Episode51.
マチさんは、「いったい何考えてるんだい」って、すごく苦いもの食べたような顔してたけど、クロロさんがいいって云ってるんだって伝えたら、しょうがない、って、でもやっぱり嫌そうにしながら来てくれた。「クロロさん!」
ノックも忘れて駆け込んだら、クロロさんは部屋の中央に立ってこっちを振り返る。
閉めろ、って、手を振るしぐさに、わたしの後からやってきたマチさんが、ぱたりとドアを閉めてくれた。
……ちょっと、どきっとした。
あの男の人たちに、閉じ込められた小屋のなかで色々痛いことされたのを思い出す。
でも、あの男の人たちは、痛いことを超えたとこで痛かったんだって思う。怖かったんだって思う。
そうして、それをしたのが、わたしなら。
おこなったわたしが、それを知らなくちゃいけない。
もう何回もくりかえしたそのことを、もう一度、心のなかで唱える。
やったわたしが、やったことを知ろう。
そうして、わたしは、わたしがやったことを、ちゃんとわたしのしたことだって受け止める。
そのために、クロロさんとマチさんに、お願いとわがままをしてるんだ。
「団長――この子何があったんだい?」
「うん?」
「急に強くなった」
「そうだな」
不機嫌そうな表情はそのまま、そこに不思議そうにしてる色を少し混ぜて、マチさんがクロロさんに尋ねる。
「オレは何もしていないがな。パクにも心当たりはないらしい」
子ども服にまみれて、何か吹っ切れたかな。
「……何なのさ」
両手を肩のとこまで持ち上げて首をかしげるクロロさんを見て、マチさんは、クロロさんが答えを持ってないこと察したみたい。ちらっとわたしを見るけど、あのおじいさんのことは内緒だから、えへへって笑ってみた。
ごまかされてくれるわけないけど、
「本気?」
「はい」
そうやりとりしたあとは、もう、マチさん何も云わない。そのまま、壁の方へ下がっちゃう。
「血、出たら、お願いします」
「はいはい」
わたしみたいののために時間使っちゃうのはもったいないけど、――だから早く終わらせよう――それでもお願いするわたしを見て、マチさんは頷いてくれる。
それをたしかめて、わたしはクロロさんを振り返った。
「お願いします」
「その前に」
「え」
がっくり。
意気込みが、からんと空回り。
はりつめてた肩の力が抜けちゃったわたしを面白そうに見て、クロロさんは本をぺらぺらとめくる。
「おまえ自身も理解していなかったようだからな。一応、あの能力について説明しておこう」
「あ――は、はい」
あの能力。
お魚のこと。
「あれは単純に云えば、念で具現化した魚だ。肉食らしい。術者以外で室内に在る生き物はすべて食らう」
「室内限定なの?」
マチさんが訊く。
「ああ。密室でしか行動できないようだ。開けた場所では出現と同時に霧散する。また、密室で出しても、そこが外部の空間と繋がれば即座に消える」
――ああ。だから、お魚は、あの小屋に出てきたんだ。
イルミさんちのお山で、どんなピンチになっても出なかったのは、まだわたしがそんなにピンチじゃなかったからかもしれないけど、そういう理由もあったからなのかも。
そんなことを考えてるわたしを見て、クロロさんは小さく頷いた。
「位置からして、おまえがすぐに標的になるだろうな。生きたければ死ぬ気で避けて致命傷はまぬがれろ」
「はい」
生きたければ死ぬ気で、って、なんだかすごく変。
変だけど、それくらいやらなくっちゃ、わたしは、あの男の人たちと同じになる。
同じ場所にいるマチさんも、それは危ないんだけど、クロロさんが何も云わないってことは、マチさんのことは心配いらないって思ってるしょうこ。うん。信じてるんだ。
すごいな。えらいな。
そして、そう思うのと同時に、
――うらやましいな。
って、思った。
自分で自分のしたいこと、見つけたからなのかな。
なんだか、とても普通に、そう思った。
このこと云ったら、クロロさんたち嬉しがるかな? 照れるかな? ……ううん、きっと、何云ってるんだって顔する。
だってきっと、当たり前のことなんだね。
クロロさんが団長さんなのも。
マチさんたちが強いのも。
わたしの作ったお魚ていどじゃ、誰も死ぬようなケガなんてするはずないっていうのも。
…………すとん。
と、何かが胸に落ち着く感じがした。
当たり前なんだね。
きっと、クロロさんたちにとっては。
殺す力と、殺すこと。
そして、あの男の人たちが感じた怖さも。
当たり前に、クロロさんたちは持っているから。知っているから。
知ってるから、こえていける。こえてきたんだ。
そのことが、当たり前。
だからいちいち、確認なんてしないんだね。
すとん、って、胸に落っこちてくる気持ち。
うらやましい。
この人たちみたいに、なりたい。
怖いのとか、痛いのとか、そういうの、知ってて持っててふつうに立ってるこの人たちみたいに。
殺すのとかいやだけど、それはわたしが選ぶことだから、殺さないことを選ぶんだ。
でもその痛み。
でもその怖さ。
そうされる痛みと怖さをまだ、わたし、これからのりこえなくちゃ、選ぶことは遠いまま。
――落ちてきた気持ちを捕まえて。
わたしは、
……たぶん、笑ってた。
やっとわたし、選べる場所までもう少しってとこに来れたみたい。
「――おねえさん」
わたし、少しだけ。近づけたと思ってもいい――?