Episode43.
そんなことがあってから、わたし自身のことは、わたしにとって、ちょっとずつ落ち着いたものになってきた。放り出される心配とか、殺されたりする不安とか、そういうの、考えなくていいって判ったから。
うん。
マチさんとか、フィンクスさんとか、わかりやすい二人の、そのほかの人たちも、そうやって見てみたらわたしが思ってたよりずっと、わたしのことどうでもいいってふうには思ってないみたい。
お菓子くれたり、ご飯を一緒に食べてくれたり。
そういうのをよくしてくれるのは、やっぱりマチさんやフィンクスさん――もちろん、いたら、だけれど――なんだけど、ほかの人たちも、アジトに来たときで時間が合いそうなとき、わたしが一人でご飯食べてたら自分の分を持ってきて傍に座ってくれる。
みんな普段は忙しいみたいで、あんまり来ることも少ないんだけど、来たときにはそうやってくれるのがとても嬉しい。話しかけてもいいんだって云ってくれてるんだと思ったから、わたし、ご飯食べながら少しずつみんなとお話した。
ウボォーギンさんやフィンクスさんがすっごい怪力なんだとか、ヒソカさんは見た目どおりの奇術師さんだとか。マチさんはお裁縫や家事が得意なんだって、実はわたしもマチさんの都合がよさそうなときに手伝いながら教えてもらってる。……あ、フェイタンさんはゴーモンが好きなんだって。好きなことはなんですかって訊いたら、にやって笑って教えてくれた。見せたりはしないよ、って云ってくれたけど、ちょっと怖かった。
そんなふうにお話してると、わたしにとって、ここの人たちは全然遠い人だって感じが薄くなってく。ここの世界は全然違って関係がないんだって気持ちが弱くなってく。
……でも、わたしはやっぱり、帰りたい。
そんなして、みんなとのんびりした時間を過ごすのは、実は一日のうちでぐんと少ない。
寝るのと、食べるのと、その後片付けをするの以外、わたしはずっとマチさんとクロロさんについて、修行っていうのをつづけてる。
生きて、帰る。
そのための一歩が、生き抜くことと、いろんな情報に近づく力。
――いちばん手っ取り早いのが、念を覚えて、
「ハンター、ですか?」
「そ。ハンター」
に、なることなんだって。
そう云うシャルナークさんの手には、一枚のカードが握られてた。
まだまだがんばる彼女の一幕
シャルナークさんは、くすっと笑う。
「あ。ヤな顔」
「だって、ハンターって」
わたし、ハンターって言葉にあんまりいい印象がない。
イルミさんちからの帰り道、わたしをゾルディック家の誰かだと思って人質にしようと襲ってきた男の人たちが『賞金首ハンター』っていうものだったって教えてもらったから。
あんな乱暴で、言葉遣い悪くて、嫌な風を流す人たちのこと、好きになるのって、わたし、無理。
なんて考えてるのが伝わったのか、シャルナークさんはちょっとだけ悲しそうな顔になった。
「オレのことも嫌い?」
「あ! そんなことないです!!」
ぶんぶん、首を横に振る。
そっか。
ハンターの話してて、カード見せてるってことは、あれ、たぶん、ハンターの免許証かなにか。……じゃあ、シャルナークさんもハンター? でも賞金首ハンターに狙われてたのがゾルディックの家で、あそこは人を殺すのがお仕事で、ここの人たちもそういうことをしていて……あ、あれれ?
大きなクエスチョンマークがわたしの頭の上に浮かんだの見て、シャルナークさんはやっぱり笑った。
「ハンターにはね、誰でもなれるんだ。試験さえ通れば」
「試験?」
「うん。それをクリアしたら、これが貰えるんだよ。で、これがあると――」
云いながら、シャルナークさんは目の前の机においてるパソコンに振り返る。傍の機械にカードを通して、キーボードに手を置いて、カタカタカタって何か打ち込んだ。
画面が何回か点滅して、ぽん、と映像が出てくる。
「読める?」
「えっと……、ハンター専用サイト?」
正解、と、頷くシャルナークさん。
「昨日生まれた赤ん坊の数、その性別、各国各市ごとの統計から、どこかのマフィアの今日の朝食まで調べられるんだ」
「そ、そうなんですか?」
たとえがなんだか独特な感じで、すごいって感じがあんまりしないような。
「そう。それで、普通なら知ることも出来ないことだって、このライセンスさえあれば調べられる」
「――知らないこと」
「たとえば、異世界に人を送り込める念能力者の所在とか」
「……!」
がばっ、て、わたし、シャルナークさんを振り返った。
その勢いのまま、今探してくださいってお願いしようとして――口をふさぐ。両手で。
「……」シャルナークさんは、にっこり笑った。「はほんとにいい子だね」
ぽむぽむ。
軽く優しく、わたしの頭を叩いてくれる。
「頼ってくれる気がないんだもんなあ」
「じ、自分でがんばるって決めましたもん」
本当は、よく判らない。
シャルナークさんが、ほんとに、わたしがお願いしたら調べてくれたのか――それとも、お願いしたら最後、追い出されることになってたのか。
でも、あとのほうの可能性っていうのは、いつもつきまとってるのかもしれない。
どこまで近づいていいのかわからないなら、はっきりわかるところまでしか近づかないほうがいいって思う。……そんなふうに考えちゃうってことは、わたし、まだ、この人たちのことを怖いって思う気持ちがあるんだろうな。
『殺す』って。
云って、そして、行動しちゃうだろう、人たち。
本当に、よく判らない。
いつだってそう出来るだろう人たちの所。つまり、ここ。
怖い、場所のはずなのに。
――判らない。
どうして、わたし、怖いって思わないんだろう。
あの小屋で逢った男の人たちのほうが、今もずっと、これから先もずっと、恐ろしいのかな。
どうして、わたし、どこまで近づいていいのか探そうとしてるんだろう。
もっと仲良くなりたいって、思ってるのかな。
どうして。
いつか来るお別れのこと考えると、言葉、出なくなっちゃうんだろう。
反応が怖いから口をふさいだんじゃないのって訊かれたら、そうですってお返事、きっとできないの。どうしてかな――