Episode31.


 ふーん、て、のんきな声がする。

「術者が変わると消えるようだな」
「そりゃ、リセットされるのと一緒だし」
「今はいいけど……ちゃんと消滅条件も探さないとダメなんじゃない?」
「ぼちぼちでいいんじゃねーか――お。血」
「あれ」
 びくん。
 布から出ようとしてたわたし、そこで、どきりとしてしまった。
「うお。いてて。なんだ今ごろ」
「お。肉。これ、今食いちぎられた分か?」
 え。
「魚が消えたら出てきたね?」
「ウボォーの筋肉食べるなんて、すごいね、あの魚。あ、念で出来てるから無関係なのか」
 え。え、えーっと……!

 ばっさあ。布をまくり飛ばして立ち上がる。


「ごめんなさい!」

 よくわからない。 
 魚が出た理由は、わからない。
 でも消えたのは、きっと、わたしがクロロさんの本に手を当てたから。ということは、出てきたのにもきっとわたしに原因があるんだ。
 わたしがいるところに、あの魚、出たんだ。
「っ」
 ぼたぼたぼた。
 大きな男の人は、最初見たのと逆の手がえぐれてて、そこから血が流れてた。
「ごめんなさい!! ば、ばんそうこ、とってきま……っ」
「いや、無理だろ」
 赤黒く汚れたランドセルが部屋の隅っこに転がってるのを見つけて、そっちへ走り出そうとしたけど、フィンクスさんがわたしの服をつかんで引き止めた。
「でも、血! 死んじゃう!」
「アホ。あの程度で人が死ぬか」
「でも、痛いって……! わたし、だから、怪我っ」
 じたばた暴れるわたしの目の端っこで、マチさんが小さくうなずいた。
「きれいに食われてるし、組織も生きてるし。あたしが縫うよ」
「おう。頼まあ」
 え?
「な? ほら。平気だっつったろ」
「……」
 何が起こったのか、それこそわかんなかった。
 なんか、落っこちた手の肉と、男の人の手を変わりばんこに見てたマチさんが、手をすっごい勢いで動かして、そしたら、……くっついてた。手と。肉。
 血はにじんでる。
 でも、ばっくりえぐれてたのが嘘みたい。
 ぽかんと見てるわたしに気が付いて、男の人は「ん」って、手を見せてくれた。大きな手が、目の前で、開いたり閉じたり。
 まだ信じられない気持ちでいたら、もひとつ、「ん」って、男の人はにっかり笑う。
「死にそうに見えるか?」
「……」
 ぶんぶん。頭を左右に大きく振る。
「ははー。かわいいなあ、ちび」
「きゃ」
「ウボォー、力加減!」
 べちー、って、頭にすっごい力で手がおかれた。床にめり込んじゃう、って、思ったくらい。
 シャルナークさんが急いだ様子で、わたしをそこから引っ張って動かす。
「おお、悪ぃ悪ぃ」
 はっはっは、って、男の人は大きな笑い声をあげて、それを見送る。そのあと、自分の方を指差して、も一度笑顔。
「オレはウボォーギンだ。おまえ、団長に持ってこられたんだってな? ま、がん「ウボー。それ禁句ね」……あ?」
 名前を教えてくれる横で、ぽつりとフェイタンさんがつぶやいた。
 なんだなんだ。なんだろ。 
 ウボォーギンさんとわたし、たぶん、似たような顔してたと思う。でも、気を取り直すのはウボォーギンさんが早かった。
「ま、なんだ。呼びにくかったら適当に略していいぜ」
「は……はい」
 こっくり頷いたら、ウボォーギンさんは、怪我してないほうの――つまり、最初わたしに向けて伸ばしてきたほうの手で、頭を、軽く軽く叩いてくれた。

 ……少し、トマトのにおいがした。
 もしかして、お行儀悪いのかな。ウボォーギンさん。

 首をかしげるわたしを後ろから見てたクロロさんが口元おさえてたっていうのをわたしが知ったのは、まだ、も少し後のこと。

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