Episode35.
あのコの持ち物は。
部屋に入るなり問うてきたパクノダを一瞥し、クロロは、片隅に転がったままの赤い物体を指で示した。
例の小屋から連れ出してきたときそのままの道具入れは、云うところの『変なおじさん』、賞金首ハンターどもの血で汚れたままだ。もっとも、どうにか血を落としたとしても本来の用途に役立つとは思えないが。
「……団長」
「ん?」
道具入れへ足を向けながら、パクノダはつぶやく。
「あのコ、本当に――」
「確証がとれたか」
「ええ」
パクノダの念能力は、対象物に触れてその記憶を読み取ること。質問で相手の記憶を刺激し、欲する情報を引き出すこと。そしてもうひとつ――それは、彼女とクロロしか知らぬ秘密だ。
「異世界、か」
九割信じてもいいとは思っていたが、これで十割確信できた。
クロロは、その根拠のひとつである異世界の教科書とやらを閉じ、パクノダを振り返る。
「それで、何を調べに来たんだ?」
「――このノートを」
「ノート? ――ああ」
道具入れの外側を汚した血は、幸いにも中におさめられていたものまで浸しきることはなかったらしい。かわいらしい布に包まれた一冊のノートを、パクノダは取り出していた。
それは、クロロにも見覚えがある。
何かのたびに取り出し(そういえばサバイバル中にも読んでいたとか?)、大事に大事に扱っているのがよく判る――そのわりには、そこいらで金を出せば調達できそうな何の変哲もないノート。強いて云うならば、少々つくりが頑丈になっている、というくらいだろうか。だがそれだけ。とても、クロロの収集欲を刺激するようなものではない。
とはいえ、の記憶を読んだパクノダがわざわざ見に来たということは、やはり重要なものなのだろう。
「それは何なんだ?」
「……あのコ、姉がいるらしいわ」
布から半分顔を出したノートの上に手をかざした体勢で、パクノダが答える。まだ触れてはいない。何か躊躇しているようにも見えた。
「行方不明なんですって」
「ほう?」
「一度帰ってきて、そしてまたいなくなったそうよ」
「ふうん?」
「その子が、あのコに、と、置いていったノートらしいの」
「……ふうん」
それならば、読み取れるのはむしろ姉の記憶ではないのだろうか。
「団長」
「うん?」
かざしていた手を不意に動かし、パクノダはクロロを振り返る。空になった手のひらには、念の銃が具現化されていた。弾丸は装填済み――もちろん、それはただの弾丸ではないわけだが。
「の記憶か? オレにも見せたいものなのか?」
「団長に判断を任せたいのよ」
「……何の」
「あの子の姉の記憶を、見るべきかどうか」
「それをオレに判断させるのか? 茅菜に訊けば早いだろう」
「……それをどう説明しろというのかしら?」
姉の存在を知る理由を。パクノダの能力を。まだ、念が何なのかもよく判っていない少女に。
云われてふと、クロロは窓の外を見た。
いったい何をしているのやら、わずか先行するマチの後ろをくっついて走っている小さな人影がそこから見える。気配は相変わらず薄い。が、まったく追えなくなっていた先日の夜に比べれば、今は存在を主張しているだけまだマシなのだろう。
遠目に見える顔立ちは、あどけない。それもそうだ、どう多く見積もってもあの娘は十代前半。
「バカね、あのコ」
窓際に寄ったパクノダが、同じ相手を見てつぶやいた。
「強がりしか知らないのかしら」
「……」
沈黙で促すと、パクノダは深く息をついて振り返る。
「どうぞ」
「問答無用か」
浅く苦笑してクロロがうなずくと同時、銃口が静かに彼へと向けられた。
室内に、鈍く軽い音が響く。