Episode36.
お父さん。お母さん。わたし。――お姉さん。
優しいお父さん。優しいお母さん。顔も知らないお姉さん。
これがわたしの家族です。
お父さんとお母さんは、同じクラスのほかの子のお父さんとお母さんより、ちょっと歳をとってます。
それは、お姉さんの分、わたしが生まれるの遅かったからです。
でも、お父さんは元気に働いてるし、お母さんも明るくてお料理も上手で、だから、クラスの意地悪な子が「じいちゃんとばあちゃんじゃん」って云ったら、わたし怒ります。ケンカだってします。勝ちました。
和尚様に云われたとおり、ちゃんと、小学生同士のケンカ。
だいいち、女の子のほうが、男の子より、強いもん。
お父さんとお母さんが、わたしは大好きです。
お姉さんのことも、きっと、大好きです。
お父さんとお母さんは、たまに、悲しい顔をします。
お姉さんのことを話すときは、そうなります。
わたしは、そういう顔見たくないから、話したくないならいいよって云ったけど、お父さんとお母さんは、お姉さんのことをわたしにちゃんと知ってほしいからって云って、少しずつだけど話してくれます。
だから、ちょくせつ逢ったことなくても、なんだか、お姉さんと一緒に育ったような気も、少しします。
でもわたしが、お姉さんの顔を知らないことも、お姉さんが、生まれたあとのわたしを知らないことも、本当です。
姉妹なのに、おかしいのかもしれないです。
でも、仕方がないことなんだそうです。
お姉さんは小さいとき、行方不明になりました。
お父さんとお母さんは、あちこち探して、それでもお姉さんは見つかりませんでした。
そしてわたしがおなかにできたころ、ふっと、お姉さんは帰ってきたらしいです。
行方不明だった間の分より少し少ない感じに歳をとって、大きくなって、お父さんとお母さんのところに帰ってきたらしいです。
でもまた、お姉さんはいなくなりました。
最初行方不明になったとき、お姉さんは別の世界ってところに行ってしまって、そこで成長して、そこで生きてきて、そこで、それからも、生きていくんだって、決めて。
お姉さんはいなくなりました。
こういうの、親ばなれっていうんだそうです。
お父さんとお母さんも、お父さんとお母さんのお父さんとお母さんの家から出て結婚して新しい家をつくったんだから、お姉さんもお父さんとお母さんのところを出て自分の暮らしをしても別に変じゃないです。
でも、わたしは、お姉さんの親ばなれは少し変わってると思います。
だって、十年くらいも、お父さんとお母さんとお姉さんは別々に暮らしていたのに、ある日いきなり帰ってきてしばらく一緒にいただけでまた出て行ってそれが親ばなれっていうのは――
わたしはお姉さんを好きです。きっと、好きだと思います。
お父さんとお母さんからお姉さんの話を聞くのは好きです。少し哀しそうにしてても、楽しそうにしてくれてるのも判るから、好きです。そういう話をおいていってくれたお姉さんのこと、好きです。
でも、お姉さんのことを全部じゃなくて少しだけど、わたし、許せないと思います。
でも、それは、お姉さんに文句云うのも変な話だっていうのもわかってます。
だってわたしがそう考えるってこと、お姉さんが予想できたわけはないし、おなかのなかにいたわたしには、お姉さんがすぐ目の前にいたんだってことさえ判らなかったし、そのとき何かを伝えることなんてきっと、できなかったし。
でも、それでも、わたしは一つだけ、お姉さんのことで嫌いなことがあります。
お父さんとお母さんに哀しそうな顔させることじゃないです。
だからこれは、わたしが勝手に嫌ってるだけのことなんです。
だからこういうの、自分勝手だってわかってます。
でもきっと、これは、ずうっとわたしのなかにある気持ちです。
――お姉さん。
どうしてほんの少しでも、お姉さんは、わたしのお姉さんになっていってくれなかったんですか。
だって、わかってるんです。
わたしはきっと、――きっと、ずっと、ずうっと。
いままでも、これからも。お姉さんの顔を知らないままなんだってこと。