髪の毛つかまれた。持ち上げられる。
「でもなあ、おじさんたち、ちょっと悔しいんだ」
 別の男の人が、わたしの前にまわりこんだ。
「そうそう。せっかくおまえを使って、あの暗殺一家の一人でも捕ってやろうと思ったのにな?」
 別の男の人が、お酒臭い息吹きかける。
「おかげで今夜はおじゃんだ。せっかく準備してたんだがなあ」
 後ろ。前。右。左。
 まわり、全部、男の人たち。
 後ろはわからないけど、みんな、にやにや笑ってる。気持ち悪い。気持ち悪い、気持ち悪い……っ!!
 ばたばた、また足動かしたけど、今度は落とされなかった。
 その代わり、
「ほらじっとしな!」
「――!」
 足つかまれた。動かせる場所、ない。
 ううん、そういうのより先に、気持ち悪い。気持ち悪いよ、洋服の上からなのに、なんだか、とてもべたべたした気持ち悪い変な生き物に触られてる気がする。
 風?
 こんな、ぬるぬると、べたべたした、これが、この人たちの風?
 見渡して、――ふと。気が付いた。

 クラスの男の子が、蟻の巣に水流してた。みんな止めてたけど、そうすればするほど、男の子はわくわくしてたみたいで……それを、もっと、もっと、ゆがめたら、この人たちの顔になるのかもしれない。

 風は、だから、この人たちがわたしに向ける気持ちを、そのまま乗せてきてるんだ。
 殺すって、ただ、それだけじゃなくて。
 なく、て。

「〜〜〜〜!!!」

 やだ、やだ、やだやだやだやだやだ!!

「だから暴れるなって」

 一生懸命動かそうとしても、せいぜい、えびぞりになるくらい。男の人たちの力は強くて、わたしにはどうすることもできなかった。
 またおなか殴られて、おさえたくても、できない。
 少しぼんやりした目で見渡したら、男の人たちは「「ははははは!!」」って、また笑った。
 ああ、やっぱり。
 わくわくしてるんだ。
 わたしが、こんな苦しいの、楽しいって思ってるんだ。
 なんで。
 どうして。
 わたしただ、家に帰りたいだけなのに。
 やだ、もうやだ。
 なんで、こんな、
「まああんまり痛くはしないでやるよ」 
 そして大きな黒い手がわたしの目をふさぐように振ってきて、

 やだ…………!!!!


 ねつがはじけた
Back // Next


TOP