Episode50.

 そうして。
 クロロさんは、帰るなり口にしたわたしのお願いに、今までで一番大きく目をまん丸にした。

「……食わせろ?」

 何を。

「わたしを、です」

 何に。

「お魚に、です」

 さっきも云ったことを、一言一言、しっかり区切りながら繰り返す。
「……死にたいのか?」
「腕だけのつもりだから、死なないと思います」
 マチさんにお願いしたら、きっと、あのウボォーさんみたいにきれいに縫い直してくれると思う。
「……マチに話は?」
「これからします」
「……オレが断れば?」
「お願いをつづけます」
「……」
 それも面白いかもな、って、つぶやくクロロさん。
 なんか、少し、楽しんでるみたい。
 お願いしてるわたしは、さっきから心臓がすごくドキドキ云っていて、今にもたおれそうなんだけど。
 ことわられるのが怖いからじゃない。
 痛いからってことじゃない。お魚に食べられても痛みがないっていうのは、今まででわかってること。
 もちろん、縫ってもらうときには痛いだろう。痛くて痛くて泣いてさけんで暴れるかもしれない。腕がちぎれる痛さと、針が刺さる痛さ、それは、きっときっと、わたしがこれまで知っていた何よりも痛いんだと思う。
 でも、わたし、思ったんだ。
 その痛いのよりきっと、お魚が食べる痛みのない痛みのほうが、怖いんじゃないかなって。
 痛いからケガをしたってわかるじゃない?
 ケガをするのは、痛いことじゃない?

 ケガをしてるのに痛みがないって、それは、痛いよりとても怖いことじゃないのかなって。

「わたしは」、

 それを、もう、何人かの人たちにしてしまったのに、

「それをわたしが知らないのが」

 ――いちばん、ひどいことだと。不公平だと。そう、思った。

 死ぬこわさ。
 傷つけるこわさ。

 それを知れば、その少しでも、知れると思った。

 知らなくっちゃいけないって。それをそうしたわたしが、知っておかなくちゃいけないって、そう、思ったんだ。

「……フ」

 一生懸命に見上げていたクロロさんの表情が、ふわっと、少しだけゆるくなったみたい。
 ため息みたいな、笑うみたいな、そんな小さな息をついて、クロロさんはソファから立ち上がる。ぴりり、と、空気に電気が走るみたいな感じ。
 そのすぐ後、クロロさんの手に、あの本が生まれてた。
「マチを呼んでこい」
「はい!!」
 きっとそう云ってくれる。
 クロロさんのしぐさを見て、そう思ってたわたしは、だから、すぐ、クロロさんの言葉に反応して走り出すことが出来た。

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