Episode44.

 ――ハンターか、って、クロロさんはつぶやいた。
 朝、マチさんとの特訓を終わらせて、お昼ご飯を食べて、ちょっとシャルナークさんにお茶持ってって、それが終わってからやって来たぼろぼろの建物のなかで。
 そう。今わたし、クロロさんと一緒にいる。
 午後は、念の修行なのだ。
 系統が同じだからってことで、わたし、クロロさんのお世話になることになってる。
 でも、特質系っていうのは本当に特別で、同じ特質系だって云っても、お師匠と弟子の間でさえ強化系とか他のみたいに似たりよったりの能力が生まれることって少ないらしい。
 ってことを教えてもらったとき、じゃあお師匠役は忙しいクロロさんたちに頼むより、わたし自分でがんばって判らなくなったときだけお願いするっていうのはどうなのかなって思った。それで実際云ってみたんだけど、――すっごい、そのあたり、わたし、信用されてないみたい。
 ええと、つまり。
 『判らなくなったら考えて考えて煮詰まって爆発するだろうからそうなったら余計手間』
 って、意味のことを、ちょうどそこにいたマチさんとフィンクスさんとシャルナークさんに囲まれて云われた。
 ……ちょっといじけたくなった。うん。
 で、クロロさんに、本当にいいんですかって何回も何回も訊いて、何回も何回もうなずいてもらって。最後には煩い黙れってソファに頭突っ込まれてから、わたし、やっと納得した。ちょっと息苦しかったかもしれない。でも、クロロさん、その後すぐけろっとして修行場、つまりここまで運んでくれたんだよね。ここの人達には、当たり前のことなのかなあ。ともあれ、それが何日か前、修行を始めた日の前のこと。
「まあ、たしかにそれが近道だろうな」
「そうなんですか……」
 クロロさんのやってるとおりのことを真似して、ゆっくりと、纏、をつむぎながらお返事する。
 あ。
「次」
「はい」
 小さな合図にうなずいて、念を膨らます。――練。
 次は、たしか、
「絶はなしだ。練をそのまま膨張させろ」
「え? あ、は、はいっ」
 いつもなら、そのまま、念を切っちゃう、絶、にうつるんだけど。今日のクロロさんの指示は、たまにやるフェイントだった。
 わたしは、ふくらませたままの練を、もっともっとふくらませる。風船みたいに割れてはじけたりしないようにおさえながら、もっともっと大きくなあれって気持ちを流し込んでいく。
 ……う。これ、やっぱりずいぶん辛い。
「セーブしすぎだ。まだ出せるだろう」
「え、で、でも、わたし、あんまり大きくしちゃうと」
「倒れても運んでやる」
「そっ、それは失礼ですからっ!」
「……」
 云われるままに大きくしながら、でも、自分でどうにかできるぎりぎりの線を、じりじり、じりじり、亀みたいにしか広げていけないわたしに、クロロさん、いらいらしてるみたい。小さくため息ついて、頭を左右に振った。
 ……実は、これ、今日が初めてのやりとりじゃない。
 今までの修行のなかで、一定以上に大きくできないわたしへいつも出される指示。でも、わたし、どうしても、それを出来ないでいる。
 だって――こわいって思っちゃうんだ。
 わたし、知らないうちに念を使って、知らないうちに男の人たちを――ころした。
 食べられていく男の人たち。
 途絶えた笑い声は、男の人たちが死んだ合図。
 血や、肉。
 そういうの、見てないから、きっと、わたし、こわいのはがまんできていると思うけど。でも、知らないうちに、お魚出して。そうしようって思ってもないのに。――ちがう。

 どこかでそうしようって思ったから、ああいうお魚を、出したんじゃないの?

 こわい。
 わたしの手からあふれて、どうにもできないものって、こわい。
 倒れるまで走るのは平気。
 倒れるまで念をふくらますのはこわい。

 ……まただれかを。形をつくって。なにかの。だれかを。――ころす、ことを。また。

 また、わたしが。
 だれかを、殺してしまうことに、つながるんじゃないかって――

「…………」

 目を合わせられなくてうつむいたわたしを、クロロさんは何も云わずに見てた。
 その後出してくれた何回かの指示は、いつものとおりに、念の形を合図に応じて変えてくローテーションな感じのものだった。

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